OUTSIDE IN TOKYO
Ildiko Enyedi INTERVIEW

映画の舞台は、ハンガリーのブダペスト郊外、食肉処理場で働く人事部長エンドレ(ゲーザ・モルチャーニ)は、片腕に障害を抱えたバツイチの中年男性、新人検査員マーリア(アレクサンドラ・ボルベーイ)は、コミュニケーションが苦手で職場に馴染まない。映画冒頭、エンドレが、初めてマーリアを目にする瞬間の繊細な演出からして、すでに心を惹かれる。 それぞれの”不器用さ”を抱えた男と女は、それでも、無意識の内に不可視の運命の糸に導かれるように、モダンで管理の行き届いた食肉処理場の小宇宙の中で、何度も接近と遭遇を繰り返していく。エンドレが一歩近づくと、マーリアは一歩後退する、そんな二人の関係に、ある日劇的な変化が訪れる。

食肉処理場で牛の交尾を促すための興奮剤が何者かによって盗まれる。盗まれた物が物だけに、どこかユーモアすら漂わせる捜査劇が、不器用な二人の恋愛劇に彩りを添えてゆくだろう。会社から社員の聞き取り捜査のために派遣された、妖艶な美貌の持ち主精神科医クラーラ(レーカ・テンキ)がやってくるのだ。彼女の聞き取り調査によって、エンドレとマーリアが同じ夢を見ていることが分かり、二人は一緒に帰途につく。そこで、二人は駅で市電を待つのだが、この二人を捉えたショットがあまりにも美しい。監督がこのインタヴューで教えてくれたことだが、ウォン・カーウァイからCGを使ったのか?と興味津々で聞かれたという、このショットを境に、二人の関係はプラトニックな恋愛関係に進展していく。”心”はすでに恋愛関係に進んでいたが、”体”が遅れてそのことを知ったというべきか。あるいは、その逆と言っても良いのかもしれない。

惹かれ合う二人は、”プラトニック”な状態から、お互いの肉体を求める関係へと、数多の障害にぶつかりながらも突き進んでいく。今までそうした経験のないマーリアが、その時の状態を予習すべく、街に出て、自らの知覚を世界に開いていく一連のシーンが素晴らしい。そして、ついに彼女は”愛”を発見する。この発見の驚きは、ほとんど、ゴーダルの『アルファビル』(65)でレミー・コーション(エディ・コンスタンティーヌ)が”愛”という言葉を発見した時の驚きに比肩し得ると言っても過言ではない。

マーリアは、”愛”をローラ・マーリングの音楽を媒介として発見し、エンドレとの間に芽生えている特別な感情を理解する。食肉処理場を舞台に不器用な二人を主人公に据えることで、現代社会への透徹した批判の目を光らせながらも、独特なユーモアが漂う、瑞々しく官能的な愛の映画を携えて来日した、ハンガリーの名匠イルディコー・エニェディ監督のインタヴューをお届けする。

1. 夢をシェアするというアイディアを一体どういう風に思いついたのか、
 自分でもまったくわかりません(笑)

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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):現在の映画は、厳しい現実をそのまま提示するだけか、全くの夢物語か、二極化した映画が増えているという印象を持っていますが、『心と体と』は、リアリズムに基づきながらファンタジーが豊かに息づいている、現実と切り返しで夢が描かれ、その現実と夢が対等に存在している美しい映画だと思いました。二人の男女が同じ夢を見るという発想はどこから生まれたのでしょうか?
イルディコー・エニェディ:この二人のキャラクターというのは、人生をどうしても変えていかないと、もう立ち行かない状況にあると思うんです。安全地帯の中から出ていかなければ、今の生活では生き続けていけないという所に追い詰められている。そこで、二人を安全地帯から脱出させる大きな出来事が起きなければならないと思って、この夢をシェアするというアイディアに着地したのですが、自分ではどういう風に思い着いたのかわからないのです(笑)。

OIT:脚本を書く時に、物語が最初にあったというわけではなくて、キャラクターが最初にあったということでしょうか?
イルディコー・エニェディ:そういうことです。

OIT:撮影の現場で脚本を変えたりすることはなかったですか?
イルディコー・エニェディ:通常ですと、私の場合、撮影中に脚本を書き加えたり、書き直したり、編集段階でも脚本を変えたりということをするのですが、今回に関しては、ほとんどそういうことがありませんでした。今回は、脚本のドラフト(初稿)もいつもより全然短くて、たった4週間で書き上げたんです。第二稿でもほんの少ししか直していません。

OIT:撮影の期間はどれ位あったのですか?
イルディコー・エニェディ:リハーサルは別として、38日間です。リハーサルは、撮影の前に、実際の場所ではなく、俳優たちと集まって行いました。


『心と体と』
英題:On Body and Soul

4月14日(土)より新宿シネマカリテ、池袋シネマ・ロサほか全国順次公開

監督・脚本:イルディコー・エニェディ
製作:モニカ・メーチ、アンドラーシュ・ムヒ、エルヌー・メシュテルハーズィ
撮影監督:マーテー・ヘルバイ
編集:カーロイ・サライ
作曲:アーダーム・バラージュ
音響:ペーテル・ルカーチ
美術:イモラ・ラーング
衣装デザイン:ユディット・シンコヴィチ
出演:アレクサンドラ・ボルベーイ、ゲーザ・モルチャーニ、レーカ・テンキ、エルヴィン・ナジ

2017(C)INFORG - M&M FILM

2017年/ハンガリー/ハンガリー語/116分/カラー/スコープサイズ/5.1ch
配給:サンリス

『心と体と』
オフィシャルサイト
http://www.senlis.co.jp/
kokoroto-karadato/
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