『1+1=11』矢崎仁司
これといった事件も起きず、若者たちのとりとめのない日常が、短めのカットでランダムに、パラレルに、パズルのピースを埋めていくように繋がれていく、そんな印象を持ちながら観ていた映画が、実体を伴って画面の中から人物像が立体的に浮かび上がって来たのは、ミュージシャンと看護婦の女性との会話のシーンからだろうか。特に魅力的にも見えない、チャラけた風情の若い男が、一見、不釣り合いな美しい女性を軽くあしらう、この理不尽な関係が観る者(といっても私だけかもしれないが)を苛つかせる。
そんなことで感情を逆撫でされながら観ていると、すぐにこの男のバンド(高速スパム)のサウンドが中々素晴らしいことがわかってしまい、数分前に感じた理不尽な感覚は消え去えり、一転して好印象へと反転し、映画に一気に引き込まれてしまった。
屋上の端に腰掛け死を畏れない二人の少女、空ばかり撮る女、空を飛び地面に落ちた二十歳の女、バンジージャンプで空を飛ぶ快感を語る女、"空"を巡る女たちの群像劇でもある本作の際立った特徴は、やはり矢崎仁司監督の演出と女優たちの新鮮な存在感にあると思うが、かなり野心的な脚本にも注目しておきたい。
この映画は、主に、若い女性たちの何気ない日常を短めのカットで繋いでいくが、そうした細切れのディテイルは、やがて来る大きな出来事への予兆となる。しかし、その不穏な気配を敢えて隠すことで、映画が進むに従って次第に露になる"現実の裂け目"を事後的にサスペンスとして描き出しているところが面白い。だから、観客の理解は常に映画の進行より遅れることになる。これは、ヒッチコックが観客に、登場人物の一歩先を歩ませようとしたことと、正反対のサスペンスメソッドと言うべきで、ここで想起されるのは、1+1が2にならない、モンテ・ヘルマンの『果てなき路』などのパスル的映画やラウル・ルイスの迷宮的映画の系譜である。
ただ、そうした興味をそそる構成とは裏腹に、台詞にはクリシェな点が目につく。屋上で少女が語る、90歳で大往生したおじいちゃんが生き返ったエピソードには笑わせられたが、風俗嬢の語る三島由紀夫の一番最初の記憶ネタ(産湯に浸かっている時、キラキラと水面が光っていた)やミュージシャンの男が言う「世界を変えるためにやってるんじゃない、世界に変えられないためにやってるんだ」という台詞には明らかに聞き覚えがある。
とはいえ、終盤に行くに連れて、高まる緊張感と突然訪れるゾッとするような瞬間の演出が見事で、昨今巷にあふれる、分りやすさばかりを目指した邦画よりも段違いに面白い。そして、迷宮的物語の中で女性たちが向き合う"空"は、"変わる"ことを象徴している。とりわけ、"変える"ことを不得手としているこの国の風土において、女性たちの方が男性たちよりも、"変わる"ことを敏感に察知している、そんな彼女たちのリアリティを見事に掬い取っているところが素晴らしい。
6月23日(土)よりロードショー
監督:矢崎仁司
プロデューサー:三谷一夫
脚本:矢崎仁司、武田知愛
撮影:石井勲
照明:大坂章夫
録音:成ヶ澤玲
メイク:渡辺順子
編集:目見田健
音楽:神尾光洋(高速スパム)
制作:中島祥元、岩田良章
宣伝美術:千葉健太郎
出演:粟島瑞丸、家優美子、石田真、 伊藤佳範、伊藤れいこ、入口夕布、栄島智、海老瀬はな、岡田幸樹、兼松若人、川村麻実、菊川史織、喜多陽子、気谷ゆみか、近藤奈保妃、滝田佑季、ダレアレ悟、戸塚純貴、富川一人、松林麗、水澤紳吾、宮島朋宏、吉谷多美、ボブ鈴木、松岡ジョセフ、齋藤純子、東京るまん℃、海音、高速スパム、田口トモロヲ
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