2013年4月30日

『ハッシュパピー バスタブ島の少女』ベン・ザイトリン

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今まであまり観たこともなかったような、新鮮な驚きに満ちた映画が
とてもアメリカ的であるということの驚き
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『ハッシュパピー バスタブ島の少女』は、今まであまり観たこともなかったような、新鮮な驚きに満ちた映画だ。Beast it! Beast it! と、厳しい自然の中でも野獣のように自立できるよう、父親に育てられた少女ハッシュパピー(クヮヴェンジャネ・ウォレス)とその父親ハッシュパピー・パパ(ドワイト・ヘンリー)がバスタブ島に暮らした記憶を、少女が見た幻の野獣オーロックスと共に描く本作は、人災とも天災とも判別のつかない"気候変動"であったり、誰にとっても避けることのできない"両親の死"であったりする過酷な"現実"を前に、人はどのように振る舞うことが出来るのか、ということを寓話的物語の中に極めてラディカルな視点から示している。

アメリカ南部出身のルーシー・アリバーによる南部の文化や精神性を踏まえた戯曲を、ベン・ザイリトン監督とルーシーが脚色を加えて映画化したという本作には、一見して際立つ特徴が備わっている。それは、彼らが南ルイジアナという地域からイメージして創造した"バスタブ島"という架空の地であり、そこに暮らす人々の祝祭的な暮らしぶりであり、それらを見事に表現した、16mmフィルムで撮影されたファンタジックな映画のルックである。

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ファンタジックな祝祭的瞬間が舞い降りる寓話的物語構造の中で、極めて生々しく現実的な生命の物語を語り、"俳優"ではない演技未経験の"本物の人間"にキャラクターを演じさせるベン・ザイリトンの試みは、奇跡的に美しい映画として結実している。それにしても、父親は少女に"闘う"ことを教え、彼女が生まれると同時に家を出た母親は少女に"笑う"ことを教える、そして、少女は恐怖と正面から向き合い"逃げない"ことを学ぶ。この映画が持つラディカルな意思の、何とアメリカ的であることか!


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4月20日(土)より、全国劇場公開

監督:ベン・ザイトリン
脚本:ルーシー・アリバー、ベン・ザイトリン
原案(戯曲):ルーシー・アリバー
プロデューサー:ダン・ジャンヴェイ、ジョシュ・ペン、マイケル・ゴットワルト
製作総指揮:フィリップ・エンゲルホーン、マイケル・レイラー、ポール・メゼイ
共同プロデューサー:マシュー・パーカー、クリス・キャロル
撮影監督:ベン・リチャードソン、アレックス・ディガーランド
編集:クロケット・ドゥーブ、アルフォンソ・ゴンサルヴェス
音楽:ダン・ローマー、ベン・ザイトリン
衣装デザイナー:ステファニー・ルイス
使用されたアート作品:エリザ・ザイトリン
オーロックスと特殊効果ユニット・ディレクター:レイ・ティントリ
オーロックスと特殊効果ユニット・プロデューサー:ルーカス・ホアキン
アソシエイト・プロデューサー:キャシー・コールマン、アニー・エヴェリン、ネーサン・ハリソン、ジョン・ウィリアムス
チーフ・ボート・キャプテン:マイク・アーシノウ
第二助監督:ジョーナス・カルビニャノ
キャスティング・コンサルタント:シンディ・トーラン
出演:クヮヴェンジャネ・ウォレス、ドワイト・ヘンリー、リービ・イースタリー、ローウェル・ランデス、パメラ・ハーパー、ジーナ・モンタナ、アンバー・ヘンリー、ジョンシェル・アレキサンダー、ニコラス・クラーク、ヘンリー・D・コールマン、カリアナ・ブラウワー、フィリップ・ローレンス、ハナ・ホルビー、ジミー・リー・ムーア、マリリン、バーバリン、ビッグ・シェフ・アルフレッド・ドーセット、ジョーヴァン・ハサウェイ、ケンドラ・ハリス

© 2012 Cinereach Productions, LLC. All rights reserved.

