OUTSIDE IN TOKYO
SASOU TSUTOMU INTERVIEW

冒頭の随筆「ある夜のこと」からして、惹き込まれてしまう。日活のスタジオ広報誌「日活画報」1924年2月号に掲載された、溝口健二のエッセイである。やはり、将来巨匠となる映画作家が書いた文章は断然面白い。映画作品では隠すことに労を惜しまなかったに違いない本人の肉声が響き渡り、佐相勉氏による詳細な注釈が読む者の知識不足を補い、未だ観ぬ作品、その多くは永遠に観れないであろう、幻の作品への渇望をも大いに刺激してくれる。溝口健二という世界に冠たる巨匠の実像が臨場感を持って伝わってくる、素晴らしい書物である。

そして、「溝口健二著作集」は、まず装丁の美しさに目を瞠る書籍だ。本書の発行人、西田宣善氏によると、去る5月18日から6月7日にかけてシネマヴェーラ渋谷で開催された溝口健二監督の特集上映「溝口健二ふたたび」には間に合ったものの(そもそもその特集上映は、この書籍刊行の話があって企画されたものだった)、計画していなかった「索引」をつけることになったり、装丁を手掛けたデザイナー森大志郎氏から、この本は歴史的に重要な書物なのだから装丁にもっと時間をかけたいとの申し出があったりしたこともあって、完成が延びたという。その成果は、実物を手にとってみれば一目瞭然だ。

西田宣善氏から、「溝口健二著作集」の編者、佐相勉氏のインタヴューをやらないか、との相談を受けた時は、正直に言って躊躇した。映画作家のインタヴューなら僅かながらの経験があったが、映画研究者のインタヴューは全く経験がなかったから何をどのように訊けば良いかわからなかったし、その時点では書籍はまだ出来上がっていなかったので内容もわからなかった。そうして暫く躊躇していたのだが、西田氏から、これを読めば「溝口健二著作集」の概要がわかる、ということで渡されていた、佐相氏による「二つの流れを唯一つのものにコンデンスする」というエピローグを読んで、視界は一気に開けた。

西田氏も同席して、2013年5月16日、奇しくも溝口健二監督115回目の誕生日に行われた佐相勉さんへのインタヴューは、当初予定していた1時間を大幅に上回り約2時間に及んだ。私の質問が横道に逸れて冗長になってしまった部分などは一部割愛させて頂いたが、ここに、日本における溝口健二研究の第一人者、佐相勉氏のインタヴューを掲載出来る事を嬉しく思う。本インタヴューに触れて、「溝口健二著作集」を読んでみたい、溝口健二の映画を(もっと)観たい、という渇望に駆られる人が少しでも増えてくれれば幸いです。

1.「二つの流れを唯一つのものにコンデンスする」ことに成功した
 『紙人形春の囁き』

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OUTSIDE IN TOYO(以降OIT):「二つの流れを唯一つのものにコンデンスする」というエピローグを拝読しました。佐相さんがこれを書かれたのはどういうタイミングで書かれたのですか?
西田宣善:去年の秋ぐらいに、本をまとめる上で必要なので年内に頂きたいというお願いをしました。やっぱりどう読者が読んだらいいのか分からないと思うので。それと溝口に関してはここに書いてありますように、別の人が代理で書いたっていう話が多いので、その辺りも含めてちょっと押さえておく必要があった。
OIT:冒頭でちょっと釘を刺されていますよね。
佐相勉:それは書かないとしょうがない。どうせ言われると思うので、かなり有名な人が言ってますから。他人が書いてるっていうのは確かにそうだと思うんですけど、だからといって溝口さんの考えが入ってないっていうことはないのではと。例えば、溝口さんから話を聞いて他人がまとめてるっていう文章、誰々筆とか、誰々記とか、そういうのが多いんですけど、確かに他人の観点は入ってますけど、溝口さんの言ったことは基本的なことは書いてあるように思える。それらと溝口健二署名の他人の書いたと思われる文章と付き合わせてみると、結構同じことが書いてあるんです。丁寧に読んでいれば分かると思いますが、そうしたことについて、冒頭で具体的に触れています。
OIT:その一つが例えば“コンデンス”という言葉ですか?
佐相勉:ああ、そうですね。“コンデンス”という言葉は、辻久一さんという方が書いてるんですけど(「溝口健二の芸術」1956年)、溝口は“コンデンス”という言葉を1926年に書いた文章(「思うことなど –江戸情調の映画化その他-」)で使っていて、辻さんがそれを読んだはずはないんですね。辻さんと溝口の関係っていうのは1940年ぐらいから始まる。戦争中、中国にいた辻さんと、溝口が中国に行って関わってくるんですけど。まあでもあの文章は「日活」っていう非常に特殊な雑誌に書いてる、当時の宣伝紙です。だから辻さんがまず読んでることはありえない、だとすれば、ああいう言葉遣いは溝口が日頃言っていて、辻さんとかに喋って、それであそこに出てきたんだろうという風に思ったんです。あれを読んだときは、ちょっと思わずにやっとしてしまったんです。
OIT:佐相さんが書かれた「二つの流れを唯一つのものにコンデンスする」は、具体的には、その1926年のところから始まっていて、そこで溝口作品として一番最初にあげられてるのが『紙人形春の囁き』(26)という映画です。
佐相勉:これはフィルムがないんです。シナリオと写真はいっぱい残ってるんで内容的には分かるんですけど、やっぱりシナリオと映画は違いますからね(笑)。その前は、あんまり映画が残ってない。残っているのは、文部省推薦の『ふるさとの歌』(25)だけ。文部省に委託された映画なんで、あんまりいい作品ではないですけど。まあそれでも観ると面白い。その前がちょっとスランプっていう風に言われてたんですよね。そして、『紙人形春の囁き』で溝口が復活したって言われてる、当時傑作っていう風に評価された作品なんです。「日活」掲載の「思うことなど –江戸情調の映画化その他-」は、その作品を作った後に書いた文章ということです。
OIT:『紙人形春の囁き』で、江戸情緒、江戸趣味の映画化について、自ら納得のいくアレンジが出来たと言っていると。
佐相勉:言ってるんですよね、だから、かなり自信があるっていうかね、そういう作品だったんだと思うんです。



「溝口健二著作集」
著者:溝口健二
編者:佐相勉
発行人:西田宣善
発行元:オムロ
発売:キネマ旬報社
http://www.kinejun.com/book/
detail/tabid/89/pdid/978-4-
87376-422-1/Default.aspx


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http://www.amazon.co.jp/溝口健二
著作集-溝口-健二/dp/
487376422X/ref=sr_1_1?
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1&keywords=溝口健二著作集
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