2012年9月26日

『これは映画ではない』ジャファール・パナヒ、モジタバ・ミルタマスブ

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アッバス・キアロスタミ監督の助監督を務めた後、キアロスタミ脚本による監督デビュー作『白い風船』(95)がカンヌでカメラドール(新人監督賞)を受賞し、2000年の『チャドルと生きる』はヴェネチアで金獅子賞を受賞、国際的に高い評価を得ていたイランの映画監督ジャファール・パナヒに、2011年5月、反体制的な活動を行ったとのことで、20年間の映画製作禁止、出国禁止、マスコミとの接触禁止、そして、6年間の懲役刑という厳しい処分が下された。以降、パナヒ監督の自宅軟禁状態は2012年9月現在に至るまで続いている。

『チャドルと生きる』(00)や『オフサイド・ガールズ』(06)が、イランの現体制を批判する映画であるとして、イラン国内で公開禁止の処分を受けていたことはそれなりに知られていたものの、イランのアフマディネジャド政権が、国際的な評価も高い映画監督に対して、一時身柄を拘束し、"映画を撮ること"を禁じ、自宅軟禁の状態に置くという事態にまで事を荒立たせるとはほとんどの映画人が予想していなかったに違いない。この異常事態に対して、アメリカの映画監督たち(フランシス・フォード・コッポラ、ロバート・デ・ニーロ、ジム・ジャームッシュ、テレンス・マリック、ロバート・レッドフォード、マーティン・スコセッシ、スティーブン・ソダーバーグ、スティーブン・スピルバーグ、フレデリック・ワイズマンなど、錚々たる顔ぶれ)を中心に、多くの映画人、海外在住のイラン映画人たちがパナヒ解放を訴える声明文<FREE PANAHI!>に署名し、支持を表明している。

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他国で行われている政治弾圧に対して、これほど多くの映画監督たちが声を上げる背景には、もちろん、『アルゴ』(12)で描かれたばかりのイランアメリカ大使館人質事件(1979年)以来、決定的に悪化しているアメリカとイランの緊張関係があるには違いないが、むしろ彼らは、アフマディネジャド大統領が国家権力を行使してまで"映画監督"に"映画を撮ること"を禁ずるという、生きていくための糧である"職業"を奪うという行為の異常さに対して異議を唱えているのではないか。(パナヒには厳しい処分を下しながら、アスガー・ファルハディ監督作品(『彼女が消えた浜辺』(09)、『別離』(11/米アカデミー外国語映画賞受賞))は認めるというアフマディネジャドの不思議)

それでは、"映画を撮ること" を禁じられるという事態を、ジャファール・パナヒはどのように受け止めたのか?"映画監督"という人種ほど、黙らせておくのが難しい人種は他にないかもしれない。パナヒは、"映画監督"にしかなしえない唯一の方法でこの不条理に闘いを挑み、本作『これは映画ではない』というフィクションに結実させた。"映画監督"の最大の仕事のひとつが"演出"であることはさほど論をまたないことだろう。一見、ドキュメンタリーのように見える本作で、パナヒが"映画監督"として本領を遺憾なく発揮しているのが、スクリーンに表れていない部分での"演出"である。わざわざ、自作の『鏡』(97)の女の子や『クリムゾン・ゴールド』(03)の素人俳優の例をテレビのフラットスクリーン上に再生し、監督の演出意図を超える素人俳優たちが作り出す驚異の瞬間について観客にレクチャーするという手の込んだ"目に見える演出"を介在させ、フィクションの時間の中で起きるハプニングの偏在性を印象づけた上で、僅か75分間の間に見事に幾多の出来事を詰め込み、見るものにユーモアすら感じさせる、その仕込みと時間操作の手際の良さは、まさに優れた"映画監督"だけがなし得る離れ業だ。

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映画における技術的な側面というものは、しばしば二次的な問題として左程重要視されない傾向すらあるけれども、本作の成り立ちにおいて、デジタルの普及は決定的に重要な役割を果たしている。『これは映画ではない/This in not a Film』で、撮影に使われているのは、iPhoneとデジタルビデオでありフィルムを使われていない。その点でこの作品は、文字通り<映画=フィルム>ではない。しかも、USBにデータをコピーして、その他の荷物に紛れ込ませて<密輸>されなければ、この作品が陽の目を見ることもなかったのだから、もはや、ある作品が<映画>であるかどうか、ということよりも、その作品に見るべき価値があるかどうか、の方が時には重要である。私たちは、そうした事態が存在していることをもはや無視することができない時代に生きている。

そして、本作のエンディングシーンで示される火祭りの光景は、もはや記録媒体や上映形式がデジタルであろうが、フィルムであろうが、黙示録的に見えることをやめないだろう。

(上原輝樹)



9月22日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

監督:ジャファール・パナヒ、モジタバ・ミルタマスブ

(C) Jafar Panahi and Mojtaba Mirtahmasb

2011年/イラン/75分/カラー
配給:ムヴィオラ


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