ラウル・ルイス特集 フィクションの実験室



先だって東京日仏学院にて行われたメルヴィル・プポーの特集上映で、初期や中期の日本未公開重要作品、そして、後期の傑作(『夢の中の愛の闘い』)も上映され、一気にその知られざる全貌への関心が高まった感のあるラウル・ルイス監督の特集上映が、晩年の大傑作『ミステリーズ 運命のリスボン』がこの秋に公開されるという絶好のタイミングで行われる。前回の上映の評判から、再上映希望の声も多かった『犯罪の系譜』と『夢の中の愛の闘い』、若干9歳にして『海賊の町』でスクリーンでヴューを飾ったメルヴィル・プポー少年、12歳の時の出演作『宝島』、そして、ラウル・ルイスが巨匠として認知されるようになった『見出された時~「失われた時を求めて」より~』以降の、遺作『向かいにある夜』を含む作品群が上映される。予てから、アテネ・フランセ文化センターでのシネクラブ「New Century New Cinema」などでラウル・ルイスの作品を紹介してきた赤坂太輔氏のレクチャーも予定されている。
(上原輝樹)
2012.8.13 update
ラウル・ルイス...、世界各地で100本を超える作品を撮っている彼は、20世紀後半の最も摩訶不思議な映画作家と言われている。昨年惜しくも亡くなった彼の映画人生は、おおまかに3つの時代に分けられると言えるかも知れない。まず1)1973年9月11日のチリ軍事政権の成立で亡命するまでの母国での時代。次に2)メリエス、ハリウッドのB級映画作家、ブニュエル、オリヴェイラ、鈴木清順とも比較され、フランスやポルトガル他ヨーロッパから果てはアメリカン・インディーズまでの国々で撮りまくった最も旺盛で多作な低予算映画作家時代。そして3)それまでもパートナーの一人だったパウロ・ブランコ製作によるプルーストの翻案『見出された時』で国際的な名声を確立後、『クリムト』や『ミステリーズ 運命のリスボン』まで日本でも公開された大作を手がけつつ民主化後のチリでの製作を再開して若い作家や観客との出会いを果たし、祖国を代表する巨匠として認知された最後の時代である。
ただしインタビューでルイス自身が「一つのショットには6つの機能がある」と語ってくれたように、彼の映画にある驚くほどの多面性は、そうやすやすと要約することを許してくれない。一見ネオレアリスモの影響下にある初期チリ時代でさえ映像というメディアが媒介した現実という二重性が存在したし、たった数日で撮ってしまった超現実的で奇想天外なアイディアの作品が満載のヨーロッパ初期にも、その裏面では一夜にして死の危険から国外脱出しなければならなかった亡命経験が息づいているかのようだ。だからアイデンティティの分裂、幽霊、書き割りと鏡と影、オフスクリーンの声を使った魔術的な語り口は、彼にとっていつも現実的だったように思える。そして彼の全貌を知るためには、本当は晩年の比較的潤沢な予算の作品は祖国への帰還作品とともに見られるべきだろうと考えられるので、彼の大規模な回顧上映をいつか日本で実現するためにも、まずは一人でも多くの観客がこの特集に駆けつけてほしい!
赤坂 太輔
2012年9月8日(土)~23日(日)
ゲスト:赤坂太輔
会場:アンスティチュ・フランセ東京(旧東京日仏学院) 
料金:一般 1,000円 / 会員・学生 500円
上映スケジュール
9月8日(土)
12:00
無邪気さの
喜劇

(95分)
14:40
犯罪の系譜
(113分)

17:30
盲目の梟
(93分)
上映後、
赤坂太輔による講演会あり
9月9日(日)
14:30
無邪気さの
喜劇

(95分)
17:00
ファドの調べ
(110分)

9月14日(金)
19:00
犯罪の系譜
(113分)

9月15日(土)
12:00
クリムト
(97分)

14:30
その日
(105分)

17:00
見出された時
(158分)



9月16日(日)
11:00
見出された時
(158分)

14:30
夢の中の愛の闘い
(120分)
17:30
その日
(105分)



9月21日(金)
16:00
向かいにある夜
(113分)
19:00
宝島
(115分)

9月23日(日)
11:30
宝島
(115分)

14:30
クリムト
(97分)

17:00
向かいにある夜
(113分)



※プログラムはやむを得ぬ事情により変更されることがありますが予めご了承下さい。
※当日の1回目の上映の1時間前より、すべての回のチケットを発売します。開場は20分前。全席自由、整理番号順での入場とさせて頂きます。
上映プログラム


『宝島』
フランス=イギリス=アメリカ/1986年/115分/35ミリ/カラー/フランス語・無字幕・作品解説配布
出演:メルヴィル・プポー、マルタン・ランド、ルー・カステル、アンナ・カリーナ、ジャン=ピエール・レオ 

