2014年2月12日

『あすなろ参上!』真利子哲也

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上原輝樹

『イエローキッド』(10)、『NINIFUNI』(11)、『FUN FAIR』( オムニバス映画『同じ星の下、それぞれの夜』(12)の一部)といった、エッジの利いたインディペンデントの長編・中編映画を作り続け着実に前進を続ける真利子哲也監督の新作は、実在するアイドルグループ「ひめキュン」を架空のアイドルグループ「アスナロA」としてキャスティングし、彼女たちの地元、愛媛県松山市を舞台に、アイドル、クリエイター、ファンが創り出すエネルギー、そして、そのエネルギーが宿る"場"としての松山を捉えている。現実に分け入って虚構を描く真利子監督の手法は健在だが、TV向けに6話完結の映画を撮るというのは新しい事態だったに違いない。それにしても、なぜ"アイドル"を撮るのか?

そもそも、ハリウッドにおいて、スタジオがスターをコントロールした"スターシステム"が、スタジオの崩壊と共に崩れ去った1950年代以降、非常にざっくり言うと現在に至るまで、スタジオに替わって、ほんの一握りのスターが作品をコントロールする、極めて一神教的な"スターコントロールシステム"が幅を利かせている。その最新の成功例がレオナルド・ディカプリオ/マーティン・スコセッシの『ウルフ・オブ・ウォールストリート』だろう。翻って、この国で"スター"らしきものを代替しているのは何かと言えば、それは"アイドル"ということになるのかもしれない。しかも日本の場合は、神様はそこら中にいる"八百万(やおよろず)の神"であるから、言ってみれば"八百万のアイドル"である。その中でも、AKBを頂点として、各地方にも"ローカル・アイドル"と言われる"アイドル・グループ"が数多存在している。

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一神教的な"スターコントロールシステム"のハリウッド映画は、中央集権的なシステムを通じて、普通の人々の現実からかけ離れたファンタスティックな夢、あるいは悪夢を観客に見させてくれるが、"八百万のアイドル"は各地域において、等身大のリアリティとより直接的なコミュニケーションを、観客と"シェア"する。この小規模で"シェア"するという連帯感は、思い返せば、かつて、エリック・ロメールやウディ・アレンの映画がスクリーンを賑わしていたミニシアター全盛の80年代、90年代において、そうした劇場の観客の間で無言の内に共有されていた感覚ともあながち無縁なものではないのかもしれない。真利子監督が、本作で分け入ったのは、この"八百万のアイドル"の現場である。

『NINIFUNI』の後、幻のプロレス映画『HERO(仮)』が頓挫し、それでもマレーシアで佳作『FUN FAIR』を撮り上げた真利子監督が、同時並行で四国へ渡り"喧嘩"をテーマにした映画を作ろうとしていることは、どこからともなく漏れ伝わってきていた。その四国で出会ったのが、本作のアイドルグループ「ひめキュン」だったことは、真利子監督が人気爆発直前の「ももいろクローバー」を『NINIFUNI』でキャスティングしていたことを即座に思い起こさせる。かつて監督は、「ももいろクローバー」がステージに登場した瞬間の存在感が凄いと、"アイドル"そのものが持つエネルギーに魅せられ、引き寄せられたことを語ったが、常に何かしら強烈なものに映画的題材を見出しながら、あくまでヴァーチャルではない現実に分け入る、真利子哲也の前線が今ここにある。

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それにしても、本作『あすなろ参上!』の中で、最も奇異な存在は、"アイドル"とパッケージ化されて登場する"ゆるキャラ"ではなく、玉井英棋が演じる、サイレント映画から抜け出てきたかのように言葉を失った登場人物飯田であることは誰の目に明らかだろう。『イエローキッド』で最も凶暴な人物榎本を演じ、三宅唱の『やくたたず』で雪の北海道を駆け抜けた玉井英棋が、本作ではまるで谷崎潤一郎の小説に出てくる白痴的な人物として登場し、本作に場違いな文芸作品調のレイヤーを加えることに成功してしまっている。終始不穏な雰囲気を漂わせる芳賀(山田裕也)が唯一直接的に暴力を振るうのが飯田の後頭部への強烈なハタキであったことも見逃せない。だから本作は、アイドル、クリエイター、ファンに加えて、"白痴"の物語であることも言い添えておきたいが、真利子監督の"白痴"に対する扱いは、いかにもそれに相応しく投げやりであることによって、"白痴"の"白痴性"を担保する正確な演出が成されている。この関係は逆に言うと、それだけの信頼関係がこの二者の間にある故に成立している、映画だけが持ちうる違法なまでの関係性だ。もちろん、本作のナレーターの声の主が誰かということを知れば、そのぞんざいな扱いの裏で"白痴"を復権させる、真利子監督らしい二重構造が存在していることに気付くことになるだろう。
 
 
『あすなろ参上!』

監督・脚本:真利子哲也
エグゼクティブプロデューサー:伊賀千晃 白石博一
プロデューサー:朱永菁 田中雄之
撮影:青木穣
照明:太刀掛進
音響:黄永昌
ヘアメイク:高岡笑子
制作:岩井秀世、入江初美、市川潤一
編集:田中直毅
音楽:井上卓也、山下智輝
制作プロダクション:ドリームキッド
タイトル・ゆるキュンデザイン:CALF 国安悠太、廣瀬秋馬
製作:マッドマガジンレコード、徳間ジャパンコミュニケーションズ
出演:ひめキュンフルーツ缶、山田裕二(UZ YARMAN)、玉井英棋、nanoCUNE、山本剛史、愛媛のゆるキャラ(タルト人、しまぼう、バリィさん)

© マッドマガジンレコード 徳間ジャパンコミュニケーションズ

2013年/日本/全6話/82分

恵比寿映像祭
http://www.yebizo.com
以下の時間にて上映あり
2014年2月15日(土)18:30~
2014年2月18日(火)18:30~
 

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