2013年2月22日

『遺体 明日への十日間』君塚良一

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『遺体  明日への十日間』は、東日本大震災における遺体安置所の壮絶な状況をルポルタージュした、ジャーナリスト石井光太氏の著書「遺体 震災、津波の果てに」(新潮社刊)を映画化した作品だ。石井氏の「遺体 震災、津波の果てに」を読んだ、君塚良一(TVシリーズ「踊る大捜査線」脚本、映画『誰も守ってくれない』(08)脚本兼監督)が、その映画化に突き動かされ、何度も現地に足を運んで、モデルになった人たちに取材を重ねて撮り上げた作品であるという。

フジテレビが製作し、お茶の間でお馴染みの面々が大勢出演しているからといって、"テレビ局映画"と思ってナメてはいけない。君塚良一が、本職であるはずの脚本家としての手練主管を封印し、演出すら放棄して演技を俳優たちに任せたという本作は、愚直に、ほぼ遺体安置所だけを撮り続けた、祈りにも似た映画である。"遺体安置所"は当然のことながらセットとして組上げられたものに違いないが、スクリーンに写し出されるその空間は、"儀式"として様式化される以前の"祈り"で満たされており、観るものの居住まいを正さずにいない。私たちは、往々にして、死者がわたしたちの祈りを必要としている以上に、私たち自身のために祈りを必要としていることに、この映画は気付かせてくれる。
(上原輝樹)

 
2013年2月23日(土)より、全国公開

脚本・監督:君塚良一
原作:石井光太
音楽:村松崇継
エンディングテーマ:SHANTI
製作:亀山千広
エグゼクティブプロデューサー:種田義彦
プロデューサー:高橋正秀、古郡真也、清野真紀、前田久閑
協力プロデューサー:高井一郎、河端由梨子
撮影:栢野直樹
照明:磯野雅宏
録音:柿澤潔、高須賀健吾
美術:山口修
記録:中田秀子
編集:穂垣順之助
VFX:山本雅之
音響効果:柴崎憲治
監督補:田澤裕一
制作担当:橋本靖
プロデューサー補:大坪加奈
出演:西田敏行、緒形直人、勝地涼、國村隼、酒井若菜、佐藤浩市、佐野史郎、沢村一樹、志田未来、筒井道隆、柳葉敏郎ほか

© 2013フジテレビジョン

2013年/日本/カラー/105分
配給:ファントム・フィルム

2013年2月18日

『奪命金』ジョニー・トー

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娯楽映画のダイナミズムと映画作家独自のリリシズムが拮抗する、
三焦点の金融サスペンス
star.gifstar.gifstar.gifstar.gif 上原輝樹

香港ノワールの巨匠ジョニー・トーの新作『奪命金』は、迫りくるギリシア危機を背景に、警察、銀行、黒社会が交錯する人間模様を描く、三焦点の金融サスペンスである。金融サスペンスだからといって、『ウォール街』(87)、『ウォール・ストリート』(10)のオリヴァー・ストーンのように1%側のギラついた人間の虚像を描くのではなく、99%の側の人間が、文字通り"金"に命を奪われていく、私たちの周りに普通に何喰わぬ顔で存在している、禍々しい現実を描いている。

銀行で厳しいノルマを課された金融商品営業担当のテレサ(デニス・ホー)は、ハイリスクな金融商品などに本来無縁であるはずの"持たざる者"をも非情なマネーゲームに巻き込んでいくようになっていく。闇組織のボスにひたすら忠義を尽くす番頭パンサー(ラウ・チンワン)は、組織内では信義も厚く、悪い人間ではなさそうに見える。しかし、その組織がやっていることといえば、地道に稼いでいる飲食店からショバ代を脅し取る、昔ながらのやくざ稼業である。彼らを取り締まる立場にある、香港九龍地区を担当する捜査官チョン警部補(リッチー・レン)は、日々の仕事に追われて家庭を顧みる余裕もない。

