『キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語』

上原輝樹
darnell_01.jpg

バラク・オバマがアメリカ合衆国の大統領選挙に勝利した、丁度その一ヶ月後に全米で公開された『キャデラック・レコード』は、オバマ大統領が弁護士〜上院議員時代を過ごしたシカゴの中でも、うらぶれた街の一角を舞台にレコード会社<チェス・レコード>の栄枯盛衰を描いた物語だが、アメリカで史上初めて、アフリカン・アメリカンの大統領が誕生するのだという興奮は、この映画では共有されているはずもない。同じシカゴでも、"プレ・ソウル"時代のダウンタウンにある<チェス・レコード>を描いた本作と"ポスト・ソウル"世代(※)に属するバラク・オバマが活躍する環境は地域も時代も違い過ぎる。むしろ、映画全編を覆うのは、ブルース(憂鬱)のフィーリングだ。

ビヨンセが出演しているからといって『ドリーム・ガールズ』ほど、エンターテイメントな仕上がりではなく、レイ・チャールズの生き様を毀誉褒貶も含めて、モダンな映像で見事に描いたテイラー・ハックフォードの『レイ』ほどのクールさもない。そもそも映画のストーリーテリングや画面構成、編集といった技術面に相当粗さが目立つのだが、実は、そうしたディテイルを詰め切れない、その"至らなさ"が、<チェス・レコード>のポップ・ミュージックのパイオニアとしての"憂鬱"とこの時代の暗さを結果的には正しく伝えているように思えてならない。

darnell_02.jpg

アメリカの黒人受難の歴史、そのものであるブルース・フィーリングに彩られた『キャデラック・レコード』は、それでも、この映画の最も重要でコアな部分"音楽"自体の魅力で観るものを熱くさせてくれる。ローリング・ストーンズ、ボブ・ディラン、アレサ・フランクリンなど超大物アーチストたちと共演し、プロデューサーとしてグラミー賞も受賞している、世界有数のドラマー/作曲家、スティーブ・ジョーダンが音楽プロデューサーを務め、マディ・ウォーターズ、エタ・ジェームス、チャック・ベリー、ハウリン・ウルフらの名曲を、それぞれの役を演じるジェフリー・ライト、ビヨンセ・ノウルズ、モス・デフ、イーモン・ウォーカーらに実際に唄わせて新録しているところが面白い。

darnell_03.jpg

ビヨンセとモス・デフはミュージシャンだから当然として、カメレオン俳優ジェフリー・ライトの唄いっぷりは、ジャック・ブラック並みの上手さでびっくりさせられるという程ではないものの、充分に見事なパフォーマンスで楽しませてくれる。むしろ俳優のパフォーマンスで本作最大の驚きは、ハウリン・ウルフを演じるイーモン・ウォーカーの圧倒的な存在感だ。子どもの時に、墓場で吠え続けていたからその名がついたという、とんでもエピソードが披露されるハウリン・ウルフのイメージに相応しい"凶暴さ"と"威厳"を漂わせ、当時ライバル関係にあった、マディ・ウォーターズとの対決が描かれるシーンは、本作中盤のクライマックスを形成している。この二人の対立や、マディの意外に狡猾な一面、リトル・ウォルターの破滅型の人生、エタ・ジェームスの悲しい生い立ちといった、今まであまり一般には知られていない伝説の数々が描かれているのも本作の魅力に違いない。CDやレコードで彼らの音楽を聴いてきた音楽好きでも、こうしたエピソードまでは中々知ることが無い。これは、ひとりひとりのミュージシャンについて、何冊もの伝記を読んで調べ上げ、脚本にまとめ上げたというダーネル・マーティン監督の功績だ。

darnell_04.jpgニューヨーク、ブロンクス出身のダーネル・マーティン監督は、ハリウッドのメジャースタジオ(コロンビア・ピクチャーズ)が初めて長編映画(1994年『I Like It Like That』)を任せたアフリカン・アメリカンの女性監督であると言われているが、ハリウッドに先んじて、その2年前にはニューヨークのブルックリンでスパイク・リーが『マルコムX』を完成させている。<チェス・レコード>が創り上げた"シカゴ・ブルース"の黒い潮流が、やがて国境を超えて、ローリング・ストーンズの音楽の源流となったように、映画の世界でも、80年代にインディーで映画を作り始めた"ポスト・ソウル"世代のスパイク・リー、さらに遡って、70年代のマリオ・ヴァン・ピープルス(『スウィート・スウィートバック』)らの功績に思いを馳せながら、ヒッポホップカルチャーの影響で現在絶大な影響力を持つビヨンセ・ノウルズのような人物が本作で行ったように、アフリカン・アメリカンの映画をプロデュースしていくのであれば、その先には、新たな"ポスト・ソウル"世代以降の映画作家たちが登場してくるに違いない。ダーネル・マーティン監督が、そうした"希望"のひとりとなっていくのか、今後の活躍に期待したい。


『キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語』について、皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
なお、ご投稿頂いたものを掲載するか否かの判断については、
OUTSIDE IN TOKYO 編集部の判断に一任頂きますので、ご了承ください。





Comment(0)

『キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語』
原題:Cadillac Records

8月15日(土)より新宿ピカデリー、恵比寿ガーデンシネマほか全国順次ロードショー

監督・脚本:ダーネル・マーティン
製作:アンドリュー・ラック、ソフィア・ソンダーヴァン
製作総指揮:ビヨンセ・ノウルズ、マーク・レヴィン
共同製作・製作補:ペトラ・ホーベル
作曲:テレンス・ブランチャード
ミュージック・ブロデューサー:スティーヴ・ジョーダン
編集:ピーター・C・フランク、A.C.E.
撮影:アナスタス・ミコス、ASC
美術:リンダ・バートン
衣装:ジョネッタ・ブーン
キャスティング:キンバリー・R・ハーディン
出演:エイドリアン・ブロディ、ジェフリー・ライト、ビヨンセ・ノウルズ 、コロンバス・ショート、モス・デフ、セドリック・ジ・エンターテイナー、イーモン・ウォーカー、ガブリエル・ユニオン、エマヌエル・シュリーキーほか

2008年/アメリカ/カラー/スコープサイズ/SDDS、ドルビーデジタル/1時間48分
配給:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント

『キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語
オフィシャルサイト
http://www.sonypictures.jp/
movies/cadillacrecords/



※"ポスト・ソウル"世代とは?
印刷