2012年6月22日

『9 souls』豊田利晃


9人が一つのバンに乗り合わせた脱獄囚のキャラバンは、9人9様、出所後のそれぞれの夢とともに旅立っていく。旅の始まりを告げる、9人の疾走は、全く以って作劇上のバランス感覚を無視するかのような圧倒的なクライマックス感で観るものに高揚感を与えるだろう。全盛期のルースターズを彷彿させるdipのバンドサウンドが素晴らしい。

見事な高揚感と共に、無頼で陽気とも言える雰囲気を辺りに漂わせながら始まった脱獄囚たちの豪放なキャラバンは、ひとり、またひとり、と目的地を発見し、キャラバンから抜けていくが、旅が長引き、娑婆の空気を吸う時間が長くなっていくに従って、彼らの旅は現実感を増して行き、やがて夢は裏切られ、悲壮感に満ちていく。

この9人の脱獄囚の中で最もリアルな不穏さを漂わせているのは、息子殺し役の原田芳雄でも、父親殺し役の松田龍平でも、伝説の暴走族役の千原ジュニアでもない。生まれつきの不良役の鬼丸やAVの帝王役板尾創路、横須賀のプッシャー役渋川晴彦でもないだろう。脱走の名人を演じるマメ山田とキレたら止まらない巨漢を演じる大楽源太は、その身体性が突出しているけれども、やはり、爆弾魔役の鈴木卓爾の不穏さは群を抜いている。いずれ、その役柄が『モンスターズクラブ』の主人公に影を落とし、瀬田なつき監督の『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』(11)にひとり昭和の暗い重力を持ち込むことになる、彼の役者としての特質は、映画監督として『ゲゲゲの女房』(11)に漂わせた"妖気"と通じるものがあり、映画ならではの、えも言われぬ虚構性を生み出している。

意気揚々と娑婆に出た彼らではあるが、圧倒的な弱者として現実からの返り討ちに遭うだろう。この暗さは、敗戦直後の日本人をドラマティックでリアルな筆致で書き尽くした梶原一騎の暗さをも想起させる。『9 souls』は、以降、『空中庭園』(05)を経て、『甦りの血』(09)、『モンスターズクラブ』(12)と、社会の辺境からダークなSOUL MUSIC を鳴らし続ける豊田利晃監督のフィルモグラフィを明確に特徴づける、エポック的な作品と言って良いだろう。梶原一騎の『愛と誠』が、あのようなあっけらかんとした開き直りと軽さで映画化されてしまう、21世紀の日本において、豊田利晃監督が描き続けているメランコリーは大変貴重なものであると思う。

(上原輝樹)



6月23日(土)より、渋谷ユーロスペースにてニュープリント公開


監督・脚本:豊田利晃
撮影:藤澤順一
照明:小野晃
録音:柿澤潔
美術:原田満生
編集:日下部元孝
音楽:dip
出演:原田芳雄、松田龍平、千原浩史、鬼丸、板尾創路、KEE、マメ山田、鈴木卓爾、大楽源太、伊東美咲、京野ことみ、唯野未歩子、今宿麻美、鈴木杏、松たか子、瑛太

© 2012 Little more Co., Ltd. All Rights Reserved.

2003年/日本/120分/カラー/ビスタサイズ/DTSステレオ
配給:リトルモア、ヨアケ

2012年6月15日

『ハングリー・ラビット』ロジャー・ドナルドソン


『バンク・ジョブ』(08)が好評だったロジャー・ドナルドソン監督の新作はニコラス・ケイジ主演のサスペンス・アクション。幸せな日々を送っていた高校教師(ニコラス・ケイジ)と音楽家の妻(ジャニュアリー・ジョーンズ)の日常は、妻が暴漢に襲われる事件が起きて一変する。司法の裁きに変わって、被害者の為に復讐を遂げるという謎の組織が暗躍し、映画は、本当の正義とは?人間性とは?といった大きなテーマをサスペンス仕立ての物語の中で問いかけてくる、、、といった大風呂敷を広げたストーリーの行方に途中で不安感を覚えるものの、最後には上手くまとめて観客を納得させてくれるだろう。

