YIDFF 山形国際ドキュメンタリー映画祭2013

 
1965年にインドネシアで大量虐殺(数百万人が殺されたといわれる)を行なった殺人者たちが、監督の要請に応じて、どのように人々を殺したのかを再演するという異様なドキュメンタリー映画(ヴェルナー・ヘルツォークとエロール・モリスが製作に参加)『殺人という行為』、『テイク・ディス・ワルツ』(11)が記憶に新しいサラ・ポーリーが自らの家族にキャメラを向けた『物語る私たち』、東日本大震災の津波被災地でストーリーテラーたちにキャメラを向けた東北記録映画三部作の一作『なみのこえ(YIDFF特別版)』(酒井耕・濱口竜介監督)、その他にもイスラエルのアヴィ・モグラビ監督の新作といった注目作が目白押しの「インターナショナル・コンペティション」、この映画を完成させて欲しいという遺書を残し自殺したという、監督の友人が主人公の映画『わたしたちに許された特別な時間の終り』(太田信吾監督)が上映される「アジア千波万波」、昨年、91才で逝去した先駆的な映画作家クリス・マルケルの45作品が上映される「未来の記憶のために――クリス・マルケルの旅と闘い」、何とか都合をつけて駆けつけたいプログラムが並ぶ今年の山形国際ドキュメンタリー映画祭。過酷な現実から目を逸らさず、キャメラを武器に視界を拓いて行く映画作家たちの眼差しは、見るものに多くの勇気を与えてくれるに違いない。
(上原輝樹)
2013.10.4 update
YIDFF 山形国際ドキュメンタリー映画祭2013
2013年10月10日(木)〜17日(木)@山形市中央公民館ほか
上映スケジュール
上映プログラム
【インターナショナル・コンペティション】

『殺人という行為』
デンマーク、インドネシア、ノルウェー、イギリス/2012/インドネシア語 /カラー/159分
監督:ジョシュア・オッペンハイマー 

インドネシアで、自らの行いを全く悔やむことのない殺人部隊のリーダーと出会った映画作家が、大量殺人における彼らの役割を再演し、実際に行われた殺人行為を映画化するよう提案する。その悪夢のような製作のプロセスにおいて浮かび上がるのは、映画的な熱狂の夢であり、大量殺人者のもつ「想像性」への心乱される旅であり、彼らの住む世界の、衝撃的なほどに陳腐で、腐敗と免責がはびこる支配体制であった。強烈な映像世界と、人間社会そのものの弱さ、罪深さに圧倒される159分間。
『ジプシー・バルセロナ』
スペイン/2012/スペイン語/カラー/84分
監督:エヴァ・ヴィラ 

フラメンコの才能は、血統を通して独占的に受け継がれると信じられている。とりわけバルセロナのジプシー社会では、フラメンコは学校や本で学ぶものでなく、家庭内やバルで伝えられ、街角で完成するものである。伝説的ダンサーを叔母にもち、超絶技巧の足さばきで見る者の目を釘付けにするカリメ・アマヤと、ピカピカのフラメンコ・ブーツを履いて舞台に立つ日を夢見、ステップを磨く小さなダンサー、フアニート。結束の固いジプシー社会、フラメンコという芸術継承の世界で真摯に努力する彼らの姿が、バルセロナの街の熱い空気とともに観客を魅了する。
『空低く 大地高し』
タイ、カンボジア、フランス/2013/タイ語、クメール語/カラー/96分
監督:ノンタワット・ナムベンジャポン 

2010年、タイの映像作家ノンタワットは、カンボジア国境に接するシーサケート県出身の24歳の若者と出会う。タイ南部で兵士をしていたが除隊し、故郷に帰ろうとしている彼の経験を糸口に、「タクシン派(農村中心の赤シャツ派)」「反タクシン派(都市の黄シャツ派)」が対立するタイ国内の政治闘争、カンボジアとの間の国境紛争、国境沿いの人々の暮らしを、独特の映像感覚によって点描する。
『チョール 国境の沈む島』
(NHKドキュメンタリー『チャロ!立ち入り禁止島に住む』)
日本、インド、イタリア、ノルウェー、デンマーク/2012/ベンガル語、ヒンディー語/カラー/88分
監督:ソーラヴ・サーランギ 

