2013年9月27日

『椿姫ができるまで』フィリップ・ベジア

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"スター"を主演女優に据え、
"道を踏み外した女"を現代に息づかせる、美しくも果敢な試み
star.gifstar.gifstar.gifstar.gif 上原輝樹

2011年夏にエクサン・プロヴァンス音楽祭で上映された、ジュゼッペ・ヴェルディ「椿姫」のバックステージ物。"娼婦ヴィオレッタ"を21世紀の現代を生きる生身の人間として息づかせんとする、ジャン=フランソワ・シヴァディエの演出は繊細を極め、ヴィオレッタを演じる世界的なオペラ歌手ナタリー・デセイを追い詰める。それでも"主演女優"デセイは、時に投げ遣りな人間味を辺り一面に撒き散らしながらも、持ち前のバイタリティと技術で、アーティスト同士のエゴが激突する修羅場の中から、自らの"オペレッタ像"を創り上げてゆくだろう。まさに"椿姫ができるまで"、ひとつの作品が生成してゆくさまを見つめるフィリップ・ベジアの辛抱強い視線は、「椿姫」の音楽の魅力のみならず、アレクサンドル・デュマ・フィスの原作戯曲「La traviata」="道を踏み外した女"の現代的なテクストとしての可能性にも目を啓かせ、見るものの気持ちを高揚させる。

ナタリー・デセイと言えば、プルースト原作、ラウル・ルイス監督作品の『見出された時』(98)の素晴らしい「ヴォカリーズ」の忘れ難い記憶と、「椿姫」と言えば、50年代にルキーノ・ヴィスコンティが演出したマリア・カラスの古い録音を探して聴いた程度の思い入れしかない、自分のようなオペラ素人にとって、2012年のロンドン交響楽団(指揮:ルイ・ラングレ)が奏でる音は、どこまでも新鮮に享楽的に響く。今年日本で公開されたドキュメンタリー映画としては『シュガーマン』(12)、『ビル・カニンガム&ニューヨーク』(10)、『キューティー&ボクサー』(13)に並ぶ良作だ。

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『椿姫ができるまで』
英題:BECOMING TRAVIATA

9月28日(土)、シアター イメージフォーラムほか全国公開

監督:フィリップ・ベジア
出演:ナタリー・デセイ、ジャン=フランソワ・シヴァディエ、ルイ・ラングレ

© LFP - Les films Pelleas, Jouror Developpement, Acte II visa d'exploitation n°129 426 - depot legal 2012

2012年/フランス/112分/カラー/ビスタサイズ/ドルビーデジタル
配給:熱帯美術館

2013年9月25日

『クロニクル』ジョシュ・トランク

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"超サクセス・ストーリー"のモンスター的リアリティ
star.gifstar.gifstar.gifstar.gif 上原輝樹

主人公である高校生のアンドリュー(デイン・デハーン)は、アル中で暴力を振るう父親と病気で寝たきりの母親と暮らしている。家庭環境が影響したのか、引っ込み思案のアンドリューはクラスでもいじめられっ子的存在だが、自分の生活の全て(クロニクル)をビデオカメラで撮影し始め、いよいよ周囲から薄気味悪がられるようになっていく。ある日、アンドリューは信頼する従兄弟マット(アレックス・ラッセル)に連れられて行ったパーティーで、スティーブ(マイケル・B・ジョーダン)に知り合う。スティーブは、アメフト部のスター選手だが、気さくな男だ。パーティー会場の外で洞窟探検に出掛けた3人は、その中で不思議な物体に触れ、以来特殊な能力を持つようになる。

映画は、冒頭から、自らの生活を撮影するアンドリューのカメラ・アイで語られてゆくが、特殊な能力を得たアンドリューは、次第にそれを使いこなしてゆき、ビデオカメラのポジションを自在に操るようになる。このストーリーテリング上のギミックは、従来の手持ちカメラによるPOV映像の域を超えて、モーション・コントロールによって自在に遠隔操作される、ハリウッドが得意とするスペクタクルな映像でストーリーを語ることを可能にしている。ロウファイなリアリティを出すべく活用されてきたPOVショットが、映画史においてネクスト・レベルに進化した瞬間であると言って良いだろう。本作を絶賛したカラックスが、自らの作品『ホーリー・モーターズ』(12)で「キャメラはどこにある?映画のキャメラは、どんどん小さくなってゆく。」とミシェル・ピコリに語らせた時、既に『クロニクル』を見ていたわけではなかろうが、正に、ヴェルトフのキャメラ・アイ(映画眼)の成れの果てをここに見たに違いない、カラックスの鈍い興奮は如何ばかりであっただろうか。

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加えて、特殊能力を得た元いじめられっ子のアンドリューが、クラスの人気者になった挙げ句、超能力のコントロールが効かずモンスター化してゆく、アメリカにおける"サクセス・ストーリー"ならぬ"超サクセス・ストーリー"のモンスター的リアリティを描いているところも面白い。なぜアメリカでは、少数の者が勝ち過ぎてしまうのか(「1%の最富裕層が国民収入の19% 米の格差、歴史的水準に」産経ニュース2013年9月12日)。リーマンショック以降、より明らかになったアメリカ合衆国の病理に、1985年生まれの若い映画作家たち(監督ジョシュ・トランク、脚本マックス・ランディス)が敏感に反応している。アンドリューの家庭が、いわゆる"ティーン・ムービー"的な家庭環境ではないところも、そんな現実に反応したものだろう。とはいえ、本作の監督ジョシュ・トランクは、既にリブート版『ファンタスティック・フォー』の監督に抜擢され、アメコミ・ヒーロー物の新作を監督するとも噂されており、監督自身が、"超サクセス・ストーリー"のモンスター的リアリティを経験することになるのかもしれない。
 
 
『クロニクル』
原題:CHRONICLE

9月27日(金)、全国ロードショー

監督・原案:ジョシュ・トランク
脚本・原案:マックス・ランディス
製作:ジョン・デイヴィス、アダム・シュローダー
撮影:マシュー・ジェンセン
プロダクション・デザイナー:スティーヴン・アルトマン
編集:エリオット・グリーンバーグ
ミュージック・スーパーバイザー:アンドレア・フォン・フォースター
出演:デイン・デハーン、アレックス・ラッセル、マイケル・B・ジョーダン、マイケル・ケリー、アシュレイ・ヒンショウ

© 2011 Twentieth Century Fox

2011年/アメリカ/カラー/84分
配給:20世紀フォックス映画

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