TIFF2012 第25回東京国際映画祭:『テセウスの船』『GFP BUNNY -タリウム少女のプログラム-』『フラッシュバックメモリーズ3D』、そして『最後の羊飼い』

上原輝樹
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映画祭が終わった今思い返してみると、最初に見た『テセウスの船』(コンペティション部門)に、今年上映された幾つかの作品と深く共振する重要なテーマを見出すことができる。端的に言うと、それは"進化とは何か?"という問いかけ、あるいは、自問と言っても良いかも知れない。

アーナンド・ガーンディー監督の『テセウスの船』(インド)は、三話で構成されている。盲目の女性カメラマン(アイーダ・エル・カーシフ)が治療によって視力を回復するが、目が見えない時に撮っていたインパクトのある写真が撮れなくなる第一話、製薬会社が行う動物実験に反対する僧侶が、薬剤治療を受けなければ助からない病気に罹り、自らの信念か死か、二者択一を迫られることになる第二話、患者に無断で臓器を取り出し、先進国のドナー希望者に売りつける"臓器売買ビジネス"が暗躍するムンバイで、これを正そうと行動を起こす若者が直面する道徳的ジレンマを描く第三話、いずれも医療技術の進歩とその代償を描くことで、現代社会に生きる私たちが直面している道徳的、倫理的危機を浮き彫りにしている。

タイトルの"テセウスの船"とは、船の一部を修理するために部品を入れ替えていくと、いずれ元の部品は全て新しい部品に入れ替わっているという、アイデンティティの同一性と変化についてのパラドックスだが、ガーンディー監督は、人間の細胞は7年間で全て入れ替わるという説に着目し、"臓器移植"という先端医療を巡る考察を展開する。

『テセウスの船』は、内容の興味深さに加えて、一話毎にスタイルを変えた映像表現(撮影監督パンカジ・クマールが最優秀芸術貢献賞を受賞)で見る者を楽しませてくれる。第一話の盲目の女性カメラマンがカメラの音声ガイドに沿ってシャッターを切る瞬間のスタイリッシュな演出や、第三話の、『シティ・オブ・ゴッド』(02)のファヴェーラ以上のスラム街と言えそうな、山の斜面に建てられた街の狭い路地に入り込んで行く道程の臨場感など見応えのあるシーンも多い。第二話で僧侶が吟ずる唄やイギリス+インドのハイブリットなサウンドトラックも良い。上映後のQ&Aで、日本語を少し解するガーンディー監督が、誰かが"モノガタリ"と言ったのを聞いて、"トウキョウモノガタリ"や"ウゲツモノガタリ"を想い出しましたと笑顔を見せる、インドの俊英の今後が楽しみだ。

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『テセウスの船』で描かれた変化するアイデンティティというテーマは、土屋豊監督の『GFP BUNNY -タリウム少女のプログラム-』において、よりドラスティックに、ストレートに、エクストリームに展開され、アイデンティティは変化するのみならず"進化"する、しかも進化する主体は技術だけではなく"人間それ自体"である、という"新しい人間観"というフィクションが示されている。iPhoneやYouTube、ニコニコ動画、アバター的キャラクターなどを活用したデジタルシネマ表現の実験としても成功しており、GFP BUNNYの"輝く"色彩が炸裂するポップなルックに込められた痛烈な現代文明批判は実に痛快だ。

もちろん、「GFP BUNNY」とは、ブラジル出身のアーティスト、エドワルド・カッツによるクラゲの蛍光物質を作る遺伝子を埋め込まれて生まれた、暗闇で緑色に光るウサギ、2000年に発表された遺伝子組み換え作品「アルバ」を直接的に参照しており、土屋豊監督の文明批判もエドワルド・カッツのそれを踏襲したものだろう。エドワルド・カッツは、それに先んじる1997年に、自分の足首にマイクロチップを埋め込んだ「タイムカプセル」という作品で世間を騒がせており、それ以来、最も先鋭的なバイオテクノロジーを用いたアーティストとして知られるようになった。(森美術館「医学と芸術展」カタログを参照)

