21世紀に入って『戦場のピアニスト』(02)、『オリバー・ツイスト』(05)、『ゴーストライター』(10)、『おとなのけんか』(11)といった意欲作、傑作を次々と発表し、つい先日のカンヌ国際映画祭のコンペションでは最新作『Venus In Fur』が上映されたばかりの、今や"巨匠"と呼んでも差し支えないだろう、ロマン・ポランスキーが、自らの半生を顧みる本作は、ポランスキー作品に親しんできた観客はもちろん、「映画」の持つ"不穏さ"や"魔"といった、曰く言い難い魅力に憑かれた者とって、必見というべき作品に仕上がったいる。
『ロマン・ポランスキー 初めての告白』は、ポランスキー監督の長年の友人であり、共に幾つもの映画製作に関わってきたアンドリュー・ブラウンズバーグ(本作の製作も手掛ける)が、監督の過去について話を聞くインタヴュー形式のドキュメンタリーという体裁だが、監督を務めるローラン・ブーズローは、映画人インタヴューや映画のメイキングビデオばかりを何百本と監督、製作している人物で、そのせいか、作り自体は実にあっさりとしていて"お仕事"的雰囲気すら醸し出しているものの、最後の最後に"不条理"もので知られるポランスキー作品のイメージとダブらせる名言(「すべては筋書きに書かれているかのようだ」)を監督から引き出しているあたり、いかにも熟れている。

熟れたビデオ作品ではあるけれども、「映画」的な美学を全く感じさせることのない本作は、それでも、題材がロマン・ポランスキーの人生であるという唯一点において、凡百の映画と比べて、格段に「映画」足り得ている。"夢"を与えてくれた映画との出会い、ナチス占領下ポーランドでの過酷な少年時代、家族との離別、共産主主義体制下ポーランドで酷評されたが国際的に高い評価を得た長編第一作『水の中のナイフ』(62)、不本意な出来映えながらヒットをした『反撥』(65)、初めての満足ゆく作品『袋小路』(66)、そして、初のハリウッド進出作品となった『ローズマリーの赤ちゃん』(68)、その翌年に起きた悪名高い"シャロン・テート殺人事件"、さらには、未成年少女への猥褻行為というスキャンダル、、、これでもまだ収まらない波瀾万丈、そうした幾多の事件や疑惑、そして、映画と愛すべき家族を巡る"メモワール/記憶"、さらには、当時のマスコミや世間に対する"反証"がポランスキー監督の口から語られていく。
本作は、長年の友人との対話という形を取っている事からも明らかなように、ポランスキー監督に向けられた様々な好奇の目に対して、公正な事実のみで構成されたジャーナリスティックな"ドキュメンタリー"ではないし、彼の私生活に関して、これ以上のことが詳らかにされるべきだとも思えない。ひとつ明らかなことは、これほどの想像を絶する事態に見舞われたひとりの人間が、未だに「映画」を作り続けているという事実。その確固たる事実が、ポランスキー監督の場合、絶え間ない努力による成果というよりは、もはや人智を超えた"筋書き"によるものとしか思えないところが恐ろしい。
『ロマン・ポランスキー 初めての告白』
原題:ROMAN POLANSKI: A FILM MEMOIR
6月1日(土)より、渋谷イメージフォーラムにて、6週間限定ロードショー
監督:ロラン・ブーズロー
製作:アンドリュー・ブラウンズバーグ
出演:ロマン・ポランスキーほか
© 2011 ANAGRAM FILMS LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
イギリス、イタリア、ドイツ/2011年/90分/ヴィスタ/カラー
配給:マーメイドフィルム
ブルース・リーの師匠として知られる、武術家イップ・マン(葉問)の半生を通じて、中国武術"カンフー"の奥義を語るという、ウォン・カーウァイ監督の試みは、観る前に感じた、あのウォン・カーウァイがカンフー映画?という疑問を払拭するものではあるものの、幾人もの達人の人生と技をひとつの映画にまとめあげるには如何にも全体の尺が短過ぎると思わざるをえない。そういう意味では微妙な出来映えの作品ではあるけれども、チャン・ツィイーのあまりに華麗で美しいコリオグラフィーを、その程度の理由から見逃してしまうのは、あまりにも惜しい。
トニー・レオンの"イップ・マン"が、ドニー・イェンの『イップ・マン 序章』(08)、『イップ・マン 葉問』(10)と比べてどうかという話なら、それはジャンルが違うので比較をするのは難しい。ドニー・イェンの"イップ・マン"は非常に優れたカンフー・アクション映画だが、『グランド・マスター』は"イップ・マン"の「宗師」(原題:一代宗師)としての世界観、文武両道の精神に焦点を充てている。世界中で広く愛されているカンフー映画のほとんどはB級テイストのジャンル映画で、そこに独自の映画的快楽があることは誰もが知るところだが、ウォン・カーウァイが、『グランド・マスター』で試みたのは、武術家イップ・マンの精神と、そもそも彼自身が得意とする恋愛劇を武術映画に融合することで、"中国文化"としてのカンフーを正面から再評価するカーウァイなりの"正統派武術映画"を作ることだったように思える。

ウォン・カーウァイらしい映像美で、ゆったりとした行間をとって綴られてゆく序盤から、美しい妻(ソン・ヘギョ)との時間、娼館金楼における各派のグランド・マスターたちとの優雅な対決を描く前半は、まさにウォン・カーウァイ映画の贅沢な時間が流れているが、"カミソリ"を演じるチャン・チェンとチャン・ツィイーの出会いが不発に終わるあたりから映画は危うげな気配を漂わせていく。そして、終盤における、"阿片"にまつわる、あまりにもあからさまな『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84)へのオマージュと意味不明のトニー・レオンのカメラ目線、、。それでも、本作の白眉、チャン・ツィイーと不貞の弟子マーサン(マックス・チャン)との無限に走り続ける列車を背に行なわれる駅での対決シーンはあまりにも素晴らしく、ウォン・カーウァイファンでなくても、このシーンを観るだけでも一見の価値がある映画であると断言できる。
『グランド・マスター』
5月31日(金)より、TOHOシネマズ 日劇ほかロードショー
監督・製作・脚本:ウォン・カーウァイ
武術指導:ユエン・ウーピン
音楽:梅林茂、ナサニエル・メカリー
撮影監督:フィリップ・ル・スール
美術監督・衣装デザイン・編集:ウィリアム・チャン
製作:ジャッキー・パン
製作総指揮:ソン・ダイ、チャン・イー・チェン、ミーガン・エリソン
脚本:チョウ・ジンジ、シュー・ホーフェン
出演:トニー・レオン、チャン・ツィイー、チャン・チェン、マックス・チャン、ソン・ヘギョ、ワン・チンシアン、チャオ・ベンシャン、シャオ・シェンヤン、ユエン・ウーピン、ラウ・カーヨン、チョン・チーラム、カン・リー
© 2013 Block 2 Pictures Inc. All rights Reserved.
香港、中国、フランス/2013年/123分/カラー/シネスコ/5.1chデジタル
配給:ギャガ