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そんなある日、テレサの顧客である高利貸しチャン(ロー・ホイパン)が、彼女との面会直後に、おろしたばかりの500万HKドルを強奪され殺害されるという事件が起き、銀行、黒社会、警察を巻き込んだ高密度のサスペンスが駆動し始める。人間の欲望を加速する金融業の非情を描きながら、あくまで人情の機敏に寄り添うジョニー・トー監督の的確な人物描写は、登場人物の不安や焦りを観るものにダイレクトに伝える。

金融機関や黒社会といった弱肉強食の組織の中でも、ジョニー・トーが焦点を当てるのは、首の皮一枚の人間性を残した"善人"たちである。果たして彼らは、非情な世界において、善き人間性を保ったまま生き残ることができるのか?彼らはいずれも、"自分の仕事"に忠誠を尽くすが、そのことが必ずしも"自分の幸せ"に結びついていかない。しかし、運命の歯車が少しズレるだけで、状況は変わるのかも知れない。ジョニー・トーは、人々の現実の生活と密接に関わる視点を固く保ちながら、"外道ども"の中に紛れ込んだ"天使"の存在を嗅ぎ分けている。この極めて映画的に真っ当なパースペクティブが21世紀という浮き足立った時代において、何とも頼もしく感じられる。

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始終目をしばつかせる役作りが素晴らしいラウ・チンワンや、高倉健似のストイックな刑事像が観るものの胸を熱くさせるリッチー・レンはもとより、紙くず屋の男や武闘派ギャングリーダーといった主要登場人物以外の描写に到るまで、全ての登場人物の描写が異様なまでに充実している。後半、物語は映画的運動を一気に加速させるが、テンポは性急さに陥ることなくステディな活劇的緊張感を持続させる、その淀まない編集のリズムや、女性ボーカルをフィーチャーしたピアノ曲のサウンドトラックが作品のユニークな世界観を表現している点も、さすがのジョニー・トー・クオリティである。この映画の味わいは、監督が敬愛する黒澤映画の娯楽映画としてのダイナミズムに拮抗しながら、香港という映画作家の想像世界と現実が溶け合うテリトリーに、ジョニー・トー独自のリリシズムを音と共に浮かび上がらせるているところにあるように思う。

 
2013年2月9日より、新宿シネマカリテほか全国順次公開

監督・製作:ジョニー・トー
脚本:ミルキーウェイ・クリエイティブ・チーム、アウ・キンイー、ウォン・キンファイ
撮影監督:チェン・シウキョン
撮影:トー・ホンモー
編集監督:デヴィッド・リチャードソン
編集:アレン・リョン
衣装監督・美術監督:スーキーイップ
出演:ラウ・チンワン、リッチー・レン、デニス・ホー、ミョーリー・ウー、ロー・ホイパン、ソー・ハンシェン、パトリック・クン、テレンス・イン

© 2011 Media Asia Films (BVI) Ltd. All Rights Reserved.

2011年/中国=香港映画/カラー/スコープサイズ/106分
配給:ブロードメディア・スタジオ

2013年2月 8日

『同じ星の下、それぞれの夜』富田克也、冨永昌敬、真利子哲也

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越境した日本の映画作家たちが示す、新しい地平
star.gifstar.gifstar.gif 上原輝樹

東京を舞台にした思い切りチープな導入部が観るものの不安を掻き立てる富田克也監督作品『チェンライの娘』は、40代の売れない役者キンちゃん(川瀬陽太)が、ネオンの光が妖しく煌めくバンコクへと降り立ち、そこで知り合った女の子メイ(Ai)とフォン(スシットラボン・ヌッチリ)と共にディープなタイ北部へと分け入って行くロードムービーだが、捻りの効いたストーリーテリングと、暑さと土埃、湿り気と倦怠感が伝わってくるチェンライへの道程が、観る者に季節外れの南方的開放感を味わわせてくれる。

物語が進行する内に登場人物たちへの愛着が湧いてくるのは、俳優陣や自ら顔を出している富田克也、相澤虎之助が醸し出すユーモアの存在だけでなく、俳優陣に注がれた監督の熱を帯びた視線が、スクリーンを観るものにも伝染してくるからに違いない。同じ肌の色のアジア人同士という"幻想"も、更に深く掘っていけば色とりどりの景色が見えてくる。空族が『サウダーヂ』(10)で掘った穴は、日本国内のブラジル人コミュニティへと繋がっていったが、本作では、国境を超えてタイに至っている。<DIG>し続けた挙げ句に見える光景は、近くて遠いアジアという慣れ親しんだ遠近感に鮮烈なショックを与えてくれる。