2012年/アメリカ/カラー/93分/ビスタサイズ
配給:ファントム・フィルム

2013年4月26日

『朝食、昼食、そして夕食』ホルヘ・コイラ

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登場人物の人生の悲喜こもごもを、1日18食を通じて描く野心的な群像劇
star.gifstar.gifstar.gif 上原輝樹

『朝食、昼食、そして夕食』は、エミリオ・エステヴェス『星の旅人たち』(10)の巡礼の最終地点でもあったサンティアゴ・デ・コンポステラを舞台に、朝食、昼食、夕食という一日18食の"食の時間"を通じて、人々の人生を描いてしまう群像劇、なかなかの意欲作だ。

朝、ストリート・ミュージシャンのエドゥ(ルイス・トサル)が歌うシーンから映画は始まる。彼が歌うのは、"ソル(太陽)"が人々の人生を明るく照らす、という希望に満ちた歌。6歳の子どもがいる夫婦の家庭は、朝陽が降り注ぐキッチンで母親のソル(エスペランサ・ペドレーニョ)と子どもが話している。「ぼく、きのうとってもこわい夢を見たんだ。ぼくが恐竜に食べられちゃうんだよ。」母親は幸せそうな笑顔で応え、しばらくして表れた父親は、子どもに抱き着いてキスの雨を降らせる。どこから見ても幸せそうに見える家族の食卓を、太陽の光が明るく照らしている。

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カフェでは「朝食は一日の内で一番重要だからな、しっかり摂らないといけない」と語る小太りの男とその友人が四方山話に時間を費やし、赤ワインの注がれたグラスを傾けている。朝から呑んでいるらしき、この男たちは、J・F・ケネディの有名なスピーチをわざと間違えて引用したりして、怪気炎を挙げた後、友人である俳優の家を訪ねてゆく。若く、売れない俳優であるこの男は、愛する女優志望の女性と朝食の約束を取り付けていて、その準備に喜々として勤しんでいる最中だった。とんだお邪魔虫の闖入だったが、女性から来れなくなったとの連絡が入り、結局、その朝食は男どもの胃袋へと消えてゆく。街角では、肉屋を騙してチョリソをせしめた、マケドニアから来たという若者が、ストリート・ミュージシャンのエドゥと知り合っている。

キャメラは、連綿と続くコンポステラに住む人々の顔の表情と料理をする手つき、食材を画面に収めてゆく。朝、昼、夕と時間が経過するに従って、登場人物たちは息詰まる状況を経験してゆくことになるが、ホルヘ・コイラ監督はカットを短く割ることで、高まる緊張感を上手く裁断して、映画の呼吸を整えている。その確信犯的な手法は、映画作家としてのセンスを感じさせる。カサヴェテスの『フェイシズ』(68)が明らかにしたように、人の顔ほど多くを語り、観るものを圧する被写体も少ない。その事に意識的な映画作家は、緊張を切断しリズムを作ることで、コンポステラの一日の群像劇を100分間で語り切ることに成功している。人生の悲喜こもごもが詰まった、それぞれのエピソードが、全て印象深いということも稀有なことだ。

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4月27日(土)より、新宿K'sシネマほか全国順次公開

監督・脚本:ホルヘ・コイラ
脚本:アラセリ・ゴンダ、ディエゴ・アメイシェイラス
音楽:イヴァン・ラクシェ、ピティ・サンス
出演:ルイス・トサル、フェデ・ペレス、エスペランサ・ペドレーニョ、セルヒオ・ペリス=メンチェタ、ペドロ・アロンソ、クリスティナ・ブロンド

2010年/スペイン、アルゼンチン/HD/カラー/107分/ドルビーデジタルSRD
配給:Action Inc.

2013年4月26日

『ラストスタンド』キム・ジウン

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意外に侮れない、即席チームが大活躍する"西部劇"
star.gifstar.gifstar.gif 上原輝樹

国境の町ソマートンは、ここ何十年間も大事件が起きていない平和な町だ。訳あってこの町に退き、町の保安官をやっている男レイをアーノルド・シュワルツェネッガーが演じている。観客に、この男の過去に何があったのか、過去のフィルモグラフィーを想い出しながら想像させるノスタルジックな楽しみの間を少し与えてから、町に事件が起きる。牧牛家(ハリー・ディーン・スタントン)がある日、何者かに殺されたのだ。その直前に、ダイナーで見慣れない男たちを目撃していたレイは、何か良からぬ事が起きている、不穏な気配を察知していた。

一方、ラスベガスでは、刑務所から裁判所への移送中に、麻薬王コルテス(エドゥアルド・ノリエガ)が、FBIの護送の壁を破って逃亡を図っていた。逃げたコルテスを追うのは、司令塔ジョン・バニスター(フォレスト・ウィテカー)を中心としたFBIエリート集団とSWATチームだが、時速400kmの怪物シボレー・コルベットZR1を乗りこなすコルテスは、次から次へと追手を退け、メキシコ国境を目指して逃げてゆく。そして、そのZR1の行く先には、国境の町ソマートンがある。最新兵器で武装した麻薬王の一団に対して、ソマートンの保安官レイを中心とした、経験の浅い部下(ルイス・ガスマン、ジェイミー・アレクサンダー、ザック・ギルフォード)と囚人(ロドリゴ・サントロ)、武器マニア(ジョニー・ノックスヴィル)で構成された即席チームが、<最後の砦/The Last Stand>を守る戦いを仕掛ける。

