『オロドス警察日記』ニン・イン

上原輝樹
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ベルナルド・ベルトルッチ監督の『ラスト・エンペラー』(87)のサード助監督として映画のキャリアを始めたニン・イン監督の新作は、果たして今、中国"公安のヒーロー"を描くことに映画的正義があるのか?という疑問に見事に応えてくれる傑作である。映画冒頭の飛行場におけるスケール感豊かなショット、"記憶させたい"瞬間を捉えるハイスピード・キャメラの使用、アクションシーンにおいて活劇的緊張感を構築する短いショットの連なり、ハリウッドのジャンル映画で使われる類いの、工夫を凝らした様々なショットを緩急自在のリズムで織り込んでゆく見事な手捌きには巨匠の佇まいすら漂う。ポン・ジュノが漢江の大きさを捉えるように、マイケル・チミノがアメリカ大陸の大きさを捉えるように、ニン・インは、中国大陸の巨大さを捉えている。綿密なリサーチに基づいて描いた、実在した警察署長ハオ・ワンチョンというヒーロー的人物の知られざる実像は、仕事に忙殺されて家庭を蔑ろにした"不在の夫"であったり、子どもとの時間も作れなかった"不在の父"であったりするだろう。ニン・インは、そんな脱ヒーロー像を示しながらも、女性監督ならではの複合的な視点から、ひとりの"愛すべき男"の肖像を描いている点が素晴らしい。そして、その視点は切り返して、急成長の影で中国社会が直面している様々な困難を確実に捉えている。

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『オロドス警察日記』(To Live and Die in Ordos / Jingcha Riji / 警察日记)ニン・イン
@六本木ヒルズ:スクリーン4(P&I上映)
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『ラブ・イズ・パーフェクト・クライム』アルノー・ラリユー、ジャン=マリー・ラリユー

上原輝樹
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やはり、フランスの名匠ラリユー兄弟クラスの画と音を巨大スクリーンで見るという体験は何ものにも代え難い。試写室の小さなスクリーンで見ているものを同じ"映画"と呼べるのか疑わしい気分になるほど、破格に素晴らしい体験だった。急遽来日が決まって舞台挨拶に訪れた、ラリユー兄弟の盟友マチュー・アマルリックは、ラリユー版ノワールである本作を、黒沢清監督の名前を挙げて参照。カラヴァッジォが手掛ける音楽は、今年公開された映画では『熱波』(12)以来のオリジナリティを感じさせ、『ポルトガル、ここに誕生す〜ギマランイス歴史地区』(12)、ペドロ・コスタ篇の『 スイート・エクソシスト』におけるメシアン使いを想起させる場面もある。ヴェンダースも3Dで撮影したという、SANAA設計のローザンヌ・ロレックス・ラーニングセンターを大胆にロケーションとして使う贅沢なセンスは、ピレネー山脈の麓で育ったというラリユー兄弟が捉える雪山の雄大な景観と見事に溶け合い、極上の映画空間を創出している。『運命のつくりかた』(02)で、破格のスケール感でひとりの男の人生の感動的な転生を描いたラリユー兄弟は、その雄大なスケール感はそのままに、ヒッチコックやシャブロルといったジャンル映画の名匠たちの作品に並ぶ、破格のジャンル映画を作り上げた。脚本・監督を手掛けた『パリ警視庁:未成年保護部隊』 (11/原題:Polisse)が、カンヌで審査員特別賞を受賞した女優マイウェンが演じる、アンナの抜群の存在感も素晴らしい。

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TIFF2013【コンペティション】
『ラブ・イズ・パーフェクト・クライム』(Love is the Perfect Crime / L'AMOUR EST UN CRIME PARFAIT)アルノー・ラリユー、ジャン=マリー・ラリユー
@六本木ヒルズ:スクリーン7
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『エンプティ・アワーズ』アーロン・フェルナンデス

上原輝樹
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メキシコの海岸沿いのモーテルを舞台に、叔父にその運営を短期間任された18歳の主人公と年上女性ミランダとの出会い、そこにゆったりと流れる豊かな時間を、アーロン・フェルナンデス監督曰く"印象派的な点描画"を塗り重ねるようにして描いて行く。スクリーンが呼吸しているような心地よさはウォルター・サレスの映画を想起させる。監督が"メキシコの自然の美"と形容した、年上女性ミランダを演じるアドゥリアナ・パス(メキシコではテレビなどで活躍する有名女優)と主人公を演じるクリスティアン・フェルレルの若い二人が実に瑞々しく、個人的にはとても好きな作品だった。"南"の切なさが、青春映画の切なさと重なりながら、それ故の豊かな"エンプティ・アワーズ"=無為の時間を紡ぐ愛すべき秀作。

