2013年2月 4日
『明日の空の向こうに』ドロタ・ケンジェジャフスカ
サバイバルであると同時に、壮大な鬼ごっこのようにも見える、
美しく儚い冒険譚
6歳のペチャと10歳のヴァーシャの兄弟(実際の兄弟)が駅のホームでじゃれているところを移動撮影で捉える冒頭のショットから、子供たちの躍動感がスクリーンを満たしている。少しセピアがかった色調とバイオリンとギターがレトロな風情を醸し出すアコースティックな音楽は、新しい映画を見慣れた観客の目と耳には、時代感覚が微妙に狂っているように思えるかも知れない。駅のベンチの下でうずくまるペチャが時計を見上げるショットが『ユゴーの不思議な発明』(11)の主人公の"孤児"という境遇を想起させる暇もなく、少年たちは軽快に走り出すだろう。兄のヴァーシャと友達のリャパが走るのを、弟のペチャが追って行く。まんまと列車に潜り込んだ3人の、微笑ましも痛々しい、生命の輝きが漲るロシアからポーランドへと抜ける越境の旅が始まる。
前作『木漏れ日の家で』(07)の大ヒットが記憶に新しいドロタ・ケンジェジャフスカ監督と製作・編集も手掛ける名撮影監督アルトゥル・ラインハルトの夫婦コンビは、『カラス達』(94)や『僕がいない場所』(05)といった作品を通して"子供映画"の名匠として知られているという。筆者はその2作は未見だが、本作にもそんな彼らの作品の特徴がよく出ていると言って良いのだろう。彼らが子供に向ける眼差しは優しさに溢れてはいるが、いたずらに"子供"を美化しようとはしていない。"守られていない子供"は、生き延びる為に、大人の顔色を窺い、媚びを売り、空腹になれば、チョコレート一切れの為に殴り合う。"子供"とは、自らが生き延びるために、あらゆる知恵と感覚を総動員して、なりふり構わず振る舞うことが出来る者のことをいうのかもしれない。この映画は、そんな子供たちの命の輝きを、森の濃い緑と草原の明るい緑、闇夜に森を抜ける恐怖心と晴れ渡った青空のコントラストのもとに描いている。
子供たちが森を抜ける映画と言えば、近年では諏訪敦彦監督とイポリット・ジラルド共同監督作品『ユキとニナ』(09)が想起されるが、両親の離婚という辛い現実から出発して、ファンタジックな展開を見せる洗練された少女の旅路と比べると、『明日の空の向こうに』の少年3人組は何とも泥臭い。よりよい生活をしたいという誰もが持つ欲望から始まった少年たちのロードムービーは、命がけのサバイバルであると同時に、壮大な鬼ごっこのようにも見え、そのユーモアを湛えた美しく儚い冒険譚は、私たち大人の世界の融通の効かない現実、硬直した現実の悲哀をも、秘かに物語ってくれる。
2013年1月26日より、新宿シネマカリテほか全国順次公開
監督・脚本:ドロタ・ケンジェジャフスカ
撮影監督:アルトゥル・ラインハルト
編集:ドロタ・ケンジェジャフスカ、アルトゥル・ラインハルト
美術:アルトゥル・ラインハルト
衣装:カタジナ・モラフスカ
メイク:レナタ・ナイベルク
音楽:ミハル・パイディヤク、ホンザ・マルティネク
歌:アルカディ・セヴェルヌィ
製作:キッド・フィルム、アルトゥル・ラインハルト
共同出資:ポーランド映画芸術協会
統括ディレクター:アグニェシュカ・オドロヴィチ
共同製作:丹羽高史、ズビグニエフ・クラ、チャレク・リソウスキ
出演:オレグ・リバ、エヴゲニー・リバ、アフメド・サルダロフ
© Kid Film 2010
2010年/ポーランド・日本合作/カラー/35mm(1:1.85)/ドルビーデジタル/118分
配給:パイオニア映画シネマデスク