『スカイラブ』ジュリー・デルピー@「フランス女性監督特集」
舞台は1979年のブルターニュ地方、緑豊かな田園地帯の一軒家に、一年に一度祖母の誕生日を祝って大家族が一同に集う。この年は、アメリカが打ち上げた人工衛星<スカイラブ>が地上に落ちてくるといわれ世間を騒がしていた、その前日がちょうど祖母の誕生日だった。
幼い子供と夫とともに旅行に出掛ける列車の中で、家族水入らずで座ろうと座席獲得に奮闘する二児の母アルベルティンヌだが、他の乗客の協力を得られず、やむなくバラバラに座ることになる。納得行かないながらも、席に落ち着き、ふと、車窓から外の田園風景を見やる彼女は、1979年のあの日の回想に浸っていく。
回想の中の11歳の少女アルベルティンヌは、ボヘミアン的自由な生活スタイルを貫く両親に、カンヌ映画祭に連れて行かれ、『地獄の黙示録』(79)と『ブリキの太鼓』(79)を観たという、少し早熟な女の子だ。常識的な家族の面々からは、そんな映画を少女に見せてしまってトラウマにならないのか?と問われるが、『地獄の黙示録』は全くたいしたことはなかったけど、『ブリキの太鼓』の三歳で成長が止まってしまう少年の話には少しショックを受けていたようだね、と軽く受け流す父親をエリック・エルモスニーノが演じている(『ゲンスブールと女たち』(10)でゲンスブールを演じてた役者だが、観ている最中は全く気がつかなかった!)。
少女アルベルティンヌを演じるのは、外見的には『リトル・ミス・サンシャイン』(06)の時のアビゲイル・ブレスリンを思わせる風貌のルー・アルバレス、彼女の母親をジュリー・デルピーが演じている。このデルピーが、ぶっちゃけコメントを連発する痛快なコメディエンヌぶりを発揮していて、実に頼もしい。一家の長女役で出演し、歌と踊りも披露する芸達者ぶりが印象に残るノエミ・ルヴュスキーは、今回の「フランス女性監督特集」でも『フィーリング』(02)が上映され、その実力が高く評価されている映画作家である。トリュフォーやシャブロル作品で有名なベルナデット・ラフォンやレネの『二十四時間の情事』で知られるエマニュアル・リヴァも出演、役者たちの生きたパフォーマンスで魅せる充実のコメディに仕上がっている。ギルバート・オサリバンのあの曲がかかるダンスシーンは、観るものが誰であろうと、ティーンエイジ少女の気分にさせてしまう、ジュリー・デルピーのマジカルな演出は特筆すべきものがある。
ドミニク・パイーニが、古典的な映画作家であればワンシーンで済ませてしまったに違いない、と評する1日半の"家族の時間"だけでほぼ全編を構成している本作は、古典映画が物語のドラマツルギーを淀みなく経済的に語ることで、却って見落として来たような事象を、何気ない時間の流れの中で生起させ、魅力的なパフォーマンスを介して見るものを惹き付ける。それはやはり、アルトマンの群像劇的に、互いの発言が互いを打ち消す、複雑で豊かに錯綜する会話であり、そこから生じる笑いや皮肉、更には、デプレシャンの家族劇的な不和や困難、あるいは『おとなのけんか』でも展開された、政治信条の違いから生じる諍いや罵り合いであるだろう。加えて、子供たちの生き生きとした悪ふざけや、放牧されている羊たちのユーモラスな佇まいといった豊かなディテイルが光り輝き、豊かな回想の時間の一回性を際立たせている。
この"家族の時間"の大胆な描写は、再びパイーニ氏の言葉を借りれば「1995年から2011年のカンヌ映画祭で輩出されたフランス映画の新しい才能である"女性作家達"に特徴的な、決して古典映画的とはいえない大胆な語り口」の一例であって、アルトマン、デプレシャン以降の現代的な映画において、フランス映画に限らないひとつの潮流をなしているように思える。そこでは、去年の東京国際映画祭TIFFで上映されたサム・レヴィンソン監督の『アナザー・ハッピー・デイ』(11)やジョナサン・デミ監督の『レイチェルの結婚』(08)といったアメリカ映画がただちに連想される。サム・レヴィンソンは、バリー・レヴィンソン監督の息子であり、『レイチェルの結婚』の脚本を手掛けたのは、シドニー・ルメット監督の娘ジェニー・ルメットである。彼らに共通するのは(質量ともにデルピーの圧勝ながら)いずれも演技経験があるということだ。
このことは、パイーニ氏が、新しいフランス女性映画監督の特徴として挙げている"演技経験があること"とも符号している。この"演技経験"が、自らが書き上げた脚本と現場の俳優陣との距離を縮め、役者たちの生きた演技を捉えることに成功していることは想像に難くない。そこには、演技をしない権威としての"脚本家"は存在せず、俳優陣と脚本家/演出家はともに在る。そして、この点において、ジュリー・デルピーは、NYの偉大な先達、ジョン・カサヴェテスが苦しみながら体現した"アクター/ディレクター"の険しい道を、しなやかな足取りで歩み続けているように見える。
『スカイラブ』
原題:Le Skylab
監督・脚本・出演:ジュリー・デルピー
出演:ルー・アルバレス、エリック・エルモスニーノ、オール・アティカ、ノエミ・ルヴォフスキー、ベルナデット・ラフォン、エマニュエル・リヴァ、ヴァンサン・ラコスト
2010年/フランス/113分/35ミリ/カラー/英語字幕付
フィルム提供:フィルム・ディストリビューション
© DR
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