『GFP BUNNY -タリウム少女のプログラム-』で批判に晒されるのは、"人間は生まれながらにして自由なんだ"とか"人間の尊厳は決して冒してはいけない"などと、タリウム少女の現実の生活においてとっくに崩壊している紋切り型を世界の真理であるかのように語る高校教師であったり、"クローン技術は世界の貧困を解決する"と真顔で語るクローン技術研究者であったり、タリウム少女の存在自体を規定する"管理社会"そのものであったりするだろう。ここで展開される批判の数々は、本作の実験的ポップなルックが警告する表層的なこけ脅し感を気持ちよく裏切って一々正鵠を得ているように思え、そのギャップも本作の魅力のひとつと言えるかもしれない。

2012年版のタリウム少女は、チップを身体に埋め込み、"新しい人間"になるべく、虚構の世界の彼方へと飛翔していく。母親を演じた渡辺真起子の青の短パンと青い金魚のエンディングも秀逸だ。そして、虚構の世界における"進化"ではなく、実際のオーディオ/ヴィジュアル表現において"進化"を遂げてしまったのが、松江哲明監督の『フラッシュバックメモリーズ3D』である。

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『フラッシュバックメモリーズ3D』は、事故に遭遇し脳に障害を負ったミュージシャン、ディジュリドゥ奏者のGOMAの事故前と後の"フラッシュバック"映像にGOMA & The Jungle Rhythm Sectionのぶっ飛びグルーブの3Dライブ映像をミックスした、『ストップ・メイキング・センス』(84)ばりのダンス天国映画だ。

フェラ・クティのアフロビートを、80年代のトーキング・ヘッズやじゃがたら、90年代クラブシーンを席巻したジャングルビートを経由したツインドラムが繰り出す生の21世紀型ジャングルグルーブに、GOMAのディジュリドゥが疾走しながら浮遊するサウンドが素晴らしい。アボリジニの民族楽器であるディジュリドゥをこのようなダンス/トランスミュージックに組み込むという発想自体が、サウンド的にも思想的にも秀逸だ。

事故で記憶を失ったGOMAにとって、本作でフラッシュバックする過去の映像は、取り外されたコンピュータの外部メモリのように、彼の記憶からは既に失われてしまっている。日々、記憶を失う恐怖に直面しながら生の営みを続けて行く、その姿を、文字通り手で触れられそうな立体的な映像として捉え直し、劇場を祝祭的な空間に変容させてしまう、極めて21世紀的な感触を持った本作の誕生は、デジタル映像史上の"進化"そのものである。

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しかし、こうした"進化"の影で、消え去ろうとしている人々の営みがある。Natural TIFF部門で上映された『最後の羊飼い』は、ミラノで最後のひとりになったといわれる"羊飼い"を生業とするレナート・ズッケッリの、あまりにも豊かな横顔を捉えた魅力溢れるドキュメンタリー映画である。

レナートは生まれながらにして羊飼いの道が決まっていたわけではない。将来は羊飼いになりたいと少年時代から願っていた彼は、両親の反対を押し切って、自らの運命を切り開いた人間だ。レナートは今、何百頭もの羊を放牧する生活を営んでいるが、ミラノの郊外も羊が草を食める土地が年々減少していて、あと何年この仕事を続けられるかわからないと言う。そもそも、昔から羊飼いという職業は、他人の所有地に入って羊に草を食べさせてしまうわけだから、グレーゾーンに存在する生業だった。土地所有が曖昧な時代以前から存在していた職業なのだから、無理もない。そこで、羊飼い同士は暗号を使ってコミュニケートすることで、土地の所有者からの締め付けをかいくぐっていたのだという。レナートはだから、今でもその暗号を使って話すことができる。

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広大な山の斜面で数百頭の羊を意のままに犬を使って動かすレナートは、さながら"山の王様"のようだが、そんなレナートには愛すべき妻と子どもたちがいる。このドキュメンタリーがレナートという人物の魅力を最大限に引き出せているのは、見事なストーリーテラーである妻ルチーアの存在によるところも多い。

圧巻なのは、ミラノの子供たちに、羊飼いの勇姿の姿を見せたいという話になり、ドゥオーモの大聖堂を目指して、数百頭の羊を引き連れて山を降り、郊外へ、そして都心へと交通渋滞を巻き起こしながら行進していくレナート一行の姿である。あまりにも壮観であると同時にシュールなのは、そこに時空の歪みのようなものを見てしまった感覚を覚えるからだろう。この光景自体もまた文明の"進化"が生んだ破格の副産物だと言えそうだが、この羊の群れに驚愕する子供たちの表情がミラノの子供たちの顔から消えて行くのだとしたら、それは随分残念な方向への進化であると言わざるをえない。