ひとりの少年、遊ぶことを拒否している少年がいる。その少年を仲間に入れ、宝探しに巻き込もうとする有閑階級のプレイヤーたち。しだいに、少年の役割が不可思議なものとなっていく。彼は都合のいい犠牲者なのか?あるいは秘密兵器なのだろうか?「本作は真のアクション映画である。追跡、反乱、子供と無人島...。そして冒険、それはスティーヴンソン以来、古びることのないジャンルである。」(マチュー・ランドン、「リベラシオン」)
『盲目の梟』
フランス=スイス/1987年/93分/ビデオ/カラー/フランス語・無字幕・作品解説配布
出演:ジャン=マリ・ブグラン、ジャン=フランソワ・ラパリュス、アラン・リモー、フランソワ・ベルテ 

映写技師がスクリーンの中の踊り子に恋に落ち、映像の中に自分自身の人生の反映を見るようになる。しかしフィクションが現実と混ざり合うようになるとすべてがひっくり返り...。「この作品は極めて濃密な作品だ。宇宙のように広大無辺と形容できるだろう。(...)イランの小説とスペインの戯曲をチリの映画作家が脚色した作品であり、それと同時にある地域を描いた作品でもある、と言うにもこの作品はル・アーヴルの文化センターによって製作され、ル・アーヴルで撮られているからだ。絶えず、夢と現実、現在と過去が混ざり合う『盲目の梟』は、ラテン・アメリカ文学にもとてもよく似ている。」(リュック・ムレ、「ある想像のシネマテーク」)
『ファドの調べ』
フランス=ポルトガル/1993年/110分/35ミリ/カラー/英語字幕付
出演:ジャン=リュック・ビドー、メルヴィル・プポー、アナ・パダオ、アリエル・ドンバール、ビュル・オジェ 

中年の旅行ガイド、ピエールは突然、記憶喪失に襲われてしまう。帰宅すると、見知らぬ不思議な青年、アントワーヌが現れる。アントワーヌは自殺してしまった女性の復讐に来たという。ナイトクラブで、ピエールは、ニノンという踊る女性に出会い、かつて出会った美しい女性の記憶が戻ってくる...。ジャン=シュック・ビドーとメルヴィル・プポーのコンビ、そして「アルジェリアのポーランド人?」を演じるビュル・オジエ、謎の女レダを演じる美しいアリエル・ドンバール、素晴らしいキャスティングがこの突飛で驚くべき作品にさらなる魅力を与えている。
『犯罪の系譜』
フランス=ポルトガル/1996年/113分/35ミリ/カラー/日本語字幕付
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ミシェル・ピコリ、メルヴィル・プポー、ベルナデット・ラフォン、マチュー・アマルリック 

精神分析学者のジャンヌは自分の甥、ルネが殺人を起こす性向を持っていると確信している。ジャンヌはルネの成長の過程を観察し続けるが、その犯罪はまさにジャンヌの身に起こってしまう。容疑者となった青年ルネの弁護を受け持つことになった女性弁護士ソランジュは、次第に、ルネに亡くした息子の姿を重ねるようになっていく。フロイトの友人であり、精神分析学者であったヘルミーネ・フォン・フーク・ヘルムートが甥に殺された事件から自由に着想を得たヒッチコック的サイコ・スリラー。ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞。
『見出された時〜「失われた時を求めて」より〜』
フランス=ポルトガル=イタリア/1999年/158分/35ミリ/カラー/日本語字幕付
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、エマニュエル・ベアール、ジョン・マルコヴィッチ、ヴァンサン・ペレーズ 

1922年、死を迎えようとしている作家マルセル・プルーストが、病床で、昔の写真を一枚ずつ眺めている。若き日々、愛した人々、文学との出会い。初恋の相手ジルベルト、ジルベルトの母で、数々の男性遍歴を重ねてきた元高級娼婦のオデット、聡明で辛辣なシャリュス男爵、そしてアルベルチーヌ...。これまでヴィスコンティら名だたる巨匠たちが映画化しようとして頓挫してきた20世紀文学の頂点と言われる『失われた時を求めて』の世界をラウル・ルイスが見事に描ききっている。カンヌ国際映画祭正式出品作品。
『夢の中の愛の闘い』
ポルトガル=フランス=チリ/2000年/120分/カラー/35ミリ/英語字幕付
出演:メルヴィル・プポー、エルザ・ジルベルスタイン、ランベール・ウィルソン、クリスチャン・ヴァディム、マリー=フランス・ピジェ 

