『感傷的な運命』

上原輝樹
olivier_02.jpg

アサイヤス監督の『感傷的な運命』(2000)は、オーギュスト・ルノワールの出生地であり、有名な陶器の産地として知られるフランス中部の都市リモージュを舞台に、名門一族の後継者ジャンの生涯を描いた大河ドラマだといえば少し通りが良いかもしれないが、それだけではアサイヤスが選択した挑戦的なストーリーテリングの現代性を伝えそびれてしまうことになるだろう。

映画は、ほぼ1時間ずつの三部構成で出来ている。舞踏会のシーンを擁する第一部はヴィスコンティの『山猫』、時代のエピックを描き物語がダイナミックに動きだす第二部はベルトリッチの『1900年』、"愛"を語る最終章の第三部はトリフォーの作品群が参照されるというふうに複数の名作映画を引き合いに語られることが多いのも本作の特徴のひとつ。20世紀初頭という時代を描きながらも、そこには、歴史大河ドラマ的な悠々たる時間の流れはなく、あたかも現代劇を撮るかのような手法でエリック・ゴーティエによって撮影された短いカット割の映像が多い第一部の語り口に観客はいささか不安を感じるかもしれない。登場人物の所作や表情のクローズアップ、馬車の動きといった動く対象に寄り添う形で頻繁に移動するキャメラが捉えた短い映像の数々が、ブレッソンを彷彿させる手堅さでモンタージュされていく。脚本は、あくまでメロドラマ的な展開を拒否するかのように、心理描写に多くの時間を費やし、物語の展開は遅々としている。しかし、第二部になると、一気に物語が動きだす。画面には奥行きのあるスケール感豊かな情景が登場し、歴史大作的なロマンティシズムすら漂い始める。これが本作でアサイヤスが選択したストーリーテリングのスタイルなのだ。

olivier_04.jpg

観客は、100年前の登場人物との、物理的な距離の近さに最初は違和感を感じながらも、綿密な時代考証の賜物に違いない、コスチュームを含めた美術の素晴らしさ、時代の推移とともに見事に齢を重ねていく俳優陣の重厚な演技と違和感のないルックを実現したメイクアップ、自然光を上手く活かした陰翳に満ちた光の設計といった豊かな細部に目を奪われていくだろう。そうした素晴らしい映画的時間の中で、随所にアサイヤスらしいとしか言いようのないシーンが登場する。主人公のジャン(シャルル・ベルリング)と別れた妻ナタリー(イザベル・ユペール)の一人娘(ミア・ハンセン=ラブ)が、夜遊びに出掛けなかなか帰ってこない。その夜のシーンは、20世紀初頭パリのデカダンスを魅惑的に再現しながら、21世紀パリのナイトクラブのエロスを漂わせ、それは5年後に侯孝賢の『百年恋歌』で変奏されたかのような痛々しい都会の夜の映画的記憶をも呼び覚ます。映画の終盤で修道者への道を選び、我々の涙を誘う美しい女優ミア・ハンセン=ラブは、『8月の終わり、9月の初めに』(1998)に続くアサイヤス作品への出演となるが、その後カイエデュシネマ誌への執筆を経て、2006年に長編第一作『すべてが許される』を世に問い、今やフランス映画の新しい才能として未来を嘱望される存在になった。今年(2009年)のカンヌ映画祭で上映される新作『Le Pere de mes enfants』も大いに気になるところ。

olivier_03.jpg

俳優陣の充実ぶりは特筆すべきものがある。シャルル・ベルリングがこれほどまでに素晴らしい役者だという事を知らなかったなどと今更言ってはいけないのかもしれないが、シャルル・ベルリングと共に、劇中で老ければ老ける程良くなっていき、貫禄すら感じさせる素晴らしい演技をエマニュエル・ベアールが披露している。『愛と宿命の泉』(1986)の鮮烈な官能美が忘れがたいべアールも今やフランスを代表する大女優に違いないが、老け役をこんなに上手に演じることができるとは!引き算の演技で見せ場を作ったべアールとは対照的に、イザベル・ユペールは、身体中を電気が走り抜けるような電撃的瞬間を演じ、このシーン以外ではむしろ生気を欠くべき役柄にも関わらず、その発電機のような激しい演技で人物造形に奥行きを与え、ナタリーというキャラクターを忘れがたい存在にまで高めてしまった。

そして、いよいよ近日全国公開される『夏時間の庭』へと至る、宝石の原石のようなシーンを幾つも見いだすことができるのも感慨深い。生活空間における美術品、フランス人のクラフツマンシップ、20世紀初頭という激動と変化の時代に投影され相対化されるグローバリゼーションの現代、更には、そうした時代の変化や世代を超えて引き継がれていく人々の価値観といった、『夏時間〜』で掘下げられ洗練されていったテーマの数々が本作の時点で出揃っており、時間をかけて一作一作、作品群を成長させてきた映画作家アサイヤスの"仕事"、というよりは"愛"に触れる瞬間を体験する喜びを観客は共有するだろう。


『感傷的な運命』について、皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
なお、ご投稿頂いたものを掲載するか否かの判断については、
OUTSIDE IN TOKYO 編集部の判断に一任頂きますので、ご了承ください。





Comment(0)

『感傷的な運命』
Les destinées sentimentales

日仏学院「オリヴィエ・アサイヤス特集」にて上映
2009年5月10日、15日

監督・脚本:オリヴィエ・アサイヤス
原作:ジャック・シャルドン
撮影:エリック・ゴーティエ
編集:リュック・バルニエ
衣装:アナイス・ロマン
出演:シャルル・ベルリング、エマニュエル・ベアール、イザベル・ユペール、ミア・ハンセン=ラブ、ドミニク・レイモン、ヴァレリー・ボヌトン、オリヴィエ・ペリエ、ジュリー・ドゥパルデュー

2000年/スイス・フランス/180分/35ミリ/カラー

写真提供:東京日仏学院

「オリヴィエ・アサイヤス特集」

『夏時間の庭』レビュー

『NOISE』レビュー

『クリーン』レビュー

アサイヤス監督『夏時間の庭』
 インタヴュー

アサイヤス監督
『クリーン』『NOISE』インタヴュー

印刷