2012年7月13日

『さらば復讐の狼たちよ』チアン・ウェン


『紅いコーリャン』(87)で女優デビュー作とは思えない妖艶な魅力で世界を驚かせたコン・リーと、熱い視線を交わしその足に触れ、やがて結ばれる野性味溢れる神話的な主人公を演じたチアン・ウェンが主演、監督を務めた『さらば復讐の狼たちよ』は、如何にも、今現在世界で最も活力に満ちた国で作られたとしか言いようのないネルルギーに満ちた痛快活劇である。

映画が始まるとまず、音の大きさに驚かされる。これほど、大きな音の映画は、アレクセイ・ゲルマンの『フルスタリョフ、車を!』(98)以来のことだろうか。その音の大きさに呆気にとられていると、"馬列車"を転覆させる、そのアイディアとアクションの完成度の高さに驚かされるまで、何分も掛からない。冒頭からやけに威勢が良いのだが、この勢いはほとんど弛緩することなく132分間を一気に駆け抜ける。

舞台は1920年代の中国、辛亥革命後の政治の頽廃期、地方都市を収める独裁者(チョウ・ユンファ)は、民衆から搾取した財力と暴力で街を支配していた。そこに、「俺は頭を下げずに金儲けする」と豪語する"アバタ"のチャン(チアン・ウェン)が率いる7人組のギャング一行が辿り着き、巨大な権力を持つ独裁者に真っ向勝負を挑むのだが、この両者の頭脳戦を含めた闘いが滅法面白い。そして、物語のコアに揺るぎない"義侠心"がある、というところが、この映画に古典映画的な風格を与えている。


本作の舞台になった中国の1920年代という時代について、監督のチアン・ウェンは、インタヴューでこのように語っている。
「20年代は中国で最も外国と中国のものが入り混じった時代で、みょうちきりんなものが一杯あった。20年代の中国は中洋折衷が多かったんだ。もちろん、洋には西洋も東洋も入る。中国は東洋、つまり、日本の大きな影響を受け、西洋の物の多くは日本を経て伝わってきた。その点を日本人は意識しているかどうか知らないが、中国は日本のものをたくさん取り入れてきたのさ。だから、日本のものが社会の中でも、ごく普通にあったんだ。日本は漢字を使うから、日本から単語を輸入したって西洋からの輸入ほど特別な感じもしない。映画に和太鼓が登場するけど、中国の観客の多くはあれが日本の太鼓だとは気づかなかった。若い人ほどそうだった。日本のものとは意識しないんだ。これは20年代もそうだったのじゃないかと思うよ。」

この言葉の後に、ロウ・イエが、『スプリング・フィーバー』公開の為に来日した時に私たちに語ってくれた言葉を続けたい。(チアン・ウェンも、ロウ・イエ同様、中国当局から5年間の映画製作禁止処分を受けている。)
「1930年代というのは、ユイ・ダーフに代表されるように、個人をとても尊重して重要視して作品を書いた、そういう素晴らしい作家達がたくさんいたわけです。中国は歴史的にみて個人に対して抑圧を加えるという方向でこれまできたわけですが、それに対して30年代の人達は、人間性をちゃんと個人の目から見据えて、捉えようとした。それが1930年代の素晴らしい個人を捉えた作品の始まりだったわけです。しかしながら、その後の中国の現代史の中では、そのせっかく芽生えた個人の発芽というものを、また薄れさせてしまった歴史的な背景があります。30年代の作家達は色々日本の影響も受けている。またフランスの影響も受けている。日本とフランスと中国と、そういうものが混じっているのが30年代だと思うんですね。非常に重要な時期なのです。」


片や大作娯楽映画、片や独立系のアートフィルムの映画人とみなされている、チアン・ウェンとロウ・イエの両者が揃って、1920〜30年代の自由の萌芽が芽生えた時代の中国をテーマにしていることはとても興味深い。しかも、娯楽映画として一級品である本作の最大のテーマが、"如何にして革命を起こすか"なわけだから、これはもう、実際に"革命"を起こしたことのある国からしか生まれ得ない映画であると言わざるを得ない。せめて、閉塞状況が続くこの国においても、「頭を下げずに金儲けする」"威勢の良さ"と"義侠心"だけは、何食わぬ顔をして見習いたいものだ。
(上原輝樹)



7月6日(土)より、全国ロードショー


監督:チアン・ウェン
ビジュアルデザイン:ウィリアム・チャン
撮影監督:チャオ・フェイ
音楽:久石譲
出演:チョウ・ユンファ、グォ・ヨウ、チアン・ウェン、カリーナ・ラウ、チェン・クン、フー・ジュン、チョウ・ユン、ジャン・ウー、ジャン・モー

© 2010 EMPEROR MOTION PICTURE (INTERNATIONAL) LTD. BEIJING BUYILEHU FILM AND CULTURE LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

2010年/中国/132分/カラー/シネマスコープ/ドルビーデジタル
配給:ファントム・フィルム

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