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物語の基本的な構造は、"西部劇"だが、時速400kmのZR1を表現するスピード感、都市と田舎の対比、『悪魔を見た』(10)のキム・ジウン監督らしい流血アクション、とうもろこし畑でのカーチェイスと、ジャンル映画的な見所には事欠かない。アクションの切れ味、重量感ともに見事で、シーンを殺伐とさせない為のユーモアも盛り込まれており、本作がハリウッド進出第一作目となったキム・ジウン監督とハリウッドのスタジオシステムとの相性の良さを印象づけている。欲を言えば、終盤のアクションシーンが紋切り型だったり、最後の展開に"粋"を欠いているところが、あと一歩というところだが、『オープン・ユア・アイズ』(97)や『NOVO』(02)のエドゥアルド・ノリエガがキャスティングされていたり、FBIの刑事役を演じている韓国人俳優が良い味を出していたり、常に国際的に才能を吸収して前進し続ける、アメリカ映画の強さを改めて感じさせる娯楽映画に仕上がっている。

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4月27日(土)より、全国劇場公開

監督:キム・ジウン
製作:ロレンツォ・ディ・ボナヴェンチュラ
美術:フランコ・カルボーネ
編集:スティーヴン・ケンパー、A.C.E.
衣装:ミシェル・ミッチェル
キャスティング:ロナ・クレス、CSA
出演:アーノルド・シュワルツェネッガー、フォレスト・ウィテカー、ジョニー・ノックスヴィル、ロドリゴ・サントロ、ジェイミー・アレクサンダー、ルイス・ガスマン、エドゥアルド・ノリエガ、ピーター・ストーメア、ザック・ギルフォード、ジェネシス・ロドリゲス

© 2012 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

2013年/アメリカ/カラー/107分
配給:松竹/ポニーキャニオン

2013年4月25日

『セデック・バレ』ウェイ・ダーション

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荒ぶる魂が、台湾映画の覚醒を告げる
star.gifstar.gifstar.gifstar.gif 上原輝樹

本作の監督、ウェイ・ダーション氏には『海角七号/君を想う、国境の南』(08)の時に、監督が来日された時にお会いしていて、『海角〜』の印象と相俟って、誠実で、ユーモア溢れる温厚な御方だという印象を持っていたが、『セデック・バレ』<第一部:太陽旗>の冒頭を観て、ひっくり返りそうになった。これが、あの『海角〜』のウェイ・ダーション監督の新作か!というのが第一印象である。

緑の深い山岳地帯の渓谷を、逞しい脚を持った若い男たちが、傾斜の激しい密林地帯と川辺を行き交い、弓矢を放ち剣を振りかざして部族同士の闘いに明け暮れる、冒頭のアクションシーンが実に素晴らしい。後で調べると、アクションを監督したのは『オールド・ボーイ』(03)や『モンガに散る』(10)を手掛けたヤン・ギルヨン、シム・ジェウォンらの韓国勢とのことで、なるほどと納得したが、驚異的な身体能力を見せるセデック族(実際には、セデック族の他に、タイヤル族やタロコ族もキャスティングされているという)の面々の身のこなしには心底驚かされる。

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『セデック・バレ』は<第一部:太陽旗>と<第二部:虹の橋>で構成される、日本統治下の台湾で起きた「露社事件」を描いた全編4時間半の歴史大作であると同時に、民族の蜂起を生々しく描いた映画としても注目に値する。台湾の山奥深くに住むセデック族(6社)の男は、先祖からの伝承で、誇り高くあること、"真の勇者(セデック・バレ)"であることを宿命付けられている。"真の勇者"であると認められるのは、自らの狩り場を守るために敵対する種族(社)と一戦を交えて、相手の首を狩らなければならない。それを成し遂げた者は、顔に黒い入れ墨を彫ることを許され、死後の世界の検分で"真の勇者"として見分けられることになる。この、親から子へ口頭伝承される言い伝えが、彼らのアイデンティティとなっている。

