2012年10月26日

『アルゴ』ベン・アフレック

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ジョージ・クルーニー製作、ベン・アフレック監督・主演の『アルゴ』は、1979年、革命の嵐が吹き荒れるイランで実際に遂行されたアメリカ大使館人質救出作戦を描いた実録映画である。この救出作戦の内容たるや、全く以て映画的というべき嘘のような本当の話で、映画のロケハンを装ったCIA局員がイランに入国して人質を救出するという前代未聞の珍作戦だった。イラン脱出を図るアメリカ大使館職員たちは、イラン革命防衛隊に追われ、素性を見破られたら命を落とすという逼迫した状況の中、監督、脚本家、美術監督など映画製作クルーを演じる羽目になる、その活劇的緊張感が並ではない。

この大真面目な珍作戦の立案者、人質奪還のプロ(トニー・メンデス)をベン・アフレック、作戦に協力してフェイク映画製作プロジェクトを立ち上げるハリウッド大物プロデューサー(レスター)をアラン・アーキン、そして、特殊メイクの第一人者、『猿の惑星』(68)でアカデミー賞に輝いているジョン・チェンバース役をジョン・グッドマンが演じ、ハリウッド映画製作に宿る本質的には海賊的とも言うべき、胡散臭いタフネスを上手く表現している。

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そして、このフェイク映画製作の幾つかのプロセスが描かれ、映画好きを唸らせる豊かなディテールが盛り込まれるにつけ、観客は、『アルゴ』が映画そのものについての映画であることに気付かされることになるだろう。現代的に重層化されたナラティブを、極めて痛快な活劇として駆動させていく、若い映画作家ジョン・アフレックの演出家としての才能は、クライマックスの空港のシーンで遺憾なく発揮されている、などと殊更指摘するまでもないほど全編に緩みがない。ただし、演出を手掛けるベン・アフレック本人が主役を演じている点については、それが最上の選択だったのかどうか、よくわからない。個人的には、トニー・メンデス役をジョージ・クルーニーが演じていたら、、、などと思わない事もないのだが。

また、この映画が、米大統領選イヤーの今年に公開されるという意味で、明らかな民主党プロパガンダ映画であることは指摘しておかなければならない。それもしかし、劇中のセリフにあるように、どこの国でも多かれ少なかれ、誰もが「最悪の選択肢から最高の選択をしなければならない」昨今の政治状況において、このような一級の娯楽映画としてプロパガンダ映画が作られることは、映画の在り方としては少し考えさせられるものの、D・W・グリフィスの『國民の創生』(15)からしてプロパガンダ的であったアメリカの映画史を鑑みれば、こうした事態は全く新しいものでもないし、ましてや、アメリカ映画に限らず、世界のありとあらゆる"映画"は政治的なものとして存在していることを、今一度想起させてくれる点では有意義なことですらあるかもしれない。

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ただひとつ気になるのは、イランの人々が、この映画を見た時にどう思うだろうかということだ。それが気になるのは、"イラン革命防衛隊"の描写よりも、イランのスークでロケハンを行なう大使館員扮する映画クルーに対する市井の人々のエキセントリックな描き方だ。映画冒頭でイランに傀儡政権(パーレビー国王)を打ち立てた米帝国主義批判をちゃんと行なっているだけに、他者の視点の複雑性に耐えうる誠実さが少し欠けていることが残念だが、これは、ベン・アフレックというひとりの映画作家が負うべき責任というよりは、スペクタクルとしての"映画"が生まれながらにして孕んでいる限界なのかもしれない。そう考えると、ギー・ドゥボールの"反映画"から出発したオリヴィエ・アサイヤスが『カルロス』で到達した境地は、あれほどセンシティブなテーマを扱いながらも他者の視線に耐えうる繊細さを獲得しており、驚異的なことに思えると同時に、当然の帰結のようにも思える。


(上原輝樹)



10月26日(金)より公開

監督・製作:ベン・アフレック
脚本:クリス・テリオ
製作:ジョージ・クルーニー、グラント・ヘスロブ
製作総指揮:デイビッド・クローワンズ、クリス・ブリガム、グラハム・キング、ティム・ヘディントン、チェイ・カーター、ニーナ・ウォラルスキー
撮影:ロドリゴ・プリエト
編集:ウィリアム・ゴールデンバーグ
編集美術:シャロン・シーモア
衣装:ジャクリーン・ウエスト
出演:ベン・アフレック、アラン・アーキン、ジョン・グッドマン、ブライアン・クランストン、スクート・マクネイリー、クレア・デュバル、クリス・デナム、テイト・ドノバン、タイタス・ウェリバー、マイケル・パークス、カイル・チャンドラー

(C) 2012 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

2012年/アメリカ/120分/カラー
配給:ワーナー・ブラザース映画


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