おとぎ話の中に出てくる海賊や宝物、善人と悪人。精神の自由を信じる純粋な青年。神を信じない人々を啓蒙しようとする盲目の子どもたち。修道院の家賃を払うために作られた、元修道女たちの売春宿。これら全ての人々が持つ矛盾が、この童話を哲学的な寓話へと変えていく。「この物語には事実に即した背景があります。20世紀初頭、チリの国立図書館に務めているリカルド・ラチャムという20歳の青年が宝を探している者から連絡を受けます。ふたりはチリ北部のグアヤカンまで旅をします。そこで彼らは予期しなかった宝物を見つけます。それは金の宝物ではなく、ヘブライ語やギリシャ語、アラブ語、トゥアレグ語で書かれたテキストで、有名な海賊たち、「海岸の兄弟たち」が無政府の共和国を設立する以前の物語、人生、奇跡を綴った文章でした。」(ラウル・ルイス)
『無邪気さの喜劇』
フランス/2000年/95分/35ミリ/カラー/英語字幕付
出演:イザベル・ユペール、ジャンヌ・バリバール、シャルル・ベルリング、エディット・スコブ、ドゥニ・ポダリデス 

9歳の少年カミーユは、両親とブルジョワ風アパルトマンで快適な暮らしをしている。ある日、カミーユは「自分の本当の母親」を紹介すると言い出し、母親のアリアンヌを連れて、見知らぬ女性のアパルトマンに行く。壁には幼い少年の写真が飾られている。はどうやら、その写真は、数年前に亡くなったその女性の息子の写真のようだ...。
「ふたりの女優、イザベル・ユペールとジャンヌ・バリバールの競演が、おのずと子供を巡る争いを浮かび上がらせて行った。」(ラウル・ルイス)
『その日』
フランス/2003年/105分/35ミリ/カラー/英語字幕付
出演:ベルナール・ジロドー、エルザ・ジルベルスタイン、ジャン=リュック・ビドー、クリスチャン・ヴァディム、エディット・スコブ 

子供のように無邪気な女性リヴィアは莫大な遺産を相続する。冷酷な彼女の家族は、財産をリヴィアから奪うべく、精神病院を出たばかりのスイス人のエミルを雇う。しかしやや情緒不安定で、風変わりなリヴィアとエミルは互いのことを理解し合うようになる。「この作品の奇跡は、登場人部たちそれぞれがある人物像を体現するように仮定されながらも、心理的な約束事から免れ、人間性、官能性、滑稽さ、触れ得るような感情を具体的な重みとして獲得しているところだ。」(ジャン=フランソワ・ロジェ、「ル・モンド」)
『クリムト』
オーストリア=フランス=ドイツ=イギリス/2006年/97分/カラー/35ミリ/日本語字幕付
出演:ジョン・マルコヴィッチ、ヴェロニカ・フェレ、サフラン・バロウズ、ニコライ・キンスキー 

1918年、芸術の都ウィーンの華やぎは、まさに終焉を迎えようとしていた。そして、絵画に新たな潮流を生み出した稀代の画家、クリムトもまた、命の灯火を消そうとしていた。彼を見守るのは愛弟子のエゴン・シーレただ一人。朦朧とした意識の中、クリムトの目には、栄光と挫折の人生がよみがえる。まるで寓話に満ちた彼の絵のように...。「この映画でグスタフ・クリムトの伝記が撮られていると見るべきではない。幻想的な作品、あるいはファンタスマゴリア(魔術幻灯)と言ってもいいだろう。現実の、あるいは想像上の登場人物たちがひとつの視点の周りを回っている一大絵巻(フレスコ)のようなものだ。その視点はクリムトという画家の視点であり、彼自身がカメラであると言えるだろう。したがって、観客は、クリム自身が見ているかのように映像を見ている。いや、むしろ彼が夢見ているのかのように。「シュニッツラー風の」幻想的作品なのだ。」(ラウル・ルイス)
『向かいにある夜』
チリ=フランス/2011年/113分/カラー/デジタル上映/英語字幕付
出演:クリスティアン・ヴァディム、セルジオ・ヘルナンデス、ヴァレンティナ・ヴァルガス、チャミラ・ロドリゲス 

引退した男が死を待っている。現実の出来事なのか、それとも想像の産物なのか、男は幼年期のいくつものエピソードを回想する。2011年に逝去したラウル・ルイスの遺作となる『向かいにある夜』は、時間と死の神秘を、ユーモアと独創性...を持って洞察するために彼岸への冒険である。「これはルイス自身の『失われた時を求めて』だ。(...)今この時にも、彼岸から、ラウル・ルイスは私たちの人生、私たちの街で、生者と死者を通じ合わせている。」(オリヴィエ・セギュレ、「リベラシオン」)


ラウル・ルイス特集 フィクションの実験室について、皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
なお、ご投稿頂いたものを掲載するか否かの判断については、
OUTSIDE IN TOKYO 編集部の判断に一任頂きますので、ご了承ください。





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