第60回ベルリン国際映画祭:レポート(後編)

テキスト:クラウディア
2010.3.10 update
ベルリン映画祭は単純に映画を上映するだけの場ではない。若手映画人養成を目的とするワークショップ・タレントキャンパスや共同制作の機会を提供する企画マーケット、そして世界の映画ビジネスにおいて最重要マーケットのひとつ、ヨーロピアン・フィルムマーケット(EFM)等を併設する映画を巡る催しの複合体、一巨大祭典である。
とはいえ、映画祭の主役はやはり「映画」。
ベルリン映画祭出品作品の特筆すべき点は何と言っても社会派映画の多さであろう。冷戦下に東西陣営の真ん中に創設された映画祭という地理的・歴史的背景が大きく影響し、その時々の世界の趨勢、社会情勢を敏感に反映する問題提起作が多数上映されてきた。今年、特に顕著だったのはイスラム世界に題を取った作品の充実ぶりである。9・11から約10年経ち、ようやく冷静な見地からイスラム教関係の諸問題を映画を通して語り始めることができるようになった、との見方もある。以下、三作品を紹介する。
『When we leave』フェオ・アラダグ
トルコ・ドイツ/119分/2009

ドイツで育ち、欧州の価値観の影響をもかなり受けているであろう25歳のトルコ人女性、ウマイ。イスタンブールのトルコ人男性に嫁いだが、夫の暴力に怯える日々が続く。二人目の子供を妊娠するが秘密裏に堕胎。意を決してべルリンの実家に5歳の子どもと共に舞い戻るが、家族の反応は彼女の期待とは大きく異なっていた。両親が伝統的イスラムの習慣を重視していることは熟知してはいたものの、娘である自分の幸せを望んでくれるとの期待は見事に打ち砕かれた。ウマイを愛してはいるがベルリンにおけるトルコ人コミュニティ内での体面や封建的な価値観を何より重んじる両親と長兄は彼女に夫のもとに戻るよう促す。耐えることが美徳であると。衝突は続く。ウマイは夫が子どもを連れ戻そうとしており両親もそれに協力的であることを知ると、子どもを連れて虐待された女性のためのシェルターへ身を隠す。レストランの調理場での仕事も得、良きドイツ人パートナーも見つかり(これも家族から見れば既婚女性の'姦通'、非常に由々しき事態)、安らかな新しい暮らしを始められたかのようにみえたがそれはあくまでも束の間の安息。一家の体面に傷をつけた彼女をめぐり、家族は「名誉のための」殺害を決行する・・・。

時に愚直なまでに必死に自分の人生を切り拓こうともがく主人公を『愛よりも強く』(2004年のベルリン映画祭金熊賞受賞作。監督はトルコ系ドイツ人ファティ・アキン)のシベル・ケキリが好演。ケキリ自身、トルコ系ドイツ人で、『愛よりも深く』で一躍脚光を浴びると、タブロイド紙がアダルト映画に出演していた過去を暴露、家族に絶縁されるという事態に陥った。ケキリが自身の実体験と重なる主人公を演じることもドイツでは話題のひとつであるには違いない。

いわゆる'名誉殺人'問題を描いた作品である。'名誉殺人'とは女性の婚前交渉や不貞を女性本人のみならず、家族全員の名誉を汚す行為とみなし、その女性を父親や兄弟が殺害する風習と定義できる。イスラム圏でこのむごたらしい殺人が多発していることからイスラム教の教えに基づくかのように信じられているふしがあるが、本作の監督も明言しているように、あくまでも風習であって「コーランにはひと言も書かれていない」。トルコ人人口の多いドイツにおいて、実際にこの作品と同様の事件が数年前に発生しているという。本作では号泣しながらウマイに刃を向ける兄弟を極悪非道な人物には描いていない。彼らには彼らの信念と苦悩があるということも随所に触れられてはいる。しかし他文化に属する人間たちには到底許容できない行為であるのは明らかである。自分たちにとっての何があっても死守すべきものと他の人のそれとが相容れない場合に生じる悲劇。お互いの正義が激しく反目する時、最後は力に訴えるというのはどうみても極論である。

