OUTSIDE IN TOKYO
TALK SHOW

佐藤優『マルクス・エンゲルス』トークショー

6. 資本論を3回翻訳した高畠素之は、ナチスよりもイタリアのファシズムよりも早く
 国家社会主義っていうことを言い出した

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マルクスが就職出来なかったのはね、あまりにもひどい字だったから。ソ連時代にはソ連と東ドイツが共同で完全版マルクス・エンゲルス全集っていうのを作ったわけ。その一回目の企画をしたら、マルクスの考え方、エンゲルスの考え方が、スターリンと合わなかった、だからこの全集を作ってた人は銃殺されて、全集も途中で頓挫した。1970年代から作り始めて、全100巻計画、各2分冊だから200巻計画だったんだけれども、98巻ぐらいの時にソ連が崩壊しちゃった。今細々とそのプロジェクトは、日本の大学の先生が加わったりして継続しているけれども、ソ連ではマルクスの筆跡を読める専門家っていうのを古文書大学というところで養成してる。そこで特別な訓練を受けないと読めないくらいすごい字なんだよね。

マルクスとの関係においてはもう一人言及しておきたい人がいる。それは日本で一番最初に資本論を翻訳した人なんだけど、ほとんど忘れられてる、高畠素之(たかばたけ もとゆき)っていう人なんだ。彼は、資本論は三回翻訳してる。一回目は大鐙閣(たいとうかく)っていうところから出版している。関東大震災まではものすごい影響力のあった出版社だったけれども、関東大震災で日本の出版界の地図が全部入れ替わるのね。それで関東大震災の前からあったんだけど、関東大震災ですごい力をつけた、そのあとも状況の中で力をつけたのが新潮社なんだ。当時は新潮出版といっていた。

この新潮社から高畠素之は二回目の改訳した資本論を出す、これは立派な装丁でその場に書きこむ余白もたくさんある。それから第三版が、値段は新潮社版の4分の1くらいになってね、昭和の初めに改造社って出版社から出る。この出版社は、今の雰囲気で言うと大胆に広告をうってビジネスをしていく幻冬社みたいな出版社。この幻冬社みたいな出版社から廉価版で高畠版の資本論が出るんだけれども、活字が詰まりすぎていて書き込みが不自由なんで、新潮社版っていうのは戦前においてもすごく重宝された。この高畠素之は同志社大学の神学部の(私の)先輩なんだ、元々は群馬県安中の出身でね、同級生が「一人一殺」っていうのを書いた戦前の有名なテロリストの井上日召(にっしょう)。(高畠は)同志社の神学部に入った時、無政府主義者になって、最初はキリスト教社会主義だったんだけど、同志社を放逐されて、『清玄の福音』という本で、なんで皇室は自由に結婚できないんだっていうことを書いて不敬罪で捕まって刑務所に入る。その時に資本論を差し入れてもらって英文で読み始めた。それで出たあと、売文社っていうところに入って、とにかく文章を売って生きてくんだっていうことで、猛烈にドイツ語の勉強をした、もともと英語はよく出来たから、それで資本論の全訳を3回したわけ。資本論を訳してる内に畳の下が腐って、床の底が抜けかけたって有名な逸話もある。

ところがなんでこの高畠素之をみんな忘れちゃったと思う?資本論を読んでる内に、資本論の論理は正しいけれども、マルクス主義は間違っていると考えるようになった。マルクスは人間の善意を信頼しすぎ、国家を無視しすぎている、ダーウィンの進化論をマルクスはよく理解していなかった、それからハーバート・スペンサーの社会進化論をよく理解していなかった、競争の結果、それに労働者達が反発してプロレタリア革命を行うんじゃなくて、革命を行う奴は自分が特権的な地位を得たいという誘惑にかられている、人間は性悪な存在なんだ、だから性悪な存在である人間は性悪で暴力的である国家によって抑えるしかない、共産主義は間違えてる、社会主義だ、しかも国家によって実現する国家社会主義を実現しようと言った。

ナチスよりもイタリアのファシズムよりも早く国家社会主義っていうことを言い出した。そして、ソ連が出来たあとソ連を大歓迎する、どうしてだと思う?ソ連は赤色帝国主義だった、あれはマルクス主義とは縁もゆかりもなくて、それで共産主義帝国になって共産党の名前の下でものすごい暴力装置を持って格差の是正をしてる、素晴らしい制度だと。イタリアのファシズムと並んで赤色帝国主義のソ連はいい制度で、ああいう風に日本を変えたい、その為には陸軍に期待したい。それで宇垣一成(うがき かずしげ)っていう陸軍大将と接近して、軍隊による日本の国家改造をやると、日本は背筋がピシッと伸びて平等が実現され、そういういい国になると、こういう風に考えたわけだな。ところが幸いにして1926年に死んじゃったんだよね、42歳かなんかで。彼はものすごい頭が良く、その後の日本の国家社会主義運動やファシズム運動は高畠素之の変形みたいなもの。


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