しかし、1895年に日清戦争の下関講和条約で、台湾が日本の統治下になると、外からやってきた日本軍が彼らを圧倒的な近代兵器で制圧してしまう。誇りを奪われた彼らは、日本軍が"教育"として施した"近代文明"(学校、郵便、警察 etc)を受け入れたかに思えたが、"真の勇者"は先祖の魂を失っていなかった。日本の統治下に入ってから35年を経た1930年、"運動会"の日に蜂起したセデック族は"血の儀式"を決行、太陽旗(日章旗)を燃やし、日本人が植民していた山村の村一帯を日本人の血で染める。史実に基づいた描写は、凄惨を極め、この事件による日本人の死者は134名に登ったと記録されている。血塗られた光景を前に、セデック語の女の歌声が痛切に響き渡る。「なぜこんなことになってしまったのか?あなたは、セデック・バレの子だというのに。」男語りの"勇者"の言い伝えと、流血の惨事を憂う、子を想う母親の歌が、映画の行く末を暗示しながら、<第一部:太陽旗>は終わりを告げる。

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<第二部:虹の橋>では、より凄惨な事態が観客を待ち受けている。叛旗を翻したセデック族に対して日本軍は、大量の人員と兵器を動員、さらには、セデック族の首領モーナ・ルダオに反目する別の社を味方に引き入れ、女や子供も含めて、セデック族の首に懸賞金を掛け、徹底的な制圧に乗り出した。しかし、驚異的な身体能力と地の利を活かしたゲリラ戦を闘うセデック族の前に日本軍は苦戦を強いられるのだが、、。ここから先は、是非、ご自分の眼でご覧になって頂きたい。

『セデック・バレ』は、優れた"アクション映画"であると同時に、セデック族という失われゆく人々の魂の闘いを描いた"鎮魂歌"であり、何よりも、私たちが共存する未来へ向けた"祈り"であり"架け橋"、そのもののような映画だ。この映画には、今、日本に住む私たちが知っておいた方が良い歴史が描かれている。人が、全てを経験からしか学べないのであれば、人類に未来はないだろう。

 
4月20日(土)より、全国劇場公開

監督・脚本:ウェイ・ダーション
製作:ジョン・ウー、テレンス・チャン、ホァン・ジーミン
撮影監督:チン・ディンチャン
プロダクションデザイン:種田陽平
美術プロデューサー:赤塚佳仁
音楽:リッキー・ホー
アクション監督:ヤン・ギルヨン、シム・ジェウォン
出演:リン・チンタイ、マー・ジーシアン、安藤政信、河原さぶ、ビビアン・スー、ダーチン、木村祐一、春田純一、シュー・イーファン、スー・ダー、ルオ・メイリン、ランディ・ウェン、ティエン・ジュン、リン・ユアンジエ、田中千絵

© 2012 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

2011年/台湾/カラー/第一部「太陽旗」144分・第二部「虹の橋」132分(計276分)/シネマスコープ/HD
配給:太秦

2013年4月11日

『ヒッチコック』サーシャ・ガヴァシ

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『サイコ』の舞台裏を通して描く、ヒッチコック夫妻の人間ドラマ
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アンソニー・ホプキンスが演じるヒッチコックとヘレン・ミレンが演じる妻アルマは、それぞれ、"アンソニー・ホプキンスのヒッチ"と"ヘレン・ミレンのアルマ"と見ることが出来るので、全く違和感を感じることがない。スティーヴン・レベロの「ヒッチコック&メイキング・オブ・サイコ」に基づいて作られた『サイコ』(60)製作の舞台裏は、ヒッチファン、映画ファンには一見の価値のあるものに仕上がっている。スタジオに企画を却下され、自腹で『サイコ』を撮る決心をするヒッチの姿には、現代の資金繰りに苦労する映画作家たちの姿が重なって見え、目頭が熱くなるし、アンソニー・パーキンスをキャスティングするところで、アンソニーの実生活における"マザコン"というパーソナルな側面がキャスティングを決めた一因として描かれているところも、ヒッチコックの配役に関する考え方の一端を示していて興味深い。

『サイコ』の主演女優ジャネット・リー(スカーレット・ヨハンソン)への下心を垣間見せる、監督と女優という人間関係、『めまい』(58)の主演女優の座を妊娠によって棒に振ったヴェラ・マイルス(ジェシカ・ピール)への複雑な感情も、さもありなんという感じで楽しめる。しかし、妻アルマと脚本家ウィット(ダニー・ヒューストン)との関係の描写は、一体どこまでが真実だろうかと訝っても意味はないと知りつつ、それが、名匠アルフレッド・ヒッチコックの話であるからには、どうも釈然としない気持ちがわだかまる。そして、原作「サイコ」のモデルとなった連続殺人鬼エド・ゲインが登場し、ヒッチと対話をするに至って、本作のナラティブに対する疑念は頂点に達する。

