冒頭から「ワイルドサイドを歩け」を、"素晴らしい歌詞が素晴らしい曲を生むのよ!"とルー・リードの詩を興奮気味に賞賛するバックシンガーが登場して気分が上がる。続いて名コーラスのある曲として紹介されるのが、トーキング・ヘッズの「スリッパリー・ピープル」なのだから、モーガン・ネヴィル監督の趣味の良さは疑いようもない。映画は、60人近いシンガーたちに取材を重ね、その中からダーレン・ラブ、メリー・クレイトン、リサ・フィッシャー、クラウディア・リニア、タタ・ヴェガ、ジュディス・ヒルの6人に焦点を当て、60~90年代のロック/ポップ・ミュージックの魅力を惜しげもなく伝える、第一級の音楽映画に仕上がっている。
ローリング・ストーンズ「ギミー・シェルター」の"Rape, murder! It's just a shot away, It's just a shot away"のフレーズで一躍名を馳せたメリー・クレイトンの、本作では紹介されない
収録時のエピソードが残されてるので、ここで紹介しておきたい。ストーンズの面々は、LAのスタジオで真夜中にこの曲のミキシングをしていたが、どうしても女性コーラスが必要だということになり、プロデューサーのジャック・ニーチェが、もうベッドに入って眠ろうとしていたメリー・クライトンを、凄いチャンスだからと説得してスタジオに呼び寄せた。今、私たちがアルバムで聴く事のできる素晴らしい「ギミー・シェルター」のバック・コーラスは、たった3回のテイクで録音され、ゴスペル仕込みのメリーの歌唱力に、その場にいた誰もが魅了された。メリーはこの曲を契機にソロ・アーティストへのチャンスを掴んで行くことになるが、この時妊娠していた彼女は、この真夜中のレコーディングでの過剰な緊張が災いして流産してしまったのだ。さすがに、ミック・ジャガーが笑顔で登場する本作でこのエピソードが紹介されることはないが、今尚活躍を続けるメリー・クライトンの姿を存分に見ることができる。『バックコーラスの歌姫たち』は、一級品の音楽映画であると同時に、自らの道を歩む女性たちへの讃歌でもある。