OUTSIDE IN TOKYO
melvil poupaud INTERVIEW

ラウル・ルイス監督の存命中に公開された最後の映画『ミステリーズ 運命のリスボン』(10)は、4時間半の長尺映画(6時間半のテレビ版も存在する)だが、開巻早々短いカットの連なりが映画の心地よいリズムを刻み、観るものを、息を飲むような映像美で描く19世紀前半のポルトガル、フランス、イタリアを舞台にした秀逸なミステリーにどんどん引き込んでいく。”人は変わっていくもの”というテーマが、因果応報のサーガの中で循環し、やがて愛する者への”愛”は”憎しみ”に、愛されないことの”嫉妬”は”絶望”へと頽廃していくメロドラマ的苦悩を、フランス式コントとラテンアメリカ的マジックレアリズムを融合したスタイルで描いた、ラウル・ルイス監督最晩年の傑作である。

主人公は、リスボンの修道院に身を寄せる孤児の少年ジョアン(ジョアン・ルイーシュ・アライシュ)と彼の守護者のような存在でもあるディニス神父(アドリアヌ・ルーシュ)である、と取り敢えず言ってしまって良いだろう。映画は、名字を持たない14歳の少年ジョアンの出生の秘密を探るというミステリーをエンジンに駆動する。ディニス神父の計らいで、実の母アンジェラ(マリア・ジュアン・バストゥシュ)との面会を果たしたジョアンは、裕福な伯爵夫人だった母親が、結婚前にジョアンを身籠ったことが伯爵の逆鱗に触れ、8年もの間、屋敷に軟禁されている身であることを知る。この伯爵邸前を歩く少年と神父をロングショットで捉える映像の目を見張る美しさは、溝口健二の『残菊物語』(39)の川沿いから大阪の街並を捉えた移動ショットに匹敵するのではないかと思う。

ディニス神父は、サンタ・バルバラ伯爵(アルバヌ・ジェロニム)が絶対王政派とリベラル派との内戦に出征する間を縫って、アンジェラとジョアンを匿う。映画は、描かれる時代の背景が見えてくるに従って、19世紀後半の没落していく貴族を尻目に赤シャツ隊の義勇軍が躍進する、新興階級との世代交代の波を描いたヴィスコンティの『山猫』(63)的ともいうべき歴史絵巻物のレイヤーが浮き上がってくる。『山猫』のタンクレディー(アラン・ドロン)と比べると如何にも粗野な、新興の権勢を誇る大富豪アルベルト(リカルドゥ・ペレイラ)の登場は、本作にキューブリックの『バリー・リンドン』(75)的ピカレスクロマンの躍動感をもたらしている。そして、ディニス神父の驚くべき生い立ちを巡る新たなミステリーが立ち上るに及び、映画は、いよいよラウル・ルイス的というべきアイデンティティの複数性へと主題を深めて行く。

ミステリーに継ぐミステリー、変幻自在の流麗なカメラワークが繋ぐ時空の「滑動」は、観るものを確実に迷宮へと誘うだろう。観客は、まさに”映画”だけが示すことのできる壮大にして一瞬の内に終わったかのような、人生の夢の体験を味わうだろう。そんな夢の時間、そのものを12本の作品でラウル・ルイス監督と共に紡いできた、俳優メルヴィル・プポーが、監督の演出や『ミステリーズ 運命のリスボン』撮影時のエピソードなどを披露してくれた。『ミステリーズ 運命のリスボン』には、ほんの少しのカメオ出演にも関わらず、ラウル・ルイス監督についての質問に喜んで答えてくれたメルヴィルさんに、改めて感謝を申し上げたい。

