タイのリゾートビーチでヴァカンスを楽しんでいた家族5人を、スマトラ沖地震の余波で起きた津波が突然襲う。映画は、この一家を、この地帯一帯を襲った津波の猛威を真っ正面から描いている。本作のモデルとなったベロン家と直接やりとりをして脚本を書いたセルヒオ・G・サンチェスが、この"実話"に基づいた映画の脚本を書く上で最も恐れたのは、「約30万人が亡くなった出来事の背景の中で5人の生存者の物語を語ること」であり、その為には、実際に被災した方々や、関係した人々へ最大限の敬意を払い、慎重に取り組まなければならなかったと語っている通り、この映画が直面したテーマは非常に扱いが難しいものだ。
観客は、既にこの映画がスマトラ沖地震によって生じた津波を描いたものであることを知っており、映画冒頭を飾る、丁寧に美しい自然光のもとに描かれた、一家の仲睦まじくも、それなりに日常の諍いを抱えた休日の時間、その光景に、うたかたの輝きを観ている。そして、全てを飲み込んでしまう津波の描写は、迫真に迫っているように見える(筆者にはその体験がないから、そのように見えるとしか書きようがない)。津波に飲まれた水中での描写は、長時間に渡り、生身の身体に、木や鉄といった硬質の物体が衝突してくる恐さを"音"を効果的に使って描写することで、"恐怖"そのものとして具象化している。そして、その"不可能"な状況を辛うじて生き抜いた、満身創痍の母マリア(ナオミ・ワッツ)と長男ルーカス(トム・ホランド)が、互いを助け合う驚異的なシーンが作り上げられてゆく。ここで描かれるのは、「誰のために、そして、どのように生き残りたいのかという問題」(J ・A・バヨナ)であり、それは観客ひとりひとりへの問い掛けでもあるだろう。