『グッドバイ』フィルメックス2011 コンペティション
2010年3月にジャファル・パナヒ監督と共にイラン当局に逮捕された本作の監督モハマド・ラスロフは、釈放されてすぐに本作の撮影に取りかかったのだという。
イランのアフマディネジャド政権下、密室劇のような緊張感で、テヘラン市民が現在進行形で経験している日常を覆う恐怖を描いた本作は、ロージーやポランスキーが得意とする社会から孤立していく個人を描くカフカ的不条理劇の一歩手前で立ち止まり、とりわけ"女性"の置かれている立場の不条理を現実そのものとして炙り出すことに集中している。グレー、ブルー、ホワイトの寒色系で統一された色彩設計の中で、微かな自由への希望を象徴する赤のマニキュアの色も、彼女が追い詰められて行くに従って、その色彩を失って行く。受難が続く日常の中で、彼女は腹に宿った子を産むことの不安に苛まれる。
釈放されたばかりの監督が、自らの体験も踏まえて描いたに違いない本作は、マルコ・ベロッキオ監督が、30年前の"鉛の時代"に「赤い旅団」が起こした誘拐殺人事件を描いた傑作『夜よ、こんにちは』で効かせたのと同種の"抑制"を効かせ、祖国を捨てなければ生きていけない人間の絶望と受難をミニマリズム的シンプルさで描く。"従順さ"を強いる共同体に潜在する見えざる意思の恐怖が雄弁に伝わってくる佳作。
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