OUTSIDE IN TOKYO
KALTRINA KRASNIQI INTERVIEW

越川道夫『水いらずの星』インタヴュー

6. 意志的なものは美しく結実しない

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OIT:この映画の“海”について、タルコフスキーの『惑星ソラリス』(1972)に喩える評が出ていましたが、監督ご自身にそのような意識はありましたか?
越川道夫:これはちょっとおかしいんですけど、僕は映画ファンじゃないんだと思うんです。だから、自分の映画を撮る時に、過去の映画を参照して撮るってことはほとんどないんです。だから、本当に参照してないんです。『惑星ソラリス』はもちろん好きだし、ずっと何度も見返している映画の1本ではあるんですけど、『惑星ソラリス』にしようと思って撮ってはいないんです。逆に僕は現場では加藤泰のことを考えてました。

OIT:おお〜。
越川道夫:それはどこかというと、男と女の場面を映画にする時に、女が先に部屋の中に入ってきて、暗闇の中に立ってて、まあ期待しているわけですよね。でも男が入ってこない。あの期待のカットって、そういう画が実際にあるかどうか分からないですけど、かつての“緋牡丹お竜”(藤純子主演の緋牡丹博徒シリーズ/1968〜1972)とか、ああいう映画の呼吸だと思ってるんです。男が再度帰ってきて、女とすれ違って部屋の中に入っていく時に普通に芝居をやると、女がついて来ちゃうんですよね。それじゃダメなんで、一回通り過ぎて、ここで待つんです、って言うんです。その後で振り返る。そうじゃないと情感が出ないんですよ。ああいう呼吸ってね、多分かつての映画の芝居にあった、例えば任侠映画にあった芝居の呼吸だと思うんです。

OIT:なるほど、一番最初の場面ですね。
越川道夫:そうそう、一番最初の場面とか、2幕目の終わりとかです。ああいう時って、すれ違って、すぐについていかないで、通り過ぎて、ここで一瞬背中で芝居をしておいて、振り返ってからこっちに来るんだっていう…ヤクザ映画の色っぽいシーンを撮っているみたいなことはずっと考えてました。だから、映画史がどうこうっていうのはないんですけど、僕が見てきて好きだった映画の芝居の呼吸ってことなんですが。

OIT:タルコフスキーよりも、加藤泰だったと。
越川道夫:でも確かに、『惑星ソラリス』とか、『ストーカー』(1979)とか、タルコフスキーの映画が持っている世界が未分化な感じっていうのか…ある意識みたいなものと、即物的な自然みたいなものが、霧の中で混沌と入り混じってるみたいな感覚っていうのは、自分の中にもあって、それが好きでタルコフスキーをずっと見ているっていうのもあるし、自分が映画を作るときに、そのようなもので映画自体がありたいとも思うんです。そういう感覚が自分の中で言葉になっていく時、タルコフスキーの映画の存在っていうのはやっぱりあったので、全く無関係であるということではないと思います。そもそもそういうふうに世界を把握をしているのだと思います。

OIT:越川監督作品では、今回海が出てきて、水辺とか、湖とか、雨がずっと降っていたりとかするのですが、それは何かあるのでしょうか?
越川道夫:水に関しては、僕が海辺で育ったっていうことがあって、その海は遊泳禁止なんですが、川と海っていうのが、僕にとっては特別なものとしてある、何がって言うことはちょっと出来ないんですが。例えば、子供の頃から僕たちは嬉しくても悲しくても海に行くんです。海っていうのが、そういう意味では神聖な場所というか。それを子供の頃からやってるので、どうしても水っていうものに拘らざるを得ないところがあるのではないでしょうか。あと一つは、僕は枯れた植物が好きなんです。咲いている花も綺麗だとは思うんですけど、そこには植物の意志があるわけですね。でも枯れたものっていうのは、その意志から外れちゃってると思うんですよ。その場の気温とか、風が吹いたとか、雨が降ったということに影響されながら朽ちていく、そこに個の意志ってなくなってると思うんです。その姿が綺麗だと思うんです。人を水に浸けた時に、濡れるっていうことで、役者が自らのコントロールからどこか外れていくんです。その時が美しいと思う。だから、人間が人間の意志としてコントロールしている時よりも、その意志を離れた時に美しさが初めて出るんだと思うんです。ただ、海っていうのが、ある種自分にとって凄く重要なものであるのは間違いなくて、3.11の後というのは、自分は海に向き合えなかったです。それがある時に自分の中で和解したというか、何か受け入れることが出来るものになった。『アレノ』の脚本も最初は海で書いていたんですけど、海では撮れなかった。それから海が出てくるのは『海辺の生と死』ですから、自分が海に対して向き合うことが出来ない時間というのが4、5年あったということだと思います。海って、当たり前ですが全く人間の思い通りにならないもので、だからこそ美しいのだと思います。

OIT:その海をテーマにした映画祭、「Cinema at Sea-沖縄環太平洋国際フィルムフェスティバル」のコンペティション部門で『水いらずの星』がワールドプレミアとして世界初上映させて頂くことになっています。沖縄の上映でこの作品がどのように受け止められるのか、とても楽しみです。

※上原は「Cinema at Sea-沖縄環太平洋国際フィルムフェスティバル」の作品選定委員を務めている。

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