1974年のビューティフル・ルーザーたち
"コックファイター"="闘鶏家"だからと言って、いくら何でも"闘鶏"だけの映画であるはずもなかろうと高を括って観ていると、正真正銘の闘鶏映画であった。後に、映画史に残る傑作と讃えられることになる『断絶』(71)の商業的大失敗でハリウッドから干されていたモンテ・ヘルマンに救いの手を差し伸べたのは、かつてヘルマンの監督デヴューを後押しした"B級映画の帝王"ロジャー・コーマンだ。しかし『断絶』の次作として3年後に製作された本作も、見事なまでに興行的敗北を喫してしまう。
本作のプロデュースを手掛けたコーマンの「製作時私は、誰も考えたことのない<闘鶏の映画化>という、全く新しい事を成し遂げようとしている高揚感に包まれた。そして公開後、何故それまで闘鶏映画が無かったのかが解った。誰も闘鶏の映画など観たくなかったのだ。一体何故こんな映画を公開するんだ?!」というコメントがチラシに堂々と掲載されていたり、ヘルマン自身も例のインタヴュー本で「ラストシーンと幾つかのシーンを除いて、全く気に入っていない」と告白していたりする、完全に呪われた映画である。
しかし!そんな作品を21世紀の、この世知辛いご時世に35mm ニュープリントで公開してしまうboidさんって一体!?などと思ってはいけない。アメリカ合衆国東南部、1970年代のジョージアの田舎町に注ぐ自然光を捉えたネストール・アルメンドロスの撮影が素晴らしい。ほとんどを素人が演じているという闘鶏の観客たちを捉えたショットは、そのまま時代のドキュメントたり得ているし、そうした素人俳優たち、そして、主演のウォーレン・オーツ、愛しのローリー・バード、ローリーから"40歳のオヤジ"呼ばわりされるハリー・ディーン・スタントンといった、唯一まともなエリザベス(パトリシア・パシー)を除く全ての登場人物が悉く"ルーザー(負け犬)"であることが愛おしい。
ヘルマン監督が気に入っていると自負するエンディング以外にも、素晴らしいシーンが幾つもある。父親から伝授された、鶏の尻の穴を指で刺激するというセコい反則技を得意とする若者も登場するが、闘鶏場の床を滑りやすくして、自分の鶏を勝ちやすくして賞金を稼いでいる闘鶏家親子が忘れ難い。その親子の鶏と勝負をしたフランク(ウォーレン・オーツ)は試合に勝ち、フランクの鶏が相手の鶏を殺してしまう。逆ギレしたティーンエイジャーの息子はフランクに殴り掛かるが反撃にあってボコボコにされる。そのさまを横で見ている父親は、息子に加勢することも、フランクを制止することもなく、ただ「あんたも随分乱暴な男だな」とだけ呟くのだ。ここで親が加勢したら、男が廃る。これぞアメリカ映画!である。
トム・ウェイツが美しいアルバム"クロージング・タイム"でレコードデビューを飾ったは1973年、ロサンゼルスでのことだった。同年にカリフォルニアでデヴューしたマイケル・フランクスが、1年後の本作でサウンドトラックを手掛け、後年の洗練されたスタイルとは全く異なる、コミカルなテイストすら感じさせる南部の泥臭さを醸し出す音楽を提供し、本作に奇妙にして豊かな彩りを与えている。アートの世界で、マーク・ゴンザレス、マイク・ミルズ、バリー・マッギー、ハーモニー・コリンらがグループ展"ビューティフル・ルーザーズ"を行ったのは1990年に入ってからの事だが、アメリカ映画においては、少なくとも1974年の本作にして既に"ビューティフル・ルーザーズ"が描かれていたということになる。素晴らしいラストシーン、フランクが見せる、やせ我慢極まった笑顔のなんと強烈なことか!
出演:ウォーレン・オーツ、リチャード・B・シャル、ハリー・ディーン・スタントン、エド・ベグリー・Jr、ローリー・バード、トロイ・ドナヒュー、パトリシア・パーシー、ミリー・パーキンス、スティーヴ・レイルズバック
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