2012年5月15日
『さあ帰ろう、ペダルをこいで』ステファン・コマンダレフ
ブルガリア映画といえば、カメン・カレフの『ソフィアの夜明け』(09)がすぐに想起されるが、クレジットを見ると、本作は『ソフィアの夜明け』の1年前、2008年に製作されている。『ソフィアの夜明け』は、若者を覆う閉塞感と絶望を首都ソフィアの"郊外"という空間の中に閉じ込めることで純化し、行き場を失った"善良な魂"の崩壊と一瞬の光明を繊細に描いたが、本作は、政治状況から生まれた抑圧を背景に、バックギャモンの名手にして元活動家の祖父バイ・ダン、社会主義体制を嫌い亡命した父ヴァスコ、子サシコ/アレックスの3世代に渡る親子の姿を時間的、空間的(ブルガリア〜イタリア〜ドイツ)拡がりの中で描いている。原題「The World is Big and Salvation Lurks around the Corner/世界は広いー救いは何処にでもある」が意味する通りの、大らかさに満ちた映画である。
しかし、その"大らかさ"は、『ソフィアの夜明け』に充満していた"閉塞感"や、あるいは、つい先日の日仏学院60周年記念上映で観ることができたバルカン映画、ファニー・アルダンの初監督作品『灰と血』の基調を成していた"宿命論的ペシミズム"と呼びたくなるような悲劇性を、その背後に感じとることができるが故に、荒唐無稽なエンディングにすら大喝采を贈りたくなってしまう、重層的な厚みを備えている。クストリッツア映画と地続きであるかのようなミキ・マノイロヴィッチは、本作の真の主役バイ・ダイという魅力溢れる人物の人生そのものを鮮烈に生きているように見えるし、「僕の人生は、バルカン半島のとある場所で始まった。そこで、ヨーロッパは終わり、そこから始まることは決してない」と語った若い主人公サシコは、祖父バイ・ダンとのタンデム自転車の"旅"を通じて人生を生き直す機会を得るだろう。そんな中、しかめっ面で頑張り通すしかなかった父ヴァスコの生涯があまりに哀しく、報われないのだが、"映画"とは、しばしばそうした人生の残酷な真実をそのまま描き出す。しかめっ面を余儀なくされる状況に追い込まれてもなお、大らかであれ!そうすれば、「世界は広いー救いは何処にでもある」のあるのだから!と"太陽と対話をする国"(※)ブルガリアから届けられた本作は言っているようである。
(上原輝樹)
5月12日(土)よりシネマート新宿、5月19日(土)よりシネマート心斎橋にてロードショー!
監督:ステファン・コマンダレフ
原作:イリヤ・トロヤノフ 脚本:ステファン・コマンダレフ、イリヤ・トロヤノフ、デュシャン・ミリチ、ユーリ・ダッチェフ
出演:ミキ・マノイロヴィッチ、カルロ・リューベック、フリスト・ムタフチェフ、アナ・パパドプル、ドルカ・グリルシュ
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2008年/ブルガリア、ドイツ、ハンガリー、スロベニア、セルビア/105分/カラー/1:1.85/ドルビーSRD
配給:エスピーオー