『失われた大地』 TIFF2011 natural TIFF

上原輝樹
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1986年4月26日、チェルノブイリで原発事故が起きる。折しも、地元の村では、若い男女の結婚式が行われていた。男は、山火事が起きたという知らせ(実際は原発事故の収束に駆り出されたわけだが)を受け、式を抜け出し、そのまま一生帰らぬ身となり、女は愛する男を失う。そして、何も知らされぬ内に、黒い雨を浴びる。そうした物語仕立てで、チェルノブイリ事故の当日と、10年後の人々、失われゆく大地の様子を抑制したトーンで描いている。映画冒頭では、事故が起きる前の緑豊かな自然に恵まれた地で暮らす人々の生活が活写される。中でも原発で働く物知りの父親とその息子の仲睦まじい親子の時間が永遠に失われていくエピソードが痛ましい。パリでジャン・ルーシュに師事したというイスラエル出身のミハル・ボガニム監督は、この人類が経験した悲劇を、人々が経験した喪失に寄り添って、あくまでフィクションとして表現することで、人々の心にこの問題の本質を問い掛けているように思える。しかし、問題は、放射能が与える脅威について私たち人類は、まだわからないことだらけだという事実が、この本質的な問い掛けに対し、明瞭に答えることの難しさを浮かび上がらせる。実に、放射能とは煩わしい、その意味でも、柄谷行人が語った、放射能とは、イコール国家である、という言葉は示唆に富んでいる。

2011年10月23日
★★★

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