「これまで秘密主義だった伝説的映画作家の人生と創作過程を"初めて"解き明かすドキュメンタリー」という惹句とは裏腹に、誰もが彼のプライベートについては結構よく知っているのではないだろうか。スタンダップ・コメディアンとしてスタートしたキャリア、彼の映画に欠かせないニューヨークという街、ジャズ・ミュージシャンとしての顔、ダイアン・キートンとの公私に渡る蜜月期間、ミア・ファーロウとの複雑な関係、世間を騒がせたスン ・イーとの結婚、アカデミー賞授賞式嫌い(飛行機嫌い)etc...
既に知っていることでも、ウディ・アレンにまつわることなら、何度同じ話を聞いても退屈しないから不思議だが、『映画と恋とウディ・アレン』は過去の作品からふんだんに名/迷場面が引用されていて、見るものを楽しませてくれる。いくら素材が魅力的でも、こうした引用にはセンスが問われる。その点、本作の製作、監督、脚本、共同編集を務めたロバート・B・ウィードは、『人生万歳!』(09)でアレンが主役に抜擢したラリー・デヴィッドのコメディ「ラリーのミッドライフ★クライシス/Curv Your Enthusiasm」を手掛けてきた男だけに、抜かりがない。
アレンが敬愛する名撮影監督ゴードン・ウィリス、「ウディ・アレン映画の中の人生」の著者リチャード・シッケル、マーティン・スコセッシ、ダイアン・キートン、ショーン・ペン、スカーレット・ヨハンソン、ペネロペ・クルス、オーウェン・ウイルソンら豪華な映画人達から実の母と妹に至るまで、アレンを知る関係者たちの証言映像が大変充実しているのは、このドキュメンタリー作品が、「アメリカン・マスター」の1本として作られていることを考えれば当然と言えるかもしれない。PBS制作のドキュメンタリーシリーズ「アメリカン・マスター」では、グリフィス、チャップリン、キートン、ヒッチコック、フォード、ワイラー、カサヴェテス、イーストウッド、スコセッシら、170本以上ものシリーズが作られ、『ボブ・ディラン ノーディレクション・ホーム』(05)、『アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生』(07)等は日本でも劇場公開されている。『映画と恋とウディ・アレン』のテレビ向けオリジナル版は3.5時間あるというから、そちらにも大いに興味をそそられる。
しかし、本作が何よりも素晴らしいのは、机の引き出しに雑然と溜め込まれたメモの切れ端や、16歳の時から使い続けているというタイプライターがある自宅風景、ブルックリンの生家、母校といったプライベート周辺の空間を捉えた映像、そして、日本でも公開真近となった『恋のロンドン狂騒曲』(10)の演出シーンやデジタル機器を使った編集シーン(編集女史に指示を与えるアレン)、アレン、キートン共演『スリーパー』(73)の微笑ましい撮影シーンといった貴重な映像が、インディペンデントな映画作家ウディ・アレンの、生活(と恋)と創作の過程が密接に関わり合う、"映画"="人生"そのものであることを伝えているからだろう。だからこそ、アレンが最後に語る「夢見たことはすべて実現した。それなのに人生の落伍者の気分なのはなぜだろう。」という言葉が、夜の摩天楼のネオンのように鈍く輝いて見える。
(上原輝樹)
11月10日(土)より、TOHOシネマズ シャンテにてロードショー
監督・脚本・共同編集・製作:ロバート・B・ウィード
共同編集:カロリーナ・トゥオヴィネン
音楽:ポール・カンテロン
製作総指揮:マイケル・ペイサー、ブレット・ラトナー、フィッシャー・スティーヴンス、エリック・ゴードン、アンドリュー・カーシュ、スーザン・レイシー
出演:ウディ・アレン、ペネロペ・クルス、スカーレット・ヨハンソン、ダイアン・キートン、ショーン・ペン、クリス・ロック、ミラ・ソルヴィーノ、ナオミ・ワッツ、ダイアン・ウィースト、オーウェン・ウィルソン、マーティン・スコセッシ
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2011年/アメリカ/113分/カラー
配給:ロングライド