ブルース・リーの師匠として知られる、武術家イップ・マン(葉問)の半生を通じて、中国武術"カンフー"の奥義を語るという、ウォン・カーウァイ監督の試みは、観る前に感じた、あのウォン・カーウァイがカンフー映画?という疑問を払拭するものではあるものの、幾人もの達人の人生と技をひとつの映画にまとめあげるには如何にも全体の尺が短過ぎると思わざるをえない。そういう意味では微妙な出来映えの作品ではあるけれども、チャン・ツィイーのあまりに華麗で美しいコリオグラフィーを、その程度の理由から見逃してしまうのは、あまりにも惜しい。
トニー・レオンの"イップ・マン"が、ドニー・イェンの『イップ・マン 序章』(08)、『イップ・マン 葉問』(10)と比べてどうかという話なら、それはジャンルが違うので比較をするのは難しい。ドニー・イェンの"イップ・マン"は非常に優れたカンフー・アクション映画だが、『グランド・マスター』は"イップ・マン"の「宗師」(原題:一代宗師)としての世界観、文武両道の精神に焦点を充てている。世界中で広く愛されているカンフー映画のほとんどはB級テイストのジャンル映画で、そこに独自の映画的快楽があることは誰もが知るところだが、ウォン・カーウァイが、『グランド・マスター』で試みたのは、武術家イップ・マンの精神と、そもそも彼自身が得意とする恋愛劇を武術映画に融合することで、"中国文化"としてのカンフーを正面から再評価するカーウァイなりの"正統派武術映画"を作ることだったように思える。
ウォン・カーウァイらしい映像美で、ゆったりとした行間をとって綴られてゆく序盤から、美しい妻(ソン・ヘギョ)との時間、娼館金楼における各派のグランド・マスターたちとの優雅な対決を描く前半は、まさにウォン・カーウァイ映画の贅沢な時間が流れているが、"カミソリ"を演じるチャン・チェンとチャン・ツィイーの出会いが不発に終わるあたりから映画は危うげな気配を漂わせていく。そして、終盤における、"阿片"にまつわる、あまりにもあからさまな『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84)へのオマージュと意味不明のトニー・レオンのカメラ目線、、。それでも、本作の白眉、チャン・ツィイーと不貞の弟子マーサン(マックス・チャン)との無限に走り続ける列車を背に行なわれる駅での対決シーンはあまりにも素晴らしく、ウォン・カーウァイファンでなくても、このシーンを観るだけでも一見の価値がある映画であると断言できる。
『グランド・マスター』
5月31日(金)より、TOHOシネマズ 日劇ほかロードショー
監督・製作・脚本:ウォン・カーウァイ
武術指導:ユエン・ウーピン
音楽:梅林茂、ナサニエル・メカリー
撮影監督:フィリップ・ル・スール
美術監督・衣装デザイン・編集:ウィリアム・チャン
製作:ジャッキー・パン
製作総指揮:ソン・ダイ、チャン・イー・チェン、ミーガン・エリソン
脚本:チョウ・ジンジ、シュー・ホーフェン
出演:トニー・レオン、チャン・ツィイー、チャン・チェン、マックス・チャン、ソン・ヘギョ、ワン・チンシアン、チャオ・ベンシャン、シャオ・シェンヤン、ユエン・ウーピン、ラウ・カーヨン、チョン・チーラム、カン・リー
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香港、中国、フランス/2013年/123分/カラー/シネスコ/5.1chデジタル
配給:ギャガ