『ル・アーヴルの靴みがき』

クラウディア
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アキ・カウリスマキといえば低く雲が垂れこめたフィンランドを舞台に、厳しい現実をつましく生きる庶民の哀歓をブラックなユーモアと淡々としたセリフ回し、独特の間をもって描く作家として、シネフィルたちの間で根強い人気を博している。今回は『ラ・ヴィ・ド・ボエーム』(1992年日本公開)以来初となる、母国フィンランドを離れての制作ということでも注目されていた。本作『ル・アーヴル』は題名の通り、フランス・ノルマンディー地方の大西洋に臨む港町ル・アーヴルが舞台。戦禍を受けた第二次世界大戦後に再建され、世界遺産に登録されている地区もある町とのことであるが、まずこの町、ル・アーヴルがカウリスマキ作品の醸し出すうらびれた感と絶妙にマッチしていることに開始早々から気づかされる。何か非常に良い予感がする。否が応にも期待は高まる。そしてその予感は正しかった。

主人公・マルセル(アンドレ・ウィルム)はル・アーヴルに暮らす靴磨き。かつてはパリで作家を志したボヘミアンであったが、今は気の良い隣人たちとさりげなく助け合いながら、愛妻(カティ・オウティネン)とささやかで満ち足りた暮らしを営んでいる。妻が重い病で入院したのと前後して、アフリカからの不法移民の少年と出会ったマルセルは、少年をその母が住むロンドンへ逃がすため奔走する。隣人たちも快く協力する......。描かれるのは社会の片隅で生きる人々のつつましき連帯とピュアな隣人愛である。パン屋の女主人をはじめ、隣人たちがそれぞれ実に良い味を出している。隣人たちのみならず、一見強面の警官(ジャン=ピエール・ダルサン)等、登場人物たちが皆、それぞれにちょっとずれていてこの上なくチャーミング。もちろん極悪人は登場しない。本作を見るにつけ、カウリスマキという映画監督はちょっとした幸福感を描き出す技につくづく長けていると再認識せずにはいられない。

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現代のフランスが舞台であるのはもちろん承知していても、'古き良きフランス映画'の時代、1960年代頃かと見まごうような瞬間が多々ある。ジャン=ピエール・メルヴィルやジャック・タチを彷彿させる小粋さが随所に散りばめられているからかもしれない。チャップリンのエッセンスも垣間みられる。撮影監督はカウリスマキ作品常連のティモ・サルミネン。抑えた青・赤といった色調を駆使して、緩めで優しいカウリスマキ・ワールドを映し出している。また新規フランス人キャストの起用と安定感のある常連のフィンランド人キャストのアンサンブルが秀逸で、新たな風味の「カウリスマキ・ワールド」形成に成功している。ブルース、タンゴ、そしてクールとは言い難いタイプのロックが作品を盛り上げる。また名優犬"ライカ"も忘れてはならない。カウリスマキ監督は過去の作品にも自身の愛犬たちを多数出演させており、ライカもその'俳優犬一家'の出身とのことであるが、その作風とマッチした存在感と演技により、今年のパルムドッグ賞の審査員特別賞に選ばれた。(注:カンヌ映画祭には最高賞「パルムドール」をもじった「パルムドッグ賞」という粋な賞が存在する。出品作品中、最も優れた演技を見せた犬を表彰する賞で今年で11回目の開催。非公式の賞ながらメディアにも注目されている。ちなみにパルムドッグ賞は『The Artist(原題)』に出演したジャック・ラッセル・テリアの"アギー"。審査員によると「パルムドッグ賞史上、もっともすばらしい演技('走り方が完璧')」とか。