インドとバングラデシュの間を流れる大河ガンジスに浮かぶ中洲(チョール)の島々。大きく蛇行する河は、サイクロン来襲のたびに流れが大きく変わり、中洲は削られ、ときに消滅する。不毛の地ではあるが、古来住む人がいて、両岸を行き来し交易を営む。そこはまた「国境」で、「立ち入り禁止地帯」であり、人々は中洲の内外を行き来するために厳しい検問を通らねばならない。近年、ダムの影響もあって雨季の水流の変化が激しくなり、中洲は消滅の一途を辿っている。本作では「ダム」と「国境」という、近代インドの二つの影に脅かされながら暮らす人々の、困難に満ちた日常に迫る。YIDFF 2009 アジア千波万波部門で奨励賞、コミュニティシネマ賞をダブル受賞した『ビラルの世界』のソーラヴ・サーランギ監督作品。NHKとの国際共同制作。
『天からの贈り物 小林村の悲劇』
台湾/2013/台湾語、中国語/カラー/153分
監督:羅興階(ルオ・シンジエ)、王秀齢(ワン・シウリン) 

2009年8月8日の台風と大規模な土砂崩れによって全村壊滅状態となり、犠牲者が多数出た台湾の小林村。生き残った村人たちは、なぜこのような事態になってしまったのか考え続けている。ある人々は巫女を通して死人と再会を果たそうとし、またある夫婦は宿そうとしている子どもに希望を見、他の幾人かはいまだに家族を失った痛みから逃れることができない。村人たちの終わりのない苦難、なんとか生活を立て直そうとする不屈の精神を丹念に記録した、心に迫る労作。YIDFF '99で上映された『労使間の滑稽な競争』の羅興階監督と、パートナーである王秀齢監督による共同作品。本作は、前回YIDFF 2011で上映された『父の日の贈り物 小林村の悲劇その1』の続編にあたる。
『祖国か死か』
ロシア/2011/スペイン語/カラー/99分
監督:ヴィタリー・マンスキー

キューバと聞いて、何を想像するだろう? イメージと現実の相違がこの国ほど大きな国はないのではないだろうか。この国は50年以上もの間、革命のスローガン「祖国か死か!」に縛られている。革命の前に生まれ、いま人生の終盤にさしかかっている人々、「祖国」がまさに「死」と等しくある人々の暮らしについての、叙情あふれる断章。YIDFF 2001『青春クロニクル』、YIDFF 2007『ワイルド・ワイルド・ビーチ』のヴィタリー・マンスキー監督作品。
『庭園に入れば』
フランス、イスラエル、スイス/2012/ヘブライ語、アラビア語/カラー/97分
監督:アヴィ・モグラビ

かつての中東。そこでのコミュニティは、民族や宗教などという区分では分断されておらず、隠喩的な意味での「境界」さえ存在しなかった。イスラエル生まれの映像作家アヴィと、彼の長年の友人でありアラビア語の先生であるパレスティナ人アリが、一緒に旅をする。互いを、互いの属する共同体の歴史へと連れ出す旅だ。彼らが幸せに共存できた場所が、この二人の旅を通していま再び、気負いなく現れる。YIDFF '99で優秀賞に輝いた『ハッピー・バースデー、Mr. モグラビ』、YIDFF 2009『Z32』のアヴィ・モグラビ監督作品。
『サンティアゴの扉』
チリ/2012/スペイン語/カラー/122分
監督:イグナシオ・アグエロ

チリ、サンティアゴのとある家。陰影にあふれた美しい映像を通して、見る者はある家族の記憶へと深く導かれていく。が、たびたび訪問客が玄関の呼び鈴を鳴らし、遮られる。家の主である映画作家はその訪問客たちに興味をもち、彼らの日常へも入り込んでいく。サンティアゴの町、路地の姿、そこで生き、働く人々との対話から、家族史とチリ現代史が詩情豊かに交錯する。第1回YIDFF '89で上映された『100人の子供たちが列車を待っている』、YIDFF '93『氷の夢』のイグナシオ・アグエロ監督作品。
『家族のかけら』
オランダ、メキシコ/2012/スペイン語/カラー/83分
監督:ディエゴ・グティエレス

メキシコシティ郊外の4,000平方メートルの敷地に建つ壮麗な邸宅に暮らす老夫婦、ゴンツァーロとジーナ。有刺鉄線つきの壁が、外界をはるか遠いものにしている。彼らの物語を語るのは、息子のディエゴ・グティエレス。大きな愛に包まれていたはずの夫婦の関係は、長い年月をともに過ごすなか、いかにして窒息しそうな牢獄へと変わったのか。ほろ苦く普遍的な、愛をめぐる物語が浮かび上がる。
『パンク・シンドローム』
フィンランド、ノルウェー、スウェーデン/2012/フィンランド語/カラー/85分
監督:ユッカ・カルッカイネン、J-P・パッシ