先が読めてしまうストーリー展開ではあるが、最後まで緊張感が続くのは俳優陣の好演と練られた脚本の功。監督はウィーン生まれの女性監督フェオ・アラダグ(Feo Aladag)。テレビドキュメンタリーでは実績を持ち、主に女性に対する暴力を題材としている。長編劇映画第一作となった本作はベルリン映画祭においてヨーロッパの興行団体が欧州内での配給支援を目的とする賞、ヨーロッパシネマ賞を受賞。すでに欧州15カ国以上での配給が決定しているが、同賞の受賞によってさらに広がりを見せるだろう。
『On the Path』ヤスミラ・ジュバニッチ
ボスニア・ヘルツェコビナ、オーストリア、ドイツ、クロアチア/100分/2010

ボスニア紛争時、セルビア兵による集団強姦の被害に遭い、その結果生まれた娘と共に生きる母の深い傷と再生へ一歩踏み出す姿を描いた『サラエボの花』で2006年ベルリン映画祭金熊賞を受賞した、ヤスミナ・ジュバニッチ監督の第二作。

本作も主人公はボスニアを生きる人々である。紛争後、確実に再生しつつもその傷跡が人々の心と生活に未だ深く影を落とすボスニア。フライトアテンダントとして働くルナとパートナー、アマルはともにボスニア紛争孤児であるが、過去の傷を癒やしつつ前向きに幸福な日々を送る。しかしアマルはアルコール中毒ゆえに職を失った後、遠隔地にある保守的なイスラムコミュニティでの仕事に就く。次第にそのコミュニティでの思想に傾倒、そこでこそ平安を得られると言うアマルは生活も極端に禁欲的な原理主義者的なものへ変化してゆく。その変化に戸惑い、怯えるルナ。紛争で負った傷も蘇る。抑圧に満ちた世界には戻りたくない。自分は彼のようには生きられない。別の道を歩むしかない現実を確信し、アマルとの別離を決意する・・・。

本作中でアマルが傾倒するようになるワッハーブとはイスラム原理主義の一派で、紛争後のボスニアで着実に信者を増やしている。非常に厳格で封建的。ジュバニッチ監督はそのメンバーのひとりと知り合い、激しく反発を覚えると同時に興味を抱き、一年かけての入念なリサーチを行う中で彼らとの信頼関係も生まれ、本作の制作にも協力を得るに至った。この作品中で主人公・ルナはこの集団に戸惑い、驚愕し、恐怖を覚えてはいるが、忌むべきテロリストや狂信者としては描かれていない。監督の公平な視点が生きているといえる。監督によると近年、ボスニアでは特に若者たちの間で宗教が重要な位置を占めるようになってきているという。かつての社会主義の価値観は体制の崩壊と共に崩れ去り、(侵略したセルビア側に比して)紛争後のボスニアの不公正な国際的立場に絶望感と不安に駆られている人々が宗教に拠り所を求めているとのことである。

安定したカメラワークと総合的にバランスの取れた作りの本作は映像的にも特筆すべきものこそないが、キャスト陣の卓越した演技と相まって観客にとって近づきやすい作品に仕上がっている。ワッハーブのコミュニティを訪れるルナが捕らわれる恐怖は観客のそれでもある。そして全編を通して見え隠れする「恐怖」がボスニア紛争のトラウマとリンクしていることに気づく時、ラストのルナの決然とした態度が説得力を帯びてくる。ヴェイルに包まれて生きる暮らしがボスニアのイスラム女性にとってはもはや受け入れがたいものである、との決意表明。結果的には無冠に終わったが、コンペティション部門で高評価を博した佳作である。
『Red,White & The Green』ナダール・ダヴォディ
イラン/58分/2009