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冨永昌敬監督作品『ニュースラウンジ25時』は、テレビ局のキャスター堀内(ムーディー勝山)が、マニラ駐在の特派員、恋人の充子(阿部真理)の離れてゆく心を自分に留めるために、日本とマニラを往来して苦闘するコメディ/ドラマだが、幾らマイナーなテレビ局とはいえ、番組を半ば私物化する、この能天気なキャスターは一体何者か?という疑問を最後まで払拭できなかった。個人的には、一本調子で強気な声のトーンが惜しまれるムーディー勝山の堀内よりも、阿部真理が好演している充子をもっと観たいという欲望に駆られた。ムーディーと阿部真理が逆のキャスティングだったら、どうだっただろうか。

富田監督の『チェンライの娘』で、さらりとそのタイトルがメンションされている『NINIFUNI』(11)に続いて、再び中編映画となった真利子哲也監督の新境地『FUN FAIR』は、ゴダールの『ソシアリズム』(10)よろしく"子供"と"動物"が活躍する映画である。

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マレーシアに暮らす中国人の母親と少女チェチェ(スン・ジェニー)、日本人ビジネスマン(山本剛史)、地元マレーシアの自転車タクシー運転手(アズマン・ハッサン)といった互いに全く言葉が通じない者たちが、神の恩寵かのように出会う真利子版"はじめてのお使い"である本作は、長編処女作『イエローキッド』(09)にしたたかに漂っていたダークなユーモアを醸し出しながら、『NINIFUNI』で威圧的に響いた"轟音"を想起させる"車道"に小さな子供とヤギを放つことで、スクリーンの背後に緊張感を隠し持っている。その緊張感が、"FUN FAIR(移動遊園地)"における静かな感動へと観るものを導く、隠し味になっている。

真利子哲也監督が、"『NINIFUNI』と『FUN FAIR』は兄妹のような作品"だと語っていることは大変興味深い。ストイックな『NINIFUNI』で宮﨑将が演じた主人公も、希望の光が指す『FUN FAIR』の少女も道を彷徨い歩く、両作品とも人が彷徨う姿を捉えた映画である。『NINIFUNI』の主人公は呆然自失の体だが、『FUN FAIR』の少女は道に迷いながらもしなやかな生命力で視界を開いて行く。ことによると、真利子監督は、海までは辿り着いたが、その先には進めなかった<兄>の無念を、マレーシアの地で<妹>のような少女の小さな体に託して、晴らしているのかもしれない。

興味深いのは、『チェンライの娘』も『FUN FAIR』も、期せずして、それぞれの地に汎アジア的な宗教観を感じとっているように見えることだ。何も日本に居続けることだけが唯一絶対の選択肢ではない、外の世界に視界を広げることで、今までとは違った光景が広がるかもしれない、好むと好まざるとに関わらず、デジタル技術が開いた道の先に越境してみせた日本の映画作家たちは、そのように言っているように思える。

 
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『同じ星の下、それぞれの夜』
2013年2月9日(土)より、テアトル新宿、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開

『チェンライの娘』
監督:富田克也
脚本:相澤虎之助、富田克也
撮影:高野貴子
編集:高野貴子、富田克也
出演:川瀬陽太、Ai、スシットラボン・ヌッチリ、レイザーラモンRG

『ニュースラウンジ25時』
監督・脚本:冨永昌敬
撮影:今井孝博
編集:田巻源太
出演:ムーディ勝山、阿部真理、森松剛憲、西方凌

『FUN FAIR』
監督・脚本・編集:真利子哲也
撮影:芦澤明子
出演:山本剛史、スン・ジェニー、アズマン・ハッサン

© 2012「同じ星の下、それぞれの夜」

2012年/日本/カラー/119分/アメリカンビスタ1:1.85
配給:よしもとクリエイティブ・エージェンシー

2013年2月 4日

『明日の空の向こうに』ドロタ・ケンジェジャフスカ

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サバイバルであると同時に、壮大な鬼ごっこのようにも見える、
美しく儚い冒険譚
star.gifstar.gifstar.gifstar_half.gif 上原輝樹

