デトロイトの街を彷徨い歩く、(本作の登場人物のひとり曰く)まるで浮浪者のような風体の男が、将来モータウンレコードの創始者となる男のプロデュースの下、一枚のレコードを吹き込んだ。1971年のことだ。彼の周囲のミュージシャンや音楽関係者は、男はボブ・ディランの才能にも匹敵する、全ミュージシャンの中でも5本の指に入る程の天才ミュージシャンだと断言するが、1971年に作られたレコード「Cold Fact」は全く売れなかった。その後、1975年にセカンド・アルバム「Coming from Reality」が作られたが、それも売れない。当時契約していたレコード会社サセックス・レコードは、それで男との契約を打ち切ってしまう。彼の名は"ロドリゲス"と言った。
ところは変わって、1970年代の南アフリカ。アパルトヘイト政策を続けてきた南アフリカ政府に対して、国内のリベラルな白人たちは抗議の声を上げていた。しかし、そうした声は、ほとんど世界には伝えられていなかったのではないかと思う。日本に住む私たちは、ネルソン・マンデラの釈放を叫ぶ、ザ・スペシャルズの「ネルソン・マンデラ」や、南アフリカをボイコットせよ!と主張する「サン・シティ」といった、1980年代のUK音楽シーンから発せられた抗議の声を、ピーター・バラカン氏の活動によって知ることができたが、この映画は、更に踏み込んで、もうひとつの真実を伝えている。
南アフリカでは、一部のリベラルな白人たちによるアパルトヘイトに対する抗議活動が行なわれ、そのムーブメントをひとつにまとめたのが、ロドロゲスが吹き込んだ一枚のアルバム「Cold Fact」だったのだ。抗議の声をひとつにまとめたのは、ここでも音楽の力だった。「Cold Fact」は、南アフリカで売れに売れ、推定50万枚売れたという驚異的な数字が囁かれている。ロドリゲスは、南アフリカの地に熱狂的なファンを多く生んだが、インターネット前夜である、アパルトヘイト下の南アフリカから、そうした事態が世界に伝えられることはなかった。しかし、そうした熱狂的なファンの中に、現在も南アフリカでレコード店を営む"シュガー"とジャーナリストのクレイグという二人の男がいた。"シュガー"は、ウェブサイトを作り、ライブ中に自殺を図ったというロドリゲスの死の真相について、広く情報提供を呼びかけ、クレイグは、50万枚売れたといわれるレコードの売上げ金の流れを調べ、消えたお金の謎からロドリゲスの死を解明しようとしてした。
"サーチもの"の傑作というべき本作は、ドキュメンタリーとは思えないミステリー仕立てで観客を驚かせてくれるだけでなく、ロドリゲスの素晴らしい音楽性と、人が自分の道を歩み続けることが生む"奇跡"について、素晴らしい啓発を与えてくれる一作となっている。