『ウルトラミラクルラブストーリー』

上原輝樹
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 "動物は皆すべて、一生懸命に生きている、そうしなければ今ここに存在することはできないから。
 人間もその例外ではない。"
長谷川眞理子(人類学者/行動生態学者)


『ウルトラミラクルラブストーリー』は、主人公の陽人<松山ケンイチ>が、東京から来た保育園の町子先生<麻生久美子>に命がけの恋をするラブストーリーだ。太古の昔から、人はいかなる障害も乗り越えて"恋"を成就すべく、ありとあらゆる手段を講じてきた。原人的な生命力漲る陽人もその例外ではない。この陽人の古典的とも言える"恋"が、映画の縦糸となり馬のように疾走して物語を牽引するが、必ずしもラブストーリー的とは言えない幾つもの作家的関心領域が、脳のニューロンのように多点的に自由に立ち上がっては暴れ回り、複雑さを放棄しない志の高さが本作を貫く。

観客は、陽人が"ちょっと変わっている"ことを、彼の言動全般から推測し、映画終盤の「彼の脳味噌は人より少し小さかったらしい」という町子先生のモノローグによって、いずれ決定的に知らされる。多動性障害ゆえの、陽人の傍若無人な振る舞いは、だからと言ってことさら擁護されたり、賞賛されたりしているわけではなく、ただただ映画に生のエネルギーを撒き散らしているように見える。それは戦後間もない東京を舞台に作られた小津安二郎の『長屋紳士録』をはじめ、一昔も二昔も前の日本映画に登場した野性味溢れる子どもたちを思わせ、ほとんど"野放し"に見える保育園児たちの野蛮なエネルギーと拮抗して、序盤から映画の自由度を飛躍的に高めている。観客は何が起きても驚かないぞ、という心構えで序盤から映画を観ることが出来、映画の作りとしては、誠実この上ない。

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人よりも小さめな脳の持ち主を、さらりと、しかも地に足がついた人物造形に取り込んでしまう監督の野性的な知性は、"戦争""恐怖""進化"といった現代社会のオブセッションをも恋人同士の会話に紛れ込ませ、強烈な批判精神を働かせながらラブストーリーを大きく動かしていく。「戦争は恐怖のひとつの形態。人は恐怖によって進化する」と東京出身の町子先生に語らせ、町子先生に好かれたい陽人は、農薬を浴びることで多動性の過剰なエネルギーを消尽する、つまりは、命を削る。町子先生と丁度いい感じにしっぽりとした会話が出来る程度に生命力が弱まった陽人は、それを自分の"進歩"だと思い込むようになる。本人も知らぬうちに、そのように陽人を追い込んでしまう町子先生は、実はとんでもないファム・ファタールなのだが、麻生久美子が絶妙な案配でファム・ファタール感を消しつつも、ある種あっけらかんとした不気味さを漂わせ、横浜監督と共に原人殺しの完全犯罪を成立させている。その乾いた不気味さは、スクリーンに堂々と文字通り臆面もなく登場する町子先生の首が無くなった元恋人へと引き継がれていく。

『ウルトラミラクルラブストーリー』が、文字通りラブストーリーであることは間違いないとして、実は、同時に恐怖映画でもあるのだということを、映画終盤の麻生久美子の薄ら笑いを目撃した時に気付いても、もう遅いというものだ。そもそも、その疑念は、映画冒頭の目覚まし時計のポリフォニックな響き、農薬を撒き散らすヘリコプターの轟音に、アフリカのCHANTのような津軽弁ノイズが加わった開巻早々から始まっていたのだが、いずれ、客席に電流が流れたかのような音量で大友良英の爆音ギターが鳴り響く頃には、映画作家横浜聡子が提示してみせる古典的なラブストーリーと過激なまでの作家性が魅力的に両立する『ウルトラミラクルラブストーリー』の恐怖映画的な暗さは誰の目にも明らかになっていることだろう。

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最期には、ラブストーリー的通俗さを突き抜け、びっくりするほど野性味溢れる官能的なシーンが用意されているが、これは2009年の数ある邦画の中でも最も有名なエンディングになるだろうから、敢えてここでは触れまい。最期の最期まで小さくまとまらない多様性が本作の面白さだが、そのコアには、松山ケンイチが楽しげに弾けて演じた青森原人の"一生懸命"な生命の疾走がある。人類学者の長谷川眞理子は、"一生懸命さ"とは、「過酷な生存競争を生き抜かなければ生き残れない動物全般の生存の為の大前提であり、それは人間でも同じこと」(※)だと語っているが、便利な現代に生きる我々はそのことを忘れてしまう。などと忘れていられたのは、一昔前の話で、全く安穏としていられる時代ではないワイルドな時代"現代"の映画作家、横浜聡子はその事を良く知っているようだ。彼女が創り上げた青森原人神話は、その"一生懸命さ"を私たちひとりひとりの喉元に突きつけてくる。


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『ウルトラミラクルラブストーリー』

5月30日(土)より青森県内先行ロードショー
6月6日(土)よりユーロスペース、シネカノン有楽町2丁目、シネマート新宿ほかにて全国順次ロードショー

監督・脚本:横浜聡子
原作:横浜聡子「ウルトラミラクルラブストーリー」角川書店刊
プロデューサー:中野朝子、土井智生
撮影:近藤龍人
照明:藤井勇
録音:加藤大和
美術:杉本亮
装飾:酒井拓磨
編集:普嶋信一
衣裳:伊賀大介、荒木里江
ヘアメイク:清水ちえこ
音楽:大友良英
記録:奥定正掌
助監督:野尻克己
製作担当:福井一夫
エンディングテーマ:100s「そりゃそうだ」(FIVE D plus/avex entertainment Inc.)
出演:松山ケンイチ、麻生久美子、ノゾエ征爾、ARATA、藤田弓子、原田芳雄、渡辺美佐子

製作:「ウルトラミラクルラブストーリー」製作委員会
製作プロダクション:リトルモア、フィルムメイカーズ
協力:青森フィルムコミッション、青森市
支援:文化庁
配給・宣伝:リトルモア
配給協力:日活
宣伝協力:Lem
2009/日本/35mm/120分/アメリカンヴィスタ/カラー/DTSステレオ
© 2009『ウルトラミラクルラブストーリー』製作委員会

『ウルトラミラクルラブストーリー』
オフィシャルサイト
http://www.umls.jp/


横浜監督インタヴュー



NHK総合「爆笑問題のニッポンの教養」2009年5月19日放送より
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