いつの時代も、進化には光と影があるものだろう。"進化"そのものに罪はない。問題は、その速度が時に早過ぎることにあるのかもしれない。映画は、時にその影の方を描くことで進化の速度を緩めてきただろうか。そんなことを考えていると、またペドロ・コスタの映画のタイトルになった「何もかえてはならない」というゴダールの言葉が脳裏に甦ってきた。


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『テセウスの船』
原題:Ship of Theseus
 
監督・脚本:アーナンド・ガーンディー
製作:ムケーシュ・シャー、ソーハム・シャー
エグゼクティブ・プロデューサー:ミテーシュ・シャー
撮影監督:パンカジ・クマール
編集:アーデーシュ・プラサード、サンユクター・カザー、サトチト・プラーニク
音響デザイナー:ガボール・エルデリ
作曲:ナレーン・チャンダーワルカル、ベネディクト・テイラー
プロダクション・デザイナー:プージャー・シェーッティー
出演:アイーダ・エル・カーシフ、 ニーラジ・カビ、 ソーハム・シャー

© 2012 Fortissimo Amsterdam

143分/英語、ヒンディー語/Color/2012年/インド

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コンペティション『テセウスの船』
オフィシャルサイト
http://2012.tiff-jp.net/ja/lineup/
works.php?id=23



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コンペティション





『GFP BUNNY─タリウム少女のプログラム─』
 
監督・脚本・編集:土屋 豊
撮影監督:飯塚 諒
録音:田原 勲
制作:太田信吾、岩淵弘樹
衣装:KUMI
メイク:花井麻衣
整音:新垣一平
CG:森 宥綺
助監督:大橋麻実
チーフ助監督:江田剛士
出演:倉持由香、 渡辺真起子、 古舘寛治、 Takahashi

© W-TV OFFICE

82分/日本語/Color/2012年/日本
配給:アップリンク

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日本映画・ある視点『GFP BUNNY─タリウム少女のプログラム─』
オフィシャルサイト
http://2012.tiff-jp.net/ja/lineup/
works.php?id=131



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日本映画・ある視点





『フラッシュバックメモリーズ 3D』
 
監督:松江哲明
プロデューサー:高根順次
撮影監督・3D効果:渡辺知憲
編集:今井大介
編集助手:小守真由美
アニメーション:岩井澤健治
整音:山本タカアキ
録音:中内茂治
音響:内田直之
照明:中久喜"チャキ"正典
映像提供:黒川 貴
出演:GOMA、 辻 コースケ、 田鹿健太、 椎野恭一

© SPACE SHOWER NETWORKS.inc

72分/日本語/Color/2012年 日本
配給:株式会社スポッテッドプロダクションズ

TIFF 第25回東京国際映画祭
コンペティション『フラッシュバックメモリーズ 3D』
オフィシャルサイト
http://2012.tiff-jp.net/ja/lineup/
works.php?id=11



TIFF 第25回東京国際映画祭
コンペティション





『最後の羊飼い』
原題:The Last Shepherd
 
監督・脚本:マルコ・ボンファンティ
撮影監督:ミケーレ・ダッタナシオ
音楽:ダニロ・カポセノ
編集:ヴァレンティーナ・アンドレオーリ
録音:クラウディオ・バニ
音響:ステファノ・コスタンティーニ
プロデューサー:パオロ・ペリッツァ、フランコ・ボッカ・ジェルシ、アンナ・ゴダーノ
出演:レナート・ズッケッリ、 ピエーロ・ロンバルディ、 ルチーア・ズッケッリ、 パトリツィア・フリゾリ、 ヘディ・クリッサン、 バルバラ・ソッレンティーニ

© Anna Godano / Gagarin / BBProductions / Marco Bonfanti

143分/英語、ヒンディー語/Color/2012年/インド

TIFF 第25回東京国際映画祭
natural TIFF『最後の羊飼い』
オフィシャルサイト
http://2012.tiff-jp.net/ja/lineup/
works.php?id=173



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