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ストーリーの核はフランスの移民政策への風刺といえるのだが、その描き方がまた軽妙で洒落ている。声高に批判を繰り広げるだけが芸ではない。それぞれに合ったやり方で良いのだ。そのあたりも自然な共感を生む要因のひとつだろう。不法移民の子どもを助けるフランス映画ということでは『君を想って海をゆく』(原題:『Welcome』フィリップ・リオレ監督 2010年日本公開)が思い出される。恋人の住むロンドン行きを切望している不法移民の少年をフランス人水泳教師(ヴァンサン・ランドン←好演)がふとしたことからかくまい、渡航の手助けをする物語でフランスでは公開5週で100万人の動員を突破する大ヒットを記録し、セザール賞で主要10部門にノミネートされ、公の場でも論議の的となった問題作である。少年がドーバー海峡を泳ぎ切ろうとするシーンが目に焼き付いて離れない。しかし水泳教師の隣人たちは協力的であるどころか、彼の行動を密告、彼にとっては自身の身の危険を冒しての行動であった。こちらはこちらで非常に胸を打つ仕上がりになっている。が、対してカウリスマキの『ル・アーヴル』は性善説・フラタニティ(友愛)精神から成り立っていて、小気味良い仕上がり。独特のオフビートの笑いを交えて温かな共感をもって描き出している。同じようなテーマを扱っていてもこうもスタイルを異にする作品が誕生するのは面白い。そしてどちらも忘れがたい余韻を残す名作である。

いろいろな意味で本作も基本的にはいつものスタイル、'ミニマル'なカウリスマキ・ワールドが貫かれている。どんなにヘビーにも描けるテーマを独特の冴えた、洒落た作風で癒し系作品にすら昇華してしまう離れ業。やはり只者ではない。今回のカンヌで終了後にこれほどの温かい拍手・喝采に包まれた上映には遭遇しなかった。ヘビーすぎるあまりに、胃の鈍痛とともに上映会場を後にすることも少なくはないカンヌ出品作であるが(もちろんそれらはそれで素晴らしい)、アキ・カウリスマキがこの芸風で常連監督としての確固とした地位を築いているのも大納得の、まさにカウリスマキ・ワールドの集大成と呼びたくなる本作。さすがである。


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Comment(1)

Posted by PineWood | 2015.06.02

アキ・カウリスマキ監督作品のもつポップな世界がいいです!何処かで小津安二郎監督と通じ会う…。大の小津映画フアンだというから納得。パルムドック賞の話題も面白いです。カウリスマキ・ワールドに(犬ちゃん)はかかせないし、違う監督作品だけど、そう言えば(アーチスト)のアビーもよかった。個人的には、モノクロのイタリア映画(ウンベルトD )のワンちゃんが最高なんですがー。

『ル・アーヴルの靴みがき』
原題:Le Havre
 
脚本・監督・プロデューサー:アキ・カウリスマキ
助監督・キャスティング:ジル・シャルマン
撮影:ティモ・サルミネン
照明:オッリ・ヴァルヤ
録音:テロ・マルムベルグ
美術:ヴァウター・ズーン
衣裳:フレッド・カンビエ
メイク:ヴァレリー・テリー=ハメル
編集:ティモ・リンナサロ
ロケーション・マネージャー:クレール・ラングマン
制作主任:レミー・パラディナス、マーク・ルウォフ
ラインプロデューサー:ステファン・パルトネ、ハンナ・ヘミラ
製作総指揮:ファビエンヌ・ヴォニエ、レインハード・ブランディング 
出演:アンドレ・ウィルム、カティ・オウティネン、ジャン=ピエール・ダルサン、ブロンダン・ミゲル、エリナ・サロ、イヴリヌ・ディディ、ゴック・ユン・グエン、ライカ、フランソワ・モニエ、ロベルト・ピアッツァ、ピエール・エテックス、ジャン=ピエール・レオー

© Sputnik Oy photographer: Marja-Leena Hukkanen

2011年/フィンランド・フランス・ドイツ合作映画/93分/カラー
配給:ユーロスペース

『ル・アーヴルの靴みがき』
オフィシャルサイト
http://www.lehavre-film.com/



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