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TIFF2013【コンペティション】
『エンプティ・アワーズ』(The Empty Hours / Las horas muertas)アーロン・フェルナンデス
@六本木ヒルズ:スクリーン4(P&I上映)
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『歌う女たち』レハ・エルデム

上原輝樹
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監督特集上映(10)を行うなど、TIFFが押してきたトルコのレハ・エルデム監督の新作は、やっちまった感満載の謎の仕上がりであった。2009年の『コスモス』で黒々と漂わせていた終末感は、本作においては、地震予知で住民の退去勧告が発令された島という、具体的な舞台設定により可視化されている。その島では、伝染病が流行り、馬が死んでいき、人間も弱ってゆく。島の名士たちも全てが崩壊してゆく時間の流れの中でなす術もないが、そこで唯一生命を輝かせるのが"歌う女たち"だ。緑の豊かな森や動物描写など、エルデム監督ならではのイマジナリーな世界がそこには展開されているが、今作の場合、何か結びつくべきものが決定的に結びついていない、点描が全体として構成されることなく、バラバラのまま拡散して終わってしまったような印象を受ける。【ワールド・フォーカス】で上映された『Jin』を、タイミングが合わずに見ることが出来なかったのが無念。

TIFF2013【コンペティション】
『歌う女たち』(Singing Women / Sarki Söyleyen Kadinlar)レハ・エルデム
@六本木ヒルズ:アートスクリーン(P&I上映)
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『今日から明日へ』ヤン・フイロン

上原輝樹
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中国政府が進める農村改革の現実(農村から都市部への急激な人口流入、整わないインフラetc)を、大学を出てもまともな職にありつけない"蟻族"男女3人の姿を通して描く。概ね1980年代生まれの彼らは、生活費を節約する為に集合住宅に寄り集まって生活していることから、その様にネーミングされた、本作の監督ヤン・フィロンも"蟻族"だった時期があるとのこと。北京郊外の混沌を捉える画面に、中国本国でよく上映許可が降りたなと感心したり、主人公の若い三人が妙に現代的な瑞々しさに収まっているところにリアリティを感じる一方、映画自体の面白み、新鮮味は薄いように感じる。

TIFF2013【アジアの未来】 

『今日から明日へ』(Today and Tomorrow / 今天明天)ヤン・フイロン

@渋谷KINOHAUS(内覧試写)
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『レッド・ファミリー』イ・ジュヒョン

上原輝樹
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韓国に潜入した北朝鮮のスパイ一家<レッド・ファミリー>が、"堕落し切った資本主義の犬"である韓国人一家と交わる内に人間的な感情に目覚めて行くが、ギドク脚本だからそれだけでは終わらない。スリルとユーモアに満ちた傑作家族映画に仕上がっている。<レッド・ファミリー>の疑似家族も韓国人一家の面々も、ひとりひとりの人物造形が際立っており、中でも"父親"役のソン・ビョンホが素晴らしい。映画を見終わった後、終盤の船上における、疑似家族による"本当の家族"再演シーンが脳裏に甦り、じわじわと込み上げてくる感情の昂りを抑えることが難しかった。本作はキム・ギドク・フィルム製作作品だが、同じくギドク脚本・製作の『プンサンケ』(11)よりもデジタル撮影による画のクオリティが低いのは残念だが、それは単純に予算の問題なのだろう。

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TIFF2013【コンペティション】 

『レッド・ファミリー』(Red Family / 붉은 가족)イ・ジュヒョン

@渋谷KINOHAUS(内覧試写)
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『ルールを曲げろ』ベーナム・ベーザディ

上原輝樹
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海外公演のチャンスを掴んだアマチュア劇団が直面する現代イランの社会的障壁(本作における最大の障壁は親だったりする)を描く会話劇。長回しの演技を捉えるキャメラの緊張感、さらりと演奏されるギター音楽や劇団音響担当のサンプリングの趣味が良かったりもするが、『アルゴ』のようにとは言わないものの、突破してほしいところを突破出来ない、そうした閉塞状況にある"現実"に映画自体も負けて行く。現実のリアリティは確かにそうかもしれないが、"映画"もそのようなものでなければならないだろうか?全体的にこじんまりしていて、このままではアスガー・ファルハディのミニュチュア版という印象が拭えない。

TIFF2013【コンペティション】
『ルールを曲げろ』(Bending the Rules / GHAEDEYE TASADOF)ベーナム・ベーザディ
@渋谷KINOHAUS(内覧試写)
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