OUTSIDE IN TOKYO
HONG SANG-SOO INTERVIEW

韓国を代表する映画監督と聞かれれば、(今の僕ならば)迷わずホン・サンスの名前を挙げるだろう。もちろん、キム・ギドク、パク・チャヌク、ポン・ジュノなど、名前が挙って納得という監督はまだいる。だが以前キム・ギドクも嘆いていたように、彼らの作品はあまり韓国では支持されていないという。もちろん、それは興行収入という意味でだが。そんな彼らは世界の映画祭での人気がすこぶる高く、海外の映画好き、また欧米を筆頭に世界中の映画監督からよく名前が挙がる。だが逆に言えば、彼らの映画製作の資金は映画祭での評判にかかっていると言ってもいい。海外の資金を糧に好きな映画を撮っているのだ。

その中でもホン・サンスは特殊な立場を貫く監督だ。その登場人物はたいてい韓国人で、舞台もだいたい韓国。彼がアメリカで勉強し、パリで撮りたい映画に開眼したように、海外で暮らす韓国人が描かれることもある。男は揃いも揃ってダメ人間。女は優秀なのに男のダメさを見抜けず、最後は男を見限る。そこには悲観することもない代わりに、楽観的な希望もなく、男と女はひたすらすれ違う。互いに波長が合うと信じてつきあう男女も、結局は同じ思考のレールを歩いていないというのだ。それをユーモアたっぷりの軽妙さで、ふらふらと曖昧に描いていくのだから、分かりやすい物語や感情を好む人たちには確かに受けにくいのも分かる。

だがとぼけたすれ違いはヨーロッパ映画の真骨頂でもある。『ぼくの伯父さん』(58)の軽妙かつシニックな笑い、アキ・カウリスマキの描く愛すべき“ダメ”異邦人たち。芸術家を自称する人たちの憂鬱。かつては有名でも落ちぶれたか自滅、なのに自尊心は捨てられないダメな大人たち。そしてダメと分かっていても、女に身を崩す男たち。そんな男たちにほだされてしまう女たち。

そんなホン・サンスが今はノリにノッている。映画祭で会って意気投合した、フランスを代表する女優イザベル・ユペールを主演に迎え、韓国の海辺の田舎町で不思議な三幕もの、というか三人の女主人公による滑稽な映画を撮ってみせた。しかもユペールを必要以上に持ち上げることなく、もちろん“彼の映画”になっているのは間違いない。その三人の女性はみなアンヌで同じ女優が演じているが、その設定や立場は微妙に違う。能天気で体育会系のライフガードや宿の純粋な少女など、同じ設定なのに、観客を煙に巻くような微妙な浮遊感で遊んでみせる。しかも、そのユルさも偶然などではなく、カット割りやショットの構成に間のとり方も含めて、全てが彼なりの緻密な計算に基づいているというのだ。次に彼が話すように、朝になるまでその日の撮影内容は明かされず、そんな俳優の緊張感を編み込むようにその場のハプニングをカメラで捉えていく。いや、ハプニングと書いたが、彼は即興を許さず、何度も言うが、全てが緻密に構成されている。

さて、そんな信頼できそうな監督への取材は何社もが集まるグループインタビューとなった。なにしろ、彼はマスコミの前で話すことを極端に嫌う。ところが、彼は小気味よく、簡潔、そして時にはペンで図解しながら、誠実に投げられた質問に答えてくれた。それがただの“気まぐれ”でないことはその言葉を見れば分かるだろう。今後、ますます精度が上がる一方のホン・サンスの映画を逃すことは、人生の真実から一歩遠のくことのような気がしてならない。男も女も、人は人とすれ違って当たり前という大前提が分かったからと言って、彼の映画の主人公たちのように、今さら直るわけでもないのだから。

1. 俳優に対する第一印象と直観でキャスティングしている

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Q:先日、(韓国俳優の)ユ・ジュンサンに取材した折に、『浜辺の女』(06)の時に監督と長い時間一緒にいてたくさんお話をしたからきっと役をもらえると確信していたら、その時は役がもらえなくて悲しかったと話していました(笑)。結局は『よく知りもしないくせに』(09)(『ハハハ』(10)、『次の朝は他人』(11)でも)で役をもらえたそうですが、監督にとってキャスティングする際の俳優の決め方や基準、またその時はなぜユ・ジュンサンさんではなかったのかを教えてもらえますか?
ホン・サンス:私がキャスティングをする場合、会った俳優が以前はどういう作品に出ていたか、あるいは韓国の大衆にその俳優がどういうイメージで受け取られているかなど、そういうことはあまり気にしません。それよりもまず、第一にその俳優と会った時の第一印象、つまりその俳優と会って他の人を思い出すこととかがありますよね。あっ、彼は誰々に似てるなとか、誰々を思わせるなとか。だからその俳優と会った時に色々なことを考えて思わせる第一印象と、あとは直感ですね。その俳優と会って起用したらこういうことができるんじゃないかとか、具体的ではないですけど、まずはその俳優に対する私の印象でキャスティングしているのだと思います。

Q:『浜辺の女』の時のユ・ジュンサンの場合は?
ホン・サンス:その時は私に自信が持てなかったんですね。彼とやってもいいなというほどの自信が自分に持てなかったのです。その次に『よく知りもしないくせに』でユ・ジュンサンに小さな役をやってもらいましたが、撮影していく中で彼に対する信頼ができていったのです。

『3人のアンヌ』
英題:IN ANOTHER COUNTRY

6月15日(土)よりシネマート新宿、7月6日(土)よりシネマート心斎橋ほか、全国順次ロードショー

監督・脚本:ホン・サンス
撮影:パク・ホンニョル、チ・ユンジョン
音楽:チョン・ヨンジン
出演:イザベル・ユペール、ユ・ジュンサン、チョン・ユミ、ユン・ヨジョン、ムン・ソリ、クォン・ヘヒョ、ムン・ソングン

2012年/韓国/89分/カラー/ドルビーSRD
配給:ビターズ・エンド

『3人のアンヌ』
オフィシャルサイト
http://bitters.co.jp/3anne/



ホン・サンス/恋愛についての4つの考察
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