『ヒマラヤ 運命の山』

上原輝樹
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"映画を撮ること"と"山を登ること"、どちらかひとつを成すだけでも、今の時代、酔狂としか思えないのだが、意外にも多くの登山映画が撮られていることに驚かされる。古くは、かの有名なレニ・リーフェンシュタールが主演を務めた『聖山』(26)『モンブランの嵐』(30)といった一連のサイレント映画、メジャーどころでは、イーストウッドの『アイガー・サンクション』(75)、スタローン主演の『クリフハンガー』(93)、日本ではやはり『植村直己物語』(86)だろうか。登山映画ではないが『八甲田山』(77)もある。ここ最近では『剣岳 点の記』、『アイガー北壁』といったところも記憶に新しい。その他には、本作のラインホルト・メスナーが原案を手掛け、ヴェルナー・ヘルツォークが監督したという『ザ・クライマー/彼方へ』という作品もあるようで、ドナルド・サザーランドとマチルダ・メイが出演しているのだという。

さて、世界最高の登山家として、恐らくは世界中の登山家から崇められるラインホルト・メスナーの自伝的原作の映画化である本作は、案の上、全く以て質実剛健なドイツ映画なのだが、自身登山家では全くない私の目には、50〜70年代初頭の登山家たちのアウトドア・ウエアやチロルの山間の町並みが、まずは見目美しく写る。"本物"に拘った製作チームは、パキスタンのナンガ・パルバート、イスラマバード、ミュンヘンといった現地でロケを行い、標高4,500メートルの地に撮影のためのベースキャンプを設置、風速数十メートルの暴風雨に氷点下30度という極限状況での撮影も強いられたのだという。そうした過酷さは、スクリーンから激しく伝わってくるものの、それだけではネイチャー・ドキュメントに過ぎないのだが、本作の"映画"としての魅力は、死線をくぐり抜けサバイバルしてきたラインホルト・メスナーをモデルとした主人公の人生とその弟の物語にある。

教会のミサの最中、ゴシック建築の壁を見ても"登る"ことしか考えない主人公の少年時代の愚鈍なまでに純粋な欲望に苦笑しながら激しく内心で頷きつつ、そんな兄の純粋さとそれ故の強さ、それに対して兄の追随者でしかない弟の弱さとコンプレックスの痛々しさに共感し、登頂後に主人公が一部の裏切りを決して許そうとしない苛烈さに、王を殺したことのない日本民族との感性の違いを強く意識させられた。イタリア、ドイツが福島の事故以降、見事に反原発に転じたが、日本人は中々素早くそのように振る舞えない、そんな個体差の違いもこの映画は改めて考えさせてくれる。



0809_2.jpg『ヒマラヤ 運命の山』
原題:NANGA PARBAT
http://www.himalaya-unmei.com/

ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほかにて上映中
 
監督・プロデューサー・撮影監督:ヨゼフ・フィルスマイアー
原作・アドバイザー:ラインホルト・メスナー
音楽:グスターボ・サンタオラヤ
出演:フロリアン・シュテッター、アンドレアス・トビアス、カール・マルコヴィクス、シュテファン・シュロダー、レナ・シュトルツェ
2009年/ドイツ映画/カラー/35㎜/シネマスコープ/104分
配給:フェイス・トゥ・フェイス
© Nanga Parbat Filmproduktion GmbH & Co. KG 2009

『一枚のハガキ』新藤兼人

上原輝樹
0808_01.jpg日本人現役最高齢監督(99歳)新藤兼人が自ら最後の作品と宣言して撮り上げた『一枚のハガキ』は、"クジ引き"の運に左右され生き残ったのだという自らの戦争体験に基づき、戦争の理不尽に対する納得不可能な怒りを爆発させながら"生"への執着を描きながらも、例によって、時折訪れる完璧さからほど遠い、呆気にとられる新藤兼人的瞬間を偏在させ、豊川悦司、大竹しのぶ、大杉蓮、六平直政といった俳優陣の佇まいには、曰く名状し難いユーモアすら漂う。

日本の自主独立系映画の先鞭をつけることになった1960年の無言映画『裸の島』を本作の終盤でセルフリメイクし、自らのフィルモグラフィを円環で閉じるという完璧な最期への欲望を露にした巨匠の"意思の力"が漲る作品である。それにしても、乙羽信子と殿山泰司の夫婦を支配していた不穏さは、大竹しのぶと豊川悦司の夫婦には存在せず、よもや、豊川が大竹を殴るような事態は未来永劫訪れまいと思わせる優しさが本作の終盤を支配しているのは、50年前を今やり直せば、自分はこれほど優しくなれるのに、という取り返しのつかない過去への、巨匠の郷愁の現れだろうか。



0808_02.jpg『一枚のハガキ』
http://www.ichimai-no-hagaki.jp/

テアトル新宿、広島・八丁座にて大ヒット上映中、8月13日より全国ロードショー!
 
監督・脚本・原作:新藤兼人
製作:新藤次郎、渡辺利三、宮永大輔
プロデューサー:新藤次郎
制作プロダクション:近代映画協会
撮影:林雅彦
編集:渡辺行夫
証明:山下博、永田英則
美術:金勝浩一
録音:尾崎聡
音楽:林光
ラインプロデューサー:岩谷浩
助成:文化芸術振興費補助金
出演:豊川悦司、大竹しのぶ、六平直政、柄本明、倍賞美津子、大杉蓮、津川雅彦、川上麻衣子、絵沢萠子、大地泰仁、渡辺大、麿赤兒
2011年/日本/114分/カラー
配給:東京テアトル
© 2011「一枚のハガキ」近代映画協会/渡辺商事/プランダス

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