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映画はユーモアとドラマティックな展開に富んだ序盤から、ヒッチの内面に迫ろうとする中盤において失速する。そして、低速で走り始めた映画『ヒッチコック』は、ヒッチとアルマの夫婦の人間ドラマとしての本性を露にする。終盤のラストスパートで映画的な高揚を見せ、中盤の重さを払拭するものの、余りにもヒッチコック的な映画の悦楽とは無縁なこの映画を、初めから"人間ドラマ"として割り切って観れば、"巨匠ヒッチコック"を影で支えた妻アルマを賞賛する映画として楽しむことが出来ただろうか、というモヤモヤは最後まで消えなかった。バーナード・ハーマンのスコアに触れるのであれば、ソール・バスのオープニングにも触れてほしかったという恨みを持ったが、そんな挿話がヒッチとアルマの夫婦の物語に入り込む余地など、初めからなかったに違いない。

 
4月5日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほかロードショー

監督:サーシャ・ガヴァシ
脚本:ジョン・J・マクロクリン
原作:スティーヴン・レベロ
製作:アイヴァン・ライトマン、トム・ポロック、ジョー・メジャク、トム・セイヤー・アラン・バーネット
製作総指揮:アリ・ベル、リチャード・ミドルトン
撮影監督:ジェフ・クローネンウェス、ASC
プロダクション・デザイナー:ジョディ・ベッカー
編集:パメラ・マーティン、A.C.E.
衣装デザイナー:ジュリー・ワイス
音楽:ダニー・エルフマン
特殊メイク:ハワード・バーガー、グレゴリー・ニコテロ
キャスティング:テリー・テイラー、CSA
出演:アンソニー・ホプキンス、ヘレン・ミレン、スカーレット・ヨハンソン、ダニー・ヒューストン、トニ・コレット、マイケル・スタールバーグ、マイケル・ウィンコット、ジェシカ・ビール、ジェームズ・ダーシー、リチャード・ポートナウ、カートウッド・スミス

© 2012 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

2012年/アメリカ/カラー/シネマスコープ/99分
配給:20世紀フォックス映画

2013年4月11日

『食卓の肖像』金子サトシ

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映画だ、としか言えない瞬間が舞い降りる、
"カネミ油症事件"を伝えるドキュメンタリー
star.gifstar.gifstar.gif 上原輝樹

1968年に西日本一帯で発覚した戦後最大の食品公害"カネミ油症事件"、その被害者のその後を10年間に渡って追った本作『食卓の肖像』は、被害者たちの命を脅かした症状(遺伝による奇形、内臓障害、重篤な皮膚症状等)や、その被害が今尚続いている現状を伝えると同時に、被害に遭った人達の、あまりにも豊かな人間性を捉えたドキュメントになっている。ナレーションではなく、画面上の字幕を読ませる手法に疑問は感じるものの、本作においては、内容が形式の不完全さを凌駕している。

不勉強の誹りを免れないかも知れないが、自分の生年に近い頃に、このような事件があったということを、私はこの作品を観て初めて知った。作り手にはきっと、世間に多く存在していると思われる私のような輩にも、"カネミ油症事件"という非道な事件を伝え、私たちの"食卓"にのぼる食品の成り立ちについて一考を促したいという意図があったに違いない。

しかし、金子サトシ監督自らが構えたカメラが捉える、彼/彼女らが自らの家族について語る言葉と表情には、愛と思いやりという人間が持ちうる最大の美徳が臆面もなく溢れ出し、映画だ、としか言えない瞬間が舞い降りる。亡くなった夫は、いつも君は世界一の美人だね、と言ってくれたと語る婆さまの登場にはもはや涙で応えるしかない。10年間に渡る取材で見えてきた"食卓の肖像"とはすなわち、それぞれの食卓を囲む家族の歴史、"家族の肖像"に他ならなかったのだろう。

 
4月6日(土)より、新宿K's cinemaにてモーニングショー

製作・監督:金子サトシ
撮影:内野敏郎、金子サトシ、福本淳
整音:伊藤 裕規
スーパーバイザー:土屋豊、Our Planet-TV
協力:カネミ油症被害者支援センター、原田正純、保田行雄、古木武次、宿輪敏子、明石昇二郎、川名英之、河野裕昭、奥野安彦、高崎裕士、永尾喜美子、重本善十、渡部寛吾、中内弘治、福島瑞穂、阿部知子、辻豊史、堀傑ほか
証言者:真柄繁夫、真柄ミドリ、渡部道子、矢野忠義、矢野トヨコ、重本加名代、重本澄代、中内郁子、中内孝一、中内健二、公文喜久恵、矢口哲雄、高山美子

2010年/日本/カラー/デジタル/103分
配給:『食卓の肖像』上映委員会 /オムロ

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