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KALTRINA KRASNIQI INTERVIEW

越川道夫『水いらずの星』インタヴュー

3. 普通は映画的な台本にしていくわけですけど、
 それだと僕が好きだった松田さんの戯曲の良さが潰れていってしまう

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OIT:『アレノ』はフィルム撮影ですよね?
越川道夫:フィルムでやるような予算ではなかったのですが、撮影の戸田(義久)君からフィルムでやりたいという提案があって、彼は山崎(裕)さんの助手としてフィルム撮影の経験はあるんですけど、自分がカメラマンとしてはフィルムの経験はないからなんとかやりたい、と。丁度当時、イマジカで16mmのデジタル化に関して新しい技術が出来たりして、画面が割と安定し始めたんです。これなら使えるかなっていう感じがあって、じゃあ、苦しいけれどフィルムでやろうかってことになりました。

OIT:あの湖の色とか森の木々の色がとてもいいんですよね。山田さんの背景に、湖の浅いところから段々深くなっていく水面が写ってるんですけど、その濃淡のある色の美しさがフィルムならではの感じで。
越川道夫:プロデューサーをした『海炭市叙景』がスーパー16mm撮影で35mmへのブロウアップなんですが、その時に映画に「湿度」が写ってるなと思ったんです。撮影は近藤龍人さんでした。函館の冷たい雪の湿度が映っていると。よくよく考えると、フィルムって「モノ」なので、その場所の、その時の湿度を具体的に「モノ」としてフィルムが含んでしまうわけです。さまざまなコンディションに「モノ」として影響される。デジタルは情報なので、やっぱり違うんです。もちろん、カードが湿気るってこともあるんでしょうけど、フィルムが化学的に感光するのとは意味合いが違う。フィルムは、その場の天候であったり、コンディションのようなもの全部が影響して感光し、像を定着していく。見えない湿度が写るのだと思うんです。『アレノ』の場合は、冬の相模湖ですけど、その山間の湖のコンディションとか天候とか、光の具合や湿度といったものに影響を受けたものが写っているんじゃないかと思います。それがやっぱりフィルム撮影の面白いところで、『アレノ』の良いところだと思います。

OIT:最近ではスチルのフィルムですら高額になってしまって、中々手を出しづらい状況ですが、それはそれとして、フィルムで撮るだけでも、もちろん、撮り方の違いもありますが、3割り増し位にルックが良いですよね。
越川道夫:「モノ」が持っている「深さ」を感じることができるのが、フィルム撮影の良さだと思います。僕は割と早い段階からデジタルで映画を作っていくことには肯定的にやって来たんですけど、こういうところがフィルムの良さではないかと思います。

OIT:『水いらずの星』について伺いたいのですが、最初に作品を作るに至った経緯を教えて頂けますか?
越川道夫:人を介して、河野さんと作品を一緒に作れないかという話がありました。河野さんがプロデューサーであり主演であるという映画なので、どうしたらいいかなと考えまして、その前に堤(幸彦)さんがやった作品(『truth~姦しき弔いの果て~』)と、高橋(洋)さんがやった作品(『ザ・ミソジニー』)も拝見していたんですけど、この2作品とは違ったことをやらないといけないんだろうなと。何か河野さんという女優が生きることを考えないといけないなと考えた時に、かつて舞台で見た『水いらずの星』のことを思い出し、戯曲を読み直して、あ、これが良いのかなって思ったんです。『水いらずの星』なら、女優としての河野さんの柄が生きるのではないか、と。それで、河野さんに提案したのが最初です。

OIT:『水いらずの星』のお芝居をかつてご覧になっていたと。
越川道夫:そうです、2016年かな、『アレノ』に出演してもらった内田淳子さんと金替(康博)さんが駒場アゴラ劇場でやった『水いらずの星』の再演を見てたんです。その戯曲が凄く良かったので、内田さんに、この戯曲読めないですかね?って言ったら、同人誌にしか発表されていない戯曲で書籍化されているわけではなかったので、そのコピーを送ってくれた。それを繰り返し読んでいて、自分でいつかと思っていたわけではないんですけど、大切にしていたんです。

OIT:映画化は戯曲を一文一句変えずにやったということなのですが、それはどの段階で決めたのでしょう?
越川道夫:最初からです。松田さんは、『紙屋悦子の青春』(2006)を黒木(和雄)さんとやられていて、あれも、松田さんが時空劇場で作・演出した舞台を黒木さんが映画化した作品です。普通は戯曲をいわゆる映画的な台本にしていくわけですけど、なんかそういうことじゃないんじゃないかと思ったんです。それだと僕が好きだった松田さんの戯曲の良さが潰れていってしまう、だから、松田さんに最初にお願いした時から、松田さんは映画的な台本にしていいですよっていうことだったんですけど、いや、しません、このままやりますって言ったんです。戯曲をそのまま映像化すると、海外のものを見ても、どこか劇場中継みたいになってしまう。それを劇場中継にしないで、4シーンしかない脚本を映画にするっていう発想で挑戦してみようと考えていました。

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