6歳のペチャと10歳のヴァーシャの兄弟(実際の兄弟)が駅のホームでじゃれているところを移動撮影で捉える冒頭のショットから、子供たちの躍動感がスクリーンを満たしている。少しセピアがかった色調とバイオリンとギターがレトロな風情を醸し出すアコースティックな音楽は、新しい映画を見慣れた観客の目と耳には、時代感覚が微妙に狂っているように思えるかも知れない。駅のベンチの下でうずくまるペチャが時計を見上げるショットが『ユゴーの不思議な発明』(11)の主人公の"孤児"という境遇を想起させる暇もなく、少年たちは軽快に走り出すだろう。兄のヴァーシャと友達のリャパが走るのを、弟のペチャが追って行く。まんまと列車に潜り込んだ3人の、微笑ましも痛々しい、生命の輝きが漲るロシアからポーランドへと抜ける越境の旅が始まる。

前作『木漏れ日の家で』(07)の大ヒットが記憶に新しいドロタ・ケンジェジャフスカ監督と製作・編集も手掛ける名撮影監督アルトゥル・ラインハルトの夫婦コンビは、『カラス達』(94)や『僕がいない場所』(05)といった作品を通して"子供映画"の名匠として知られているという。筆者はその2作は未見だが、本作にもそんな彼らの作品の特徴がよく出ていると言って良いのだろう。彼らが子供に向ける眼差しは優しさに溢れてはいるが、いたずらに"子供"を美化しようとはしていない。"守られていない子供"は、生き延びる為に、大人の顔色を窺い、媚びを売り、空腹になれば、チョコレート一切れの為に殴り合う。"子供"とは、自らが生き延びるために、あらゆる知恵と感覚を総動員して、なりふり構わず振る舞うことが出来る者のことをいうのかもしれない。この映画は、そんな子供たちの命の輝きを、森の濃い緑と草原の明るい緑、闇夜に森を抜ける恐怖心と晴れ渡った青空のコントラストのもとに描いている。

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子供たちが森を抜ける映画と言えば、近年では諏訪敦彦監督とイポリット・ジラルド共同監督作品『ユキとニナ』(09)が想起されるが、両親の離婚という辛い現実から出発して、ファンタジックな展開を見せる洗練された少女の旅路と比べると、『明日の空の向こうに』の少年3人組は何とも泥臭い。よりよい生活をしたいという誰もが持つ欲望から始まった少年たちのロードムービーは、命がけのサバイバルであると同時に、壮大な鬼ごっこのようにも見え、そのユーモアを湛えた美しく儚い冒険譚は、私たち大人の世界の融通の効かない現実、硬直した現実の悲哀をも、秘かに物語ってくれる。


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2013年1月26日より、新宿シネマカリテほか全国順次公開

監督・脚本:ドロタ・ケンジェジャフスカ
撮影監督:アルトゥル・ラインハルト
編集:ドロタ・ケンジェジャフスカ、アルトゥル・ラインハルト
美術:アルトゥル・ラインハルト
衣装:カタジナ・モラフスカ
メイク:レナタ・ナイベルク
音楽:ミハル・パイディヤク、ホンザ・マルティネク
歌:アルカディ・セヴェルヌィ
製作:キッド・フィルム、アルトゥル・ラインハルト
共同出資:ポーランド映画芸術協会
統括ディレクター:アグニェシュカ・オドロヴィチ
共同製作:丹羽高史、ズビグニエフ・クラ、チャレク・リソウスキ
出演:オレグ・リバ、エヴゲニー・リバ、アフメド・サルダロフ

© Kid Film 2010

2010年/ポーランド・日本合作/カラー/35mm(1:1.85)/ドルビーデジタル/118分
配給:パイオニア映画シネマデスク

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