2012年8月 2日

『トガニ 幼き瞳の告発』ファン・ドンヒョク

20120802_01.jpg

本作は、韓国の聴覚障害者学校で実際に起きた児童虐待事件を映画化したものだという。主人公の美術教師イノ(コン・ユ)は、妻と死別し、愛する病弱の一人娘を母親に託し、田舎町の聴覚障害者学校に赴任することになったのだが、その赴任先で彼が目撃したものはまさに密室空間の煮詰まった"坩堝=トガニ"で繰り広げられる地獄絵図そのものだった。職員室で平然と生徒に殴る蹴るの暴行を加える教師や洗濯機の中に女生徒の顔を押し付ける女寮長といった、ジェス・フランコの猟奇映画さながらの"畜生ども"が支配する残酷世界。フィクション映画の中だけの話であれば、さほど驚くこともないが、実際に起きた事件の映画化であるというから、これはさすがにただごとではない。

韓国で若い女性たちの支持を得ているという人気作家コン・ジヨンがポータルサイトDaumで半年間のオンライン連載を経た後、単行本出版に漕ぎ着けたという原作小説「トガニ」は、当初からネットでの反響も大きかったが、小説刊行後の世論の反応は凄まじいものだったという。読者の怒りは、事件が発覚した後も、のうのうと教職についていた加害者たちと、彼らを守る法律に向けられた。原作小説の読者の一人であったスター俳優、コン・ユは自ら出演を熱望し、本作の映画化が実現する。公開された映画は460万人の動員を記録、人々の怒りはやがて政府を動かし「トガニ法」という新しい法律を生み、問題の学校を廃校に追い込むことになる。そして、つい先日、加害者たちには実刑の判決が下されたというニュースも耳に入ってきた。"映画の力"が社会を動かしたといっても過言ではない。

20120802_02.jpg

もちろん"映画の力"だけが、社会を動かしたわけではない。その暗く隠蔽された密室空間のおぞましい"真実"を暴いた原作小説の作家コン・ジヨンの言葉を引用する。
「真実が持つ唯一の欠点は、それが怠惰であるということだ。真実はどんな装いも説得も行おうと自ら努力しない。真実はいつも自身が真実であるために、怠惰であるのだ。」
だから、"真実"を描く小説は怠惰であることが許されないし、映画、そして社会もまた同様である。こんなヒドいことが行われている、許せない、と事件を知った人々が憤ることで"怠惰な真実"がより多くの人の目に触れることになる。そこに"映画の力"が機能した。

しかし、それが"映画"であって、多くの観客の時間を奪うものである以上、どんな主題であっても相当の工夫を凝らして観客を魅了する必要がある。『トガニ 幼き瞳の告発』は、それが出来ているところが素晴らしい。義務感で見るような映画では全くない。日常的に行なわれる虐待行為を目撃し続けるが、暫くの間は何も出来ないでいる主人公の美術教師イノが、ついに堪忍袋の緒が切れて、前後の見境もなく感情を爆発させるあのシーンの素晴らしさには、"映画"ならではの興奮が漲っている。そして、当然ハッピーエンドで終わるわけではない本作は、観るものひとりひとりに問いかける。この国でも行なわれている"いじめ"と称される非道な犯罪行為の数々に、観客である私たちが無関心でいる"怠惰"など許されていないことは言うまでもない。
(上原輝樹)



8月4日(土)より、シネマライズ、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー


監督:ファン・ドンヒョク
原作:コン・ジョン
出演:コン・ユ、チョン・ユミ、キム・ヒョンス、チョン・インソ、ペク・スンファン

© 2011 CJ E&M CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED

2011年/韓国/125分/カラー/シネスコ/ドルビーSRD
配給:CJ Entertainment Japan

Recent Entries

Category

Monthly Archives

印刷