『チャドルと生きる』で2000年のヴェネチア映画祭金獅子賞を、『オフサイド・ガールズ』(2006)でベルリン映画祭銀熊賞(審査員特別賞)の受賞をはじめ、輝かしい国際的キャリアを誇るイラン人監督ジャファール・パナヒのベルリン渡航申請がイラン当局によって却下された。映画祭の一環として行われるパネルディスカッションへの参加が予定されており、ベルリン映画祭ディレクターの'賓客'としての申請だったのにも関わらずである。

昨年のイラン大統領選挙結果において不正行為があったとして改革派指導者、支持者らが連日のように抗議集会を開き、政府治安当局がそれを弾圧、多数の死傷者が出るという79年のイラン革命以来最悪の騒乱となったのは記憶に新しい。パナヒはこの選挙においては改革派のムサビ候補(元首相)支持を表明していた。抗議行動を行った多くの若者が検挙され、拷問等人道に反する扱いを受けたとの報道が世界を駆け巡った。そして同国のリベラル層(文化人・アーティストはもちろん該当する)への圧力は強まり、逮捕劇が相次いでいる。

イランの知識人(騒乱後、逮捕された者もいる)や多くの一般人に選挙予想について行ったインタビューをもとにして制作されたドキュメンタリー映画『Red,White &The Green』がパノラマ部門で上映された。インタビューは大統領選挙前の三週間の間に首都テヘランにて敢行したという。警官の目を気にしながらのゲリラ的撮影のため、時にカメラのブレも激しく、ほぼインタビューに終始した構成という点でも作品としての完成度は必ずしも高いとは言えないかもしれないが、とにかくイラン国民の生の声、変化への渇望があまりに生々しく圧倒される。そしてその後に勃発した悲劇を思う時、痛々しさを禁じえない。老若男女問わずインタビューの中でほとんどの一般人はムサビ候補の勝利を予想、変化に期待していた。ここテヘランだけなら圧勝だろう、ただ保守的な農村などはそうはいかないかな、、と困惑気味に付け加えながらも。ニュースを通してしか知りえなかった中東の事件がこの58分に凝縮され、一気に現実感をもって伝わってくる。人々は期待し、失望し、そして無気力へ向かったのであろうか。

ダヴォディ監督はベルリン映画祭に参加、質疑応答も熱を帯びた。(パナヒ監督は来られなかった)ベルリンへ自分は来られているのはなぜかわからない。そして帰国後自分に何か待ち受けているかどうかも。ジャーナリストでもあるダヴォディ監督が当局にマークされているであろうことは想像に難くない。イランの人々はあの選挙後、変化への希望を失ってしまったのか。ドイツ人観客から質問が飛ぶ。監督の答えは「イランは本当にひどいことになってしまっている」。会場内での質疑応答は制限時間を迎えても止むことなく、場外でも続けられた。監督と観客が真摯に意見を交し合っていた。

映画祭後、劇中インタビューにも登場していたパナヒ監督の逮捕が報じられ、ベルリン映画祭はディレクター名で公式に抗議の声明を出した。「世界的な賞を獲得してきた監督が、その作品のために逮捕されたことを憂慮する」。
『The Actresses』イ・ジェヨン
韓国/104分/2009

最後に肩肘の張らない意欲作をひとつ紹介したい。

韓国を代表すると言っても過言ではない、20代から60代までの6人の女優 <ユン・ヨジョン、イ・ミスク、コ・ヒョンジョン、チェ・ジウ、キム・ミニ、キム・オクピン>が実名で登場し、虚実織り交ぜたやりとりを繰り広げるフェイク・ドキュメンタリー。ファッション誌『ヴォーグ』の特集撮影のためクリスマスイブに6人の女優が一堂に会した。常に'自分こそが'注目を浴びることに慣れている彼女たちの間には当然、緊迫した雰囲気が漂う。牽制、挑発、いくつかの神経戦。撮影はコンセプトの鍵となる宝石が届かず遅れに遅れ、彼女たちだけのクリスマスパーティとなり、ゆるい座談会の様相を呈してゆく・・。

