『メランコリア』@カンヌ国際映画祭2011

クラウディア
0608_1_01.jpg

デンマークを代表する映画監督、ラース・フォン・トリアーは2000年『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で最高賞パルムドールを受賞、カンヌ映画祭コンペティション入りは本作で9作目となる'カンヌ常連監督'のひとりである。そのエキセントリックな言動はともかく、独特の映像感覚と、人間の奥底にある暗部を彼ならではの毒をもって表現する術を心得ている、傑出した鬼才であることにどこからも異論は出ないであろう。

『メランコリア』は冒頭から強烈である。しかしこれまでのトリアー作品とは一風趣きを異にした強烈さである。惑星メランコリアが地球に衝突する直前の終末を描いた冒頭。鳥たちが空中からばたばたと落下し、馬がスローモーションで倒れる。陶然とした表情のキルステン・ダンスト。ワーグナーの交響曲をバックに、たとえようもなく幻想的で壮大な世界が展開される。きわめて詩的かつ荘厳ですらある、まさに圧巻の数分間。圧倒的な映像美が画面を支配し、映像を堪能する喜びに酔いしれた。

0608_1_04.jpg

本作においては巨大な惑星"メランコリア"が時速10万kmのスピードで地球に接近する世界の<終末>が、ある姉妹とその家族の日常を通して描かれる。"メランコリア"という単語には"うつ病"という意味もある。トリアー監督は自身も数年来うつ病に悩まされていることを告白、そしてメランコリーなしでは彼の芸術は生まれないとも言っている。トリアー監督が身を削って芸術作品を生み出すタイプなのは見る人が見れば明らかである。『メランコリア』は第一部「JUSTINE」と第二部「CLAIRE」の二部構成。キルステン・ダンスト扮する妹・ジャスティーンとシャルロット・ゲンスブール演ずるところの姉・クレア(このふたりが姉妹なのはどうにも無理があるようにみえて仕方がなかった、との意見も多い。容貌、英語のアクセント。たしかに。が、まあそれはともかく)が物語の軸となる。圧巻の冒頭シーンを経て、物語はジャスティーンの結婚式から始まる。若く美しく、一見ごく普通の女性にみえるジャスティーンであるが、物語の進行とともに奇異な行動が重なり、精神的に病んでいることがあらわになってくる。ひと癖もふた癖もある、彼女を取り巻く人たち――離婚した両親(ジョン・ハートとシャルロット・ランプリング)、クレアの夫(キーファー・サザーランド)、傲慢きわまりないジャスティーンの職場の社長(ステラン・スカルスゲールド)――の'トリアー節'とでも言いたくなるようなやり切れない言動・行動がダークな苦笑を呼び、鬱蒼としたモードが充満、観客をメランコリーなモードへと誘(いざな)う。そして第二部へ。この先からのダンストが見ものである。痛々しくいかにも危うくて儚げな、鬱に苛まれる女性を熱演、主演女優賞も納得の渾身の演技で新境地を切り拓いた。ちなみに姉役のゲンスブールもトリアー監督の前作『アンチクライスト』(2009)で女優賞を受賞している。トリアー監督によると「ジャスティーンは自分の分身」。そして「そんな自分の行いを監視してくれる'警察官'のような存在」であるクレアが第二部では鬱に苦しむ妹を献身的に支えようとする。

0608_1_02.jpg

冒頭のみならず、終始映像がこの鬼才の天才ぶりを如何なく知らしめている作品である。スウェーデンの邸宅をはじめ、舞台として選んだ場所はこれ以上ないくらいのロケーションで、寥寂感・優美さと不吉さを湛え、まさに寓話の世界そのもの。海辺の屋敷の結婚式で惑星 "メランコリア"の接近を感知した新婦・ジャスティーンは猛烈なメランコリーに襲われる。と同時に不思議な安堵感にも満たされてゆく。トリアー監督は「本作においては事象としての世界の終わりそのものにではなく、その時の人々の精神状態に焦点を当てた」と語っている。惑星衝突が近づく中、ブランデーをラッパ飲みし、裸で月光浴をするジャスティーン。この自暴自棄ともモラルの冒涜ともいえる行為はトリアーが焦点を当てたという、終末における'人々の精神状態'の暗示であろう。そして妖しく象徴的に輝く月をはじめ、この一連の終末の光景が息をのむほど美しく、観る者を動揺させる。もちろん単純な美しさではない。凶兆を暗示してやまない妖美の極みである。

0608_1_03.jpg

トリアー監督独特の不条理かつ挑発的な世界が全開の本作、各紙の紹介文には '終末SFスリラー映画'などと書かれていたりもするが、その表現から喚起されるであろう種類の作品とは大きく異なっている。『アルマゲドン』等、ハリウッドでこれでもかというくらい量産されてきたテーマをトリアーならではの手法で切り取り、彼でしか成しえない形に昇華している。人間の心理的崩壊と魂の救済をまさにトリアー流の映像で浮彫にし、全編を通じて物憂さとスケール感が共存する非常にユニークな作品となった。人となりがどうであれ、その作品を持ってして十分過ぎる力量を示すことのできる稀有な監督による傑作である。今回のカンヌでは舌禍事件で話題となってしまったのが残念でならない。


『メランコリア』@カンヌ国際映画祭2011について、皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
なお、ご投稿頂いたものを掲載するか否かの判断については、
OUTSIDE IN TOKYO 編集部の判断に一任頂きますので、ご了承ください。





Comment(2)

Posted by PineWood | 2015.06.02

手作り感のする(アンチ・クライスト)、冒頭のスローモーション映像から時の移ろいに引き込む(メランコリア)、性の問題に挑発的な映画(ニンフォマニアック)などトリアー監督の歩みがスウェーデン映画の名手イングマール・ベルイマン監督とオーバーラップしてきます。

Posted by Delonte | 2011.07.13

Superbly illuminating data here, tahnks!

『メランコリア』
原題:Melancholia

2月17日(金)全国ロードショー

監督・脚本:ラース・フォン・トリアー
出演:キルステン・ダンスト、シャルロット・ゲンスブール、キーファー・サザーランド、ジョン・ハート、シャルロット・ランプリング、ステラン・スカルスゲールド

Photo by Christian Geisnaes

2011年/デンマーク・スウェーデン・フランス・ドイツ合作/135分/カラー
配給:ブロードメディア・スタジオ

『メランコリア』
オフィシャルサイト
http://melancholia.jp/


カンヌ国際映画祭2011:
セレクティッド・レビュー
印刷