2012年11月 6日

『危険なメソッド』デヴィッド・クローネンバーグ

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20世紀初頭のチューリッヒとウィーンを舞台に、ユングとフロイト、女性患者ザビーナの関係を描き、正常と異常、医師と患者、科学と神秘思想の境界線を揺さぶる、実にクローネンバーグらしい変態映画と思わせつつ、"変態"が左程珍しくもない世の中になった現代の100年前の光景を描くべく、品良く端正な画に収められたユングとザビーナのスパンキングシーンには昆虫の交尾を撮影したかのような透明感すら漂う。これに比べれば、ソダーバーグの『エージェント・マロリー』(12)で描かれた女性格闘家ジーナ・カラーノ(マロリー)がファスベンダーを圧殺する激闘シーンの何と猥雑であることか。

もしかすると痩せた肢体が昆虫感を醸し出しているのかもしれないキーラ・ナイトレイの、変態願望を横溢させるザビーナよりも、何も見せないユングの貞淑な妻(サラ・ガドン)の方がどうしても感興を惹いてしまうというパラドックス。その地と柄の逆転現象は、育ちの良いユングを享楽の道へと誘うヴァンサン・カッセルのオットー・グラスを、凡庸な蜘蛛男に見せることにも成功している。スイス・チューリッヒの深く鮮やかな緑は、この昆虫人間たちに最適な生息の場を与えているようだ。

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変態的要素を白日の下で巧妙に殺菌したクローネンバーグが、本作で描くのは、ユングとザビーナの間で育まれた、愛欲を超えて芽生えていく激しい情愛と、エリート育ちの非ユダヤ人ユングと、一介の町医者として暮らし、精神分析が"ユダヤ人の怪しい療法"と見なされることを常に畏れていたフロイトとの、コンプレックスが綯い交ぜになった複雑な子弟関係とその破局がもたらす、生々しい感情が息づく欲望と嫉妬の物語である。

ニューヨークへ渡航する船上でフロイトが、いそいそと自分だけ一等船室に乗り込むユングの後ろ姿を見て、一瞬過ったに違いない複雑な感情を描いたシーンの繊細さ、長年の"危険なメソッド"実践の末にザビーナを失い、晴天の下で呆然自失とした表情を見せるユングの、あまりにも人間的な感情が画面に行き渡る瞬間の驚くばかりの純粋さ。フロイトを演じるヴィゴ・モーテンセンとユングを演じるマイケル・ファスベンダーという最高のキャスティングを得て、ついに、人間の感情の美徳を描く境地に達したクローネンバーグの成熟に思わず涙腺が緩んだ。
(上原輝樹)

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10月27日(土)より全国ロードショー

監督:デヴィッド・クローネンバーグ
製作:ジェレミー・トーマス
原作・脚本:クリストファー・ハンプトン
撮影:ピーター・サシツキー
美術:ジェームズ・マカティア
美術顧問:キャロル・スピア
編集:ロナルド・サンダース
衣装:デニース・クローネンバーグ
音楽:ハワード・ショア
出演:マイケル・ファスベンダー、ヴィゴ・モーテンセン、キーラ・ナイトレイ、ヴァンサン・カッセル、サラ・ガドン

(C) 2011 Lago Film GmbH Talking Cure Productions Limited RPC Danger Ltd Elbe Film GmbH. All Rights Reserved.

2011年/イギリス、ドイツ、カナダ、スイス/99分/カラー/アメリカンビスタサイズ/ドルビーデジタル
配給:ブロードメディア・スタジオ


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