監督は女性の繊細な心理描写に卓越しているイ・ジェヨン。美意識の高い監督としても知られている(ぺ・ヨンジュン主演『スキャンダル』の映像美、嘆息ものの李朝家具や装飾品を思い出して欲しい)。本作もカット割りや音楽、映像、非常にスタイリッシュに仕上がっている。イ監督はあるインタビューで、「女優たちと普段個人的に接していて、個性的な彼女たちの姿を1人で見ているのは惜しいなと思った」と製作の動機を語った。キャスト6人は共同脚本家としても名を連ねている。大筋の脚本はあったものの、撮影現場でのアドリブも少なくはなかったそうだ。楽譜が決まっているオーケストラ演奏ではなく、ジャズのジャムセッションのようにしたかったというイ監督。その思惑どおりはたしてどこまでが脚本どおりの演技なのか、観ている側には判別がつかない。そして観客はその推理をも楽しむ仕掛けとなっている。

前半は各人のプライドがぶつかり合う緊張感漲る展開であるが、最後はワイン片手の'ガールズ・トーク'へ。女性タレントたちが自然体でおしゃべりに興じる日本の某トーク番組を思い出す。女優ならではの傍目にはくだらない虚栄心やそれに気を揉む周囲の姿がコミカルに描かれていて小気味良い。韓国国内でもチェ・ジウの'韓流スター'として日本で絶大なる人気を誇っている事実は有名なようで、それを揶揄する挿話はかなり笑える。どことなく浮いている設定のチェ・ジウ(これもどこまでが「脚本」なのだろうか?)。そして後半、ある女優が離婚経験とそれによって生じた社会的「制裁」や払わなければならなかった代償をかなり具体的に、少々涙ぐみながら語り、各人が女優として生きることの不自由さを口々に呟く場面では驚くほど心揺さぶられる。これらのシーンが決して湿っぽくならないのは監督の力量とセンスであろう。どこの国でも女性としてショービジネス界で活動するのはそれなりの苦心があるに違いないが、他国に較べ、韓国の女優の自殺のニュースを見聞きすることが多いのは気のせいだろうか、などという思いがふと脳裏を掠めた。

言うまでもなく本作を満喫できるかどうかは韓国映画に馴染みがあるかないかどうかに因るところが大きい。韓国以外では日本がメインなターゲットだとのことである(年内公開予定)。また都会的・小洒落過ぎていて観客を選ぶきらいもある。とはいえ肩の力を抜いて、スタイリッシュな映像と女優たちの文字通りの'競演'を堪能するのは単純にかなりの快感である。それにしても冒頭、素顔で登場する女優のメイク後とのギャップは衝撃的であった・・・。
『シン・レッド・ライン』© Berlinale
*付記

新作を追いかけるのが精一杯、というのが巨大映画祭の常であるが、ベルリンのレトロスペクイティブ部門の充実ぶりは定評がある。
今年の60周年記念レトロスペクティブ'PLAY it again...!'はかつてベルリンで上映された40本余りの名作が贅沢に勢揃いした、映画好きにはまさに垂涎もののプログラムであった。

『愛のコリーダ』大島渚、『生きる』黒澤明、『夜』ミケランジェロ・アントニオーニ、『河』ジャン・ルノワール、『勝手にしやがれ』ジャン・リュック・ゴダール、『スリ』ロベール・ブレッソン、『ディア・ハンター』マイケル・チミノ、『マリア・ブラウンの結婚』ライナー・ヴェルナー・ファスヴェンダー、『欲望の法則』ペドロ・アルモドヴァル、『赤いコーリャン』チャン・イーモウ、『セントラル・ステーション』ウォルター・サレス、『シン・レッド・ライン』テレンス・マリック、『マグノリア』ポール・トーマス・アンダーソン・・・

かつてベルリンで「仕事で来ているのでなかったら、ひたすらレトロスペクティブに通い続ける」と真顔で言っていた記者がいた。
激しく同感である。
『欲望の法則』© Berlinale


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