『我らの生活』

鍛冶紀子
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画面に親密感のある映画だ。手ブレのある映像がときに、ホームビデオのようなプライベート感を生んでいる。特に、家族を中心に据えた前半がいい。幸せな家族の日常がイタリアらしい太陽の光の下、テンポよく切り取られていく。その一方で、主人公のクラウディオ(エリオ・ジェルマーノ)が働く建設現場にはどことなく不穏な空気があって、わずかではあるがサスペンスの様相を呈している。この「家族の日常」と「建設現場での日々」が柱となって物語は進んでいく。

建設現場で働くクラウディオと、三人目の子供を妊娠中の妻。まだ幼い二人の息子。休日の朝、夫婦はベッドの上でまどろみながら、お気に入りの曲を合唱する。二人は未だ恋人同士の空気を放ち、見るからに幸せそう。ある日、クラウディオは建設現場で男の遺体を発見する。それは夜警として働くルーマニアからの不法移民だった。警察に通報すれば不法移民である他の作業員たちも職を追われることになる。工事もストップし、納期に間に合わなくなる。悩んだ末、クラウディオは男の死を黙殺する。

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週末になると、一家は海辺に暮らす姉夫婦の家を訪れる。しっかりものの姉、やさしい兄、そしてクラウディオ。親戚一同で食事をし、海辺でまどろむ。遠くにいる妻を見つめる幸福感に満ちたシーンは、やがて訪れる「妻の死」を知っている我々にとっては悲しい余韻を残す。かつて妻と一緒に歌ったあの歌を、泣き叫ぶように歌うクラウディオ、光に満ちた前半の映像が、慟哭するクラウディオの姿をより絶望的なものにする。

幸せはある日突然終わりを告げ、強制的に次なる人生のステージへと移動を迫られる。しかし気持ちの整理はそう簡単につくものではない。クラウディオは自分を仕事に追い込むことで妻の死から逃れようとする。そしてより大きな仕事を得るため、かつて目にしたルーマニア人の死を利用してしまう。そうして得た新しい現場は下請けには不利な条件が多く、イタリア人の職工たちに払うだけのお金がないため作業員はすべて不法移民、初期投資は麻薬のディーラーである知人に頼み込んで工面する。明らかに綱渡りの仕事っぷりに、前半の幸福感はすっかり鳴りを潜める。そんなある日、ルーマニア人の妻と息子がクラウディオを訪ねてくるーー。

物語の中心はあくまでもクラウディオと家族にあるのだが、実は不法移民についての描写が多い映画でもある。近年、イタリアでは不法移民の増加が社会問題となっており、特に多いとされるルーマニアからの移民には強制措置が取られるなど風当たりが強い。不法移民たちは正規の仕事に就くのが難しいことから、安い賃金で建設工事などに従事するケースが多いという。ダニエレ・ルケッティ監督はこうした不法移民の存在を静かにあぶり出す。

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不法移民たちの背景を描くわけでもなく、給料が支払われないことがわかるとあっさり現場を去る彼らを擁護するようなシーンがあるわけでもない。彼らの代わりに現場に入ったイタリア人の職工たちは賃金が高いものの仕事が早く、やっぱり不法移民よりイタリア人だといったオチとも取れるシーンもある。しかし、観る者にしこりのような違和感を残す。それは例えば、ルーマニア人の妻が言う「イタリア人はみんな金があれば幸せだと思っている」という台詞や、クラウディオが不法移民の死を告白するときに言う「仕方がない」という台詞に因っている。

また、父親として奮闘するクラウディオも決してよき父親とは言えず、大人げない態度をルーマニア人の息子にたしなめられたり、近所のアフリカ人の女性(彼女もまた不法移民であろう)の助けなくして息子たちを育てる事ができなかったりする。つまり、不法移民の側に道徳的正しさがあったり、不法移民の存在なくしてイタリア人の生活が回らないことの縮図が描かれている。家族の再生を通して現代のイタリアを客観的に描いた、単なる感動ものではない良作である。夫を亡くしたルーマニア人の妻が、やがてクラウディオの親戚の輪に入るだろうことを予感させるラストには、ふと不法移民の融和を想起させられた。


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Comment(1)

Posted by PineWood | 2015.06.25

妻を喪って慟哭するクラウデイアのシーンが、冒頭からの極私的なホームドラマのようなラブラブ感とは対照的で素晴らしい!泣き叫ぶクラウデイアのプロフィール、その瞳が劇的な光を放つ!その瞳が垣間見た建築現場でのルーマニア移民の男の死体が後半のトーンをリアリステイックなもの、或いは意外なものにしていくー。その逞しさは片足を喪ってから真の人生を生きるであろう(君と歩く世界)でのマリオン・コテヤールとも共通する。
不法移民たちと共生するあたりは、アキ・カウリスマキ監督の(ルアーブルの靴磨き)などにも描かれていた。
ただ、身内の死を知ったルーマニアの家族の青年の胸中を察すると前半のクラウデイアのような激しい慟哭が表出されないだけに複雑な想いにさせられた。問題は提供させられているが解
決策は観客そのものに委ねられる…。

『我らの生活』
原題:LA NOSTRA VITA

三大映画祭週間2012 2012年8月4日(土)〜24日(金)限定3週間ロードショー
 
監督:ダニエレ・ルケッティ
出演:エリオ・ジェルマーノ、ラウル・ボヴァ

2010年/イタリア/98分/カラー
配給:熱帯美術館

三大映画祭週間2012
公式サイト
http://sandaifestival.jp/


三大映画祭週間2012
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