2013年2月18日

『奪命金』ジョニー・トー

20130218_01.jpg

娯楽映画のダイナミズムと映画作家独自のリリシズムが拮抗する、
三焦点の金融サスペンス
star.gifstar.gifstar.gifstar.gif 上原輝樹

香港ノワールの巨匠ジョニー・トーの新作『奪命金』は、迫りくるギリシア危機を背景に、警察、銀行、黒社会が交錯する人間模様を描く、三焦点の金融サスペンスである。金融サスペンスだからといって、『ウォール街』(87)、『ウォール・ストリート』(10)のオリヴァー・ストーンのように1%側のギラついた人間の虚像を描くのではなく、99%の側の人間が、文字通り"金"に命を奪われていく、私たちの周りに普通に何喰わぬ顔で存在している、禍々しい現実を描いている。

銀行で厳しいノルマを課された金融商品営業担当のテレサ(デニス・ホー)は、ハイリスクな金融商品などに本来無縁であるはずの"持たざる者"をも非情なマネーゲームに巻き込んでいくようになっていく。闇組織のボスにひたすら忠義を尽くす番頭パンサー(ラウ・チンワン)は、組織内では信義も厚く、悪い人間ではなさそうに見える。しかし、その組織がやっていることといえば、地道に稼いでいる飲食店からショバ代を脅し取る、昔ながらのやくざ稼業である。彼らを取り締まる立場にある、香港九龍地区を担当する捜査官チョン警部補(リッチー・レン)は、日々の仕事に追われて家庭を顧みる余裕もない。

20130218_02.jpg

そんなある日、テレサの顧客である高利貸しチャン(ロー・ホイパン)が、彼女との面会直後に、おろしたばかりの500万HKドルを強奪され殺害されるという事件が起き、銀行、黒社会、警察を巻き込んだ高密度のサスペンスが駆動し始める。人間の欲望を加速する金融業の非情を描きながら、あくまで人情の機敏に寄り添うジョニー・トー監督の的確な人物描写は、登場人物の不安や焦りを観るものにダイレクトに伝える。

金融機関や黒社会といった弱肉強食の組織の中でも、ジョニー・トーが焦点を当てるのは、首の皮一枚の人間性を残した"善人"たちである。果たして彼らは、非情な世界において、善き人間性を保ったまま生き残ることができるのか?彼らはいずれも、"自分の仕事"に忠誠を尽くすが、そのことが必ずしも"自分の幸せ"に結びついていかない。しかし、運命の歯車が少しズレるだけで、状況は変わるのかも知れない。ジョニー・トーは、人々の現実の生活と密接に関わる視点を固く保ちながら、"外道ども"の中に紛れ込んだ"天使"の存在を嗅ぎ分けている。この極めて映画的に真っ当なパースペクティブが21世紀という浮き足立った時代において、何とも頼もしく感じられる。

20130218_03.jpg

始終目をしばつかせる役作りが素晴らしいラウ・チンワンや、高倉健似のストイックな刑事像が観るものの胸を熱くさせるリッチー・レンはもとより、紙くず屋の男や武闘派ギャングリーダーといった主要登場人物以外の描写に到るまで、全ての登場人物の描写が異様なまでに充実している。後半、物語は映画的運動を一気に加速させるが、テンポは性急さに陥ることなくステディな活劇的緊張感を持続させる、その淀まない編集のリズムや、女性ボーカルをフィーチャーしたピアノ曲のサウンドトラックが作品のユニークな世界観を表現している点も、さすがのジョニー・トー・クオリティである。この映画の味わいは、監督が敬愛する黒澤映画の娯楽映画としてのダイナミズムに拮抗しながら、香港という映画作家の想像世界と現実が溶け合うテリトリーに、ジョニー・トー独自のリリシズムを音と共に浮かび上がらせるているところにあるように思う。

 
2013年2月9日より、新宿シネマカリテほか全国順次公開

監督・製作:ジョニー・トー
脚本:ミルキーウェイ・クリエイティブ・チーム、アウ・キンイー、ウォン・キンファイ
撮影監督:チェン・シウキョン
撮影:トー・ホンモー
編集監督:デヴィッド・リチャードソン
編集:アレン・リョン
衣装監督・美術監督:スーキーイップ
出演:ラウ・チンワン、リッチー・レン、デニス・ホー、ミョーリー・ウー、ロー・ホイパン、ソー・ハンシェン、パトリック・クン、テレンス・イン

© 2011 Media Asia Films (BVI) Ltd. All Rights Reserved.

2011年/中国=香港映画/カラー/スコープサイズ/106分
配給:ブロードメディア・スタジオ

Recent Entries

Category

Monthly Archives

印刷