OUTSIDE IN TOKYO
HIGUCHI YASUHITO & SUGITA KYOSHI INTERVIEW
【PART1】

杉田協士&boid樋口泰人『ひとつの歌』インタヴュー【PART2】

2. 『ひとつの歌』『5 windows』『Rocks Off』に共通するのは、見ること聞くことが
 映画を作ることに転化していく、その触媒として監督がいる映画であるということ(樋口)

1  |  2  |  3  |  4  |  5


OIT:boid new cinemaのvol.1っていうことで最初の作品としてこれをやろうと思われたのはなぜでしょう?
樋口:あのね、特にboid自体は配給会社としてやってるわけでもないし、宣伝会社としてやってるわけでもなくて、なんかもう色んな偶然が重なるとなんか起こるみたいな、そういうところで動いてるんですよ。boid new cinemaっていうのも後付けなんですよね。『ひとつの歌』はシネマロサで製作してたんでロサが公開するんだろうと思って、その時は力になれたらいいなぐらいな感じでいたんだけど、なかなか公開にも至らず、で、話を聞くと色々大変そうなんで、去年の暮れに安井君の出版記念パーティーに行った時に、もし上手くいかないようだったらboidでやろうかみたいな話をして、そこからですね。
それとboid new cinemaの方で言うと、『5 windows』っていう瀬田さんの作品が、上映時間のことも含めて普通の形じゃなかなか公開出来ないんで、そういうのだったらboidでやるのちょうどいいんじゃないかなとか思ったんですよ。たまたま両方ともさっきの時間の話に関わってくるんですけど、何かを映そうとする時にそこにいるものや、そこにあるものだけじゃなく、それと同時にもしかしたらそこにいたかもしれない、かつて本当にいたものとか、これからそこにいるかもしれないものみたいなものが見えてくるような、そういう時間が交わるような映画だったんです。映画ってさっき言ったように一つの物語の大きな時間軸の中で進んでくっていうのが一般的なパターンですけど、これらは、そうではない色んな時間の層があって、一つの現在っていう時間は一つの層で成り立ってるんじゃなくて、複数の層を貫くような視線っていうか、今あるものを見つめることで未来の層とか過去の層を見ようとしているような、そういうような映画でもあったんです。分かりにくいけどそれは新しいやり方なんではないかと思って、それでまあちょっとシリーズ名とかつけると面白いかなっていう。
安井(豊作)君の『Rocks Off』という映画もそれらとどこか似ていてね。法政の学館の取り壊しのドキュメンタリーなんだけど、その中で、落書きというかアジ文字が全面に書かれた学館の廊下の壁を横移動して映して行くシーンがあったんだけど、そこに書かれた文字が浮かび上がって見えてきた。3Dのように見えたんですよ。どうやらその壁は、いろんな落書きがされるたびに塗消されて、そして更にその上に落書きされて、というふうに、落書きの層が出来ているらしい。で、私にはそのシーンが、そういった塗消された落書きが浮かび上がってくるシーンとして映った、ということなんですよ、きっと。そんな時間と空間の捉え方が、『ひとつの歌』や『5 windows』とどこか共通している。それで、この3本をまず、シリーズの第1弾として考えたわけです。
OIT:あー、それは楽しみですね。
樋口:いずれにしても、その映画を語っているのは監督というより、そこに映されている時間や空間の「層」だったりする、そんな映画を集めてみたいなと思っています。監督は見る人だったり聴く人だったりするような映画と言えばいいのかもしれない。見るとか聞くことっていうのが逆に映画を作ることに転化していく、転化していくところの触媒みたいな感じで監督がいるスタンスの映画であるということだと思います。
【PART1】  1  |  2  |  3  |  4  |  5  |  6    【PART2】  1  |  2  |  3  |  4  |  5