アンソニー・ホプキンスが演じるヒッチコックとヘレン・ミレンが演じる妻アルマは、それぞれ、"アンソニー・ホプキンスのヒッチ"と"ヘレン・ミレンのアルマ"と見ることが出来るので、全く違和感を感じることがない。スティーヴン・レベロの「ヒッチコック&メイキング・オブ・サイコ」に基づいて作られた『サイコ』(60)製作の舞台裏は、ヒッチファン、映画ファンには一見の価値のあるものに仕上がっている。スタジオに企画を却下され、自腹で『サイコ』を撮る決心をするヒッチの姿には、現代の資金繰りに苦労する映画作家たちの姿が重なって見え、目頭が熱くなるし、アンソニー・パーキンスをキャスティングするところで、アンソニーの実生活における"マザコン"というパーソナルな側面がキャスティングを決めた一因として描かれているところも、ヒッチコックの配役に関する考え方の一端を示していて興味深い。
『サイコ』の主演女優ジャネット・リー(スカーレット・ヨハンソン)への下心を垣間見せる、監督と女優という人間関係、『めまい』(58)の主演女優の座を妊娠によって棒に振ったヴェラ・マイルス(ジェシカ・ピール)への複雑な感情も、さもありなんという感じで楽しめる。しかし、妻アルマと脚本家ウィット(ダニー・ヒューストン)との関係の描写は、一体どこまでが真実だろうかと訝っても意味はないと知りつつ、それが、名匠アルフレッド・ヒッチコックの話であるからには、どうも釈然としない気持ちがわだかまる。そして、原作「サイコ」のモデルとなった連続殺人鬼エド・ゲインが登場し、ヒッチと対話をするに至って、本作のナラティブに対する疑念は頂点に達する。
映画はユーモアとドラマティックな展開に富んだ序盤から、ヒッチの内面に迫ろうとする中盤において失速する。そして、低速で走り始めた映画『ヒッチコック』は、ヒッチとアルマの夫婦の人間ドラマとしての本性を露にする。終盤のラストスパートで映画的な高揚を見せ、中盤の重さを払拭するものの、余りにもヒッチコック的な映画の悦楽とは無縁なこの映画を、初めから"人間ドラマ"として割り切って観れば、"巨匠ヒッチコック"を影で支えた妻アルマを賞賛する映画として楽しむことが出来ただろうか、というモヤモヤは最後まで消えなかった。バーナード・ハーマンのスコアに触れるのであれば、ソール・バスのオープニングにも触れてほしかったという恨みを持ったが、そんな挿話がヒッチとアルマの夫婦の物語に入り込む余地など、初めからなかったに違いない。
4月5日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほかロードショー
監督:サーシャ・ガヴァシ
脚本:ジョン・J・マクロクリン
原作:スティーヴン・レベロ
製作:アイヴァン・ライトマン、トム・ポロック、ジョー・メジャク、トム・セイヤー・アラン・バーネット
製作総指揮:アリ・ベル、リチャード・ミドルトン
撮影監督:ジェフ・クローネンウェス、ASC
プロダクション・デザイナー:ジョディ・ベッカー
編集:パメラ・マーティン、A.C.E.
衣装デザイナー:ジュリー・ワイス
音楽:ダニー・エルフマン
特殊メイク:ハワード・バーガー、グレゴリー・ニコテロ
キャスティング:テリー・テイラー、CSA
出演:アンソニー・ホプキンス、ヘレン・ミレン、スカーレット・ヨハンソン、ダニー・ヒューストン、トニ・コレット、マイケル・スタールバーグ、マイケル・ウィンコット、ジェシカ・ビール、ジェームズ・ダーシー、リチャード・ポートナウ、カートウッド・スミス
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2012年/アメリカ/カラー/シネマスコープ/99分
配給:20世紀フォックス映画