2013年2月 8日
『同じ星の下、それぞれの夜』富田克也、冨永昌敬、真利子哲也
東京を舞台にした思い切りチープな導入部が観るものの不安を掻き立てる富田克也監督作品『チェンライの娘』は、40代の売れない役者キンちゃん(川瀬陽太)が、ネオンの光が妖しく煌めくバンコクへと降り立ち、そこで知り合った女の子メイ(Ai)とフォン(スシットラボン・ヌッチリ)と共にディープなタイ北部へと分け入って行くロードムービーだが、捻りの効いたストーリーテリングと、暑さと土埃、湿り気と倦怠感が伝わってくるチェンライへの道程が、観る者に季節外れの南方的開放感を味わわせてくれる。
物語が進行する内に登場人物たちへの愛着が湧いてくるのは、俳優陣や自ら顔を出している富田克也、相澤虎之助が醸し出すユーモアの存在だけでなく、俳優陣に注がれた監督の熱を帯びた視線が、スクリーンを観るものにも伝染してくるからに違いない。同じ肌の色のアジア人同士という"幻想"も、更に深く掘っていけば色とりどりの景色が見えてくる。空族が『サウダーヂ』(10)で掘った穴は、日本国内のブラジル人コミュニティへと繋がっていったが、本作では、国境を超えてタイに至っている。<DIG>し続けた挙げ句に見える光景は、近くて遠いアジアという慣れ親しんだ遠近感に鮮烈なショックを与えてくれる。
冨永昌敬監督作品『ニュースラウンジ25時』は、テレビ局のキャスター堀内(ムーディー勝山)が、マニラ駐在の特派員、恋人の充子(阿部真理)の離れてゆく心を自分に留めるために、日本とマニラを往来して苦闘するコメディ/ドラマだが、幾らマイナーなテレビ局とはいえ、番組を半ば私物化する、この能天気なキャスターは一体何者か?という疑問を最後まで払拭できなかった。個人的には、一本調子で強気な声のトーンが惜しまれるムーディー勝山の堀内よりも、阿部真理が好演している充子をもっと観たいという欲望に駆られた。ムーディーと阿部真理が逆のキャスティングだったら、どうだっただろうか。
富田監督の『チェンライの娘』で、さらりとそのタイトルがメンションされている『NINIFUNI』(11)に続いて、再び中編映画となった真利子哲也監督の新境地『FUN FAIR』は、ゴダールの『ソシアリズム』(10)よろしく"子供"と"動物"が活躍する映画である。
マレーシアに暮らす中国人の母親と少女チェチェ(スン・ジェニー)、日本人ビジネスマン(山本剛史)、地元マレーシアの自転車タクシー運転手(アズマン・ハッサン)といった互いに全く言葉が通じない者たちが、神の恩寵かのように出会う真利子版"はじめてのお使い"である本作は、長編処女作『イエローキッド』(09)にしたたかに漂っていたダークなユーモアを醸し出しながら、『NINIFUNI』で威圧的に響いた"轟音"を想起させる"車道"に小さな子供とヤギを放つことで、スクリーンの背後に緊張感を隠し持っている。その緊張感が、"FUN FAIR(移動遊園地)"における静かな感動へと観るものを導く、隠し味になっている。
真利子哲也監督が、"『NINIFUNI』と『FUN FAIR』は兄妹のような作品"だと語っていることは大変興味深い。ストイックな『NINIFUNI』で宮﨑将が演じた主人公も、希望の光が指す『FUN FAIR』の少女も道を彷徨い歩く、両作品とも人が彷徨う姿を捉えた映画である。『NINIFUNI』の主人公は呆然自失の体だが、『FUN FAIR』の少女は道に迷いながらもしなやかな生命力で視界を開いて行く。ことによると、真利子監督は、海までは辿り着いたが、その先には進めなかった<兄>の無念を、マレーシアの地で<妹>のような少女の小さな体に託して、晴らしているのかもしれない。
興味深いのは、『チェンライの娘』も『FUN FAIR』も、期せずして、それぞれの地に汎アジア的な宗教観を感じとっているように見えることだ。何も日本に居続けることだけが唯一絶対の選択肢ではない、外の世界に視界を広げることで、今までとは違った光景が広がるかもしれない、好むと好まざるとに関わらず、デジタル技術が開いた道の先に越境してみせた日本の映画作家たちは、そのように言っているように思える。
『同じ星の下、それぞれの夜』
2013年2月9日(土)より、テアトル新宿、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開
『チェンライの娘』
監督:富田克也
脚本:相澤虎之助、富田克也
撮影:高野貴子
出演:川瀬陽太、Ai、スシットラボン・ヌッチリ、レイザーラモンRG
『ニュースラウンジ25時』
監督・脚本:冨永昌敬
出演:ムーディ勝山、阿部真理、森松剛憲、西方凌
『FUN FAIR』
監督・脚本・編集:真利子哲也
撮影:芦澤明子
出演:山本剛史、スン・ジェニー、アズマン・ハッサン
© 2012「同じ星の下、それぞれの夜」
2012年/日本/カラー/119分/アメリカンビスタ1:1.85
配給:よしもとクリエイティブ・エージェンシー