1. ラウル・ルイス監督の現場には、
 演出の仕方に驚きたいと思って、みんながワクワク感で集まっている

1  |  2  |  3  |  4



Q:プポーさんは、ラウル・ルイス監督の『海賊の町』(1983)で10歳でデビューして以来、ひとりの人間が色々な人になるという役を何度も演じてきて、その事自体がとても役者的といいますか、あなたの著書(「Quel est Mon noM?/ぼくの名前はなんだろう?」)もそういう所から書かれていると思うんですけど。
メルヴィル・プポー(以降:MP):その通りです。アイデンティティは一つじゃないというテーマは、とてもルイス的なテーマの一つですよね。既に起こっているようなストーリーは、もう一回再訪するという輪廻的な考え方はルイス監督の中にあるものです。ストーリーが入れ子的になっていたり、別のストーリーを呼んだり、ストーリーの中にストーリーがあったりする、凄くルイス的な考え方ですんね。だからこそルイス監督の作品の中では、一人の役者が何役もするということが往々にして起こります。時には観客が困惑してしまうこともありますけれども、それも敢えてやってのける、それが目的の一つでもあるんですね。起きていながら夢を見ているような、そういう感覚を味あわせること自体が監督の目的でもあります。ため息の中に迷い込ませるような。迷宮の中に誘い込んでおきながら、繋いでいた手を離すような、そういうところがありますよね。だから観客の一人一人は、大人でありながら子供に戻って、子供の目で大人の世界を見ているような、そういう体験を観客にしてほしいんじゃないでしょうか。ラウル・ルイス監督の僕と一緒にやった作品であるとか、僕自身がラウル・ルイス監督の作品の中でやっていることは、彼の思い描く幼少時代を体現しているのが多分僕なんでしょうね。

Q:『ミステリーズ 運命のリスボン』では、殆どカメオ出演というか、あなたの出演時間が短いんですけど、こうしたことは、あなたとラウルのこれまでの関係があったからこそ可能なことではないかと思いました。
MP:その通りですね。もう12本一緒に撮ってますから、脇役の時もありましたし、俳優を僕じゃない人にしたいっていう時すらありましたけど、守り神的なマスコット的な意味合いで僕を起用してるんじゃないでしょうか。撮影は非常に快楽なんですよ、みんな優しくて親切ですし、家族的で彼に対する愛情に溢れた現場なんですね。スタッフもキャストもお金の為に集結してるんじゃなくて、何か一つの遊びをラウル監督とやろうみたいな感じで参加している人が多いですね。ラウル・ルイス監督の演出の仕方にみんな驚きたいと思って来ているところがありますね。それはトラベリングの仕方もちょっと普通でなかったりとか、そんなワクワク感で集まっていると思います。それは僕にとっては凄く豊かな経験なんですよね。彼自身が亡くなってしまった後、奥さん(Valeria Sarmiento)が撮られた作品(『The Lines of Wellington』)に僕自身も出演してるんですけど、ほんの小さな登場でも彼と一緒に仕事をした役者達が集結したんです。彼/彼女らが集まったのも、そういうな監督への想いからじゃないでしょうか。ミシェル・ピコリとかドヌーヴとかイザベル・ユペールとか、ジョン・マルコヴィッチも参加しています。




『ミステリーズ 運命のリスボン』
原題:Misterios de Lisboa

10月13日(土)、シネスイッチ銀座他全国ロードショー

監督:ラウル・ルイス
製作:パウロ・ブランコ
原作:カミル・カステロ・ブランコ
脚本:カルルシュ・サブガ
編集:バレリア・サルミネント
出演:アドリアヌ・ルーシュ、マリア・ジュアン・バシュトゥシュ、リカルドゥ・ペレイラ、クロチルド・エム、アフンス・ピメンテウ、ジュアン・アライシュ、メルヴィル・プポー、レア・セドゥー、マリク・ジディ、

© CLAP FILMES (PT) 2010

2010年/ポルトガル/267分/デジタル上映/ステレオ/ハイビジョン/カラーS
配給:アルシネテラン

『ミステリーズ 運命のリスボン』
オフィシャルサイト
http://www.alcine-terran.com/
mysteries/



メルヴィル・プポー トークショー

メルヴィル・プポー特集
 誘惑者の日記


ラウル・ルイス特集
 フィクションの実験室
1  |  2  |  3  |  4