ただし主演の高校教師がニコラス・ケイジである時点で、ケイジならではの魅力が弾けるコミカルなシーンも用意されてはいるものの、例えば、フレッド・カヴァイエの『この愛のために撃て』(10)のように一般人(ジル・ルルーシュ)が事件に巻き込まれていくプロセスで生じるようなリアリティは期待するべくもなく、物語がシリアスな展開になるに従って"普通の男"という設定に違和感を感じざるを得ないのだが、ニューオーリンズのロケーションと秀逸なアクションシーンが映画を救っている。共演のガイ・ピアースがとても良い!
(上原輝樹)



6月16日(土)より、新宿バルト9ほか全国ロードショー


監督:ロジャー・ドナルドソン
撮影:デヴィッド・タッターサル
出演:ニコラス・ケイジ、ガイ・ピアース、ジャニュアリー・ジョーンズ、ハロルド・ペリノー

© 2011 HRJ DISTRIBUTION, LLC

2011年/アメリカ/106分/カラー
配給:ショウゲート

2012年6月 1日

『星の旅人たち』エミリオ・エステヴェス


日本で"巡礼"と聞くと、"袈裟"を着用して山道を往く苦行めいたイメージを思い浮かべてしまうが、本作で描かれるヨーロッパの巡礼はもう少しカジュアルなもののようだ。あるものはダイエットの為に、またあるものは禁煙のために、あるいは、仕事のスランプを脱出するために、と参加する目的は人それぞれ。しかし、本作の主人公トム(マーティン・シーン)は、巡礼の道中で嵐に巻き込まれ不慮の死を遂げた息子ダニエル(エミリオ・エステヴェス)のために参加した。既に妻を亡くしており、息子とも疎遠になっていたトムはどんな思いで800キロにも及ぶサンティアゴ・デ・コンポステーラ(星の平原)の巡礼に臨んだのか?

アレックス・コックス『レポ・マン』(84)の青年エミリオ・エステヴェスは、俳優のキャリアと平行して『The War  / 戦場の記憶』(96)、『キング・オブ・ポルノ』(00)、『ボビー』(06)と、監督としてのキャリアを着実に積み上げてきた。そのエミリオの四作目の監督作品となる本作は、巡礼の道筋で出会う様々な国籍や人種の人々や未知の風土との出会いを通して、一度失ってしまった息子の魂を、二度失うことを拒否して我が胸に取り戻すべく、歩き続ける男の姿を描いたロードムービーである。

アメリカで俳優としてやっていくためには出自であるプエルトリコ系の姓名を"マーティーン・シーン"に変えるしかなかった父親の無念を晴らしてきたエステェベス家の長男エミリオは、サンティアゴの巡礼路を歩くのが長年の夢だったという父親の願いまで本作で叶えてしまった。なんとも"出来過ぎ"な長男ではあるが、どうもこの一家がやることは応援したくなる、そんな良い意味でアメリカ的な"何か"が彼らにはあるのだ。もちろん、胸に風穴を空けて歩き続ける父親の姿には、傍若無人に振る舞って多くのものを失ってきた"アメリカ合衆国"の姿が投影されていることは言うまでもない。
(上原輝樹)



6月2日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか公開


監督・脚本・製作:エミリオ・エステヴェス
製作:フリオ・フェルナンデス、デヴィッド・アレクザニアン
撮影:ファン・ミゲル・アスピロス
編集:ラウル・ダバロス
音楽:タイラー・ベイツ
美術:ヴィクトル・モレノ
衣装:タティアナ・エルナンデス
出演:マーティン・シーン、デボラ・カーラ・アンガー、ジェームズ・ネスビット、ヨリック・ヴァン・ヴァーヘニンゲン

© The Way Productions LLC 2010

2010年/アメリカ、スペイン/128分/カラー/ビスタサイズ/ドルビーSRD
配給:アルバトロス・フィルム

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