フィンランドの、知的障がいをもったトニ、サミ、ペルティ、カリの4人で構成されたパワフルなパンクロックバンド。パンクに魅了された彼らの音楽は、自由への欲求や社会への怒りをシンプルかつ力強く表現し、多くのパンクファンに愛されている。カメラは彼らの日常に寄り添い、バンドの練習、リハーサル、ライブの成功、楽曲発売に至るまでを中心に記録する。4人それぞれの際立った個性と魅力、彼らの間に生まれる感情の揺れ動きが、軽やかに描き出される。
『リヴィジョン/検証』
ドイツ/2012/ドイツ語、ルーマニア語/カラー/106分
監督:フィリップ・シェフナー

1992年、ドイツ・ポーランド国境のとうもろこし畑で、ルーマニアからやってきた二人の不法移民が射殺される。監督フィリップ・シェフナーは、この事件にまつわる風景と記憶、目撃者の証言、資料、独自の調査結果をパズルのように組み合わせ、一つの「映画的検証」として作品を形作っていく。ドイツ当局によって「ハンターによる誤射事件」として片付けられた二人のロマ人男性の死の背景にある、東欧移民、とりわけジプシーの人々への人種差別と暴力の歴史が次第に浮かび上がってくる。
『物語る私たち』
カナダ/2012/英語/カラー/108分
監督:サラ・ポーリー

アトム・エゴヤン監督作品などで有名な女優であり、アカデミー賞にノミネートされた経験を持つサラ・ポーリー監督が、母親の生き方と自らの出自における隠された真実を探っていく。ドキュメンタリーとフィクションというジャンルの境界を軽々と飛びこえる、創意に溢れた個人史的映画。表現者一家という特異な環境の中に潜む、捉えどころのない真実の暴露に挑み、深く複雑な愛情に満ちた、ある家族の姿を描き出す。
『蜘蛛の地』
韓国/2013/韓国語/カラー/150分
監督:キム・ドンリョン、パク・ギョンテ

ほどなく取り壊されるであろう、韓国・京畿地方北部にある米軍キャンプ近くの旧歓楽街。沈黙だけが残された町で、3人の元売春婦の女性が、それぞれの体と心に刻まれた傷、記憶、幻想に悩まされながらひっそりと生きている。今は廃墟となった跡地をさまよう彼女たちの姿、そして記憶の断片が、入念に作り込まれた忘れがたい映像とともに、置き去りにされた哀切極まりない真実を暴露する。YIDFF 2009で小川紳介賞を受賞した『アメリカ通り』のキム・ドンリョン監督とパク・ギョンテ監督による共同作品。
『なみのこえ(YIDFF特別版)』
日本/2013/日本語/カラー/213分
監督:酒井耕、濱口竜介

本作は、東日本大震災における津波被災者へのインタビュー映画『なみのおと』(YIDFF 2011「ともにある Cinema with Us」にて上映)の続編にあたる。活動の場所を福島県相馬郡新地町および宮城県気仙沼市に絞り、1年以上にわたり撮影を続行。2011年3月11日の記憶が、これらの街に暮らす人々の口から語られる。彼らは、夫婦、親子、親友、職場仲間との会話の中で、あの日の記憶を呼び戻していく。通常の「被災者」のイメージを大きく飛びこえる、彼ら一人ひとりの「こえ」の記録である。
『我々のものではない世界』
パレスティナ、アラブ首長国連邦、イギリス/2012/アラビア語、英語/カラー、モノクロ/93分
監督:マハディ・フレフェル

レバノン南部のパレスティナ難民キャンプ、アイン・ヘルワで育ち、現在はデンマークで生活している映像作家。アイン・ヘルワを故郷として愛する彼が毎年里帰りして撮りためた映像に、父の遺したホームビデオなどを織り交ぜ構成された本作には、ある家族の物語と、この数十年のパレスティナの歴史、キャンプ内部の変容が映し出される。仮住まいだったはずの「難民キャンプ」に長年暮らし続けざるをえない人々の現実に、当事者でもなく完全な外部者でもない監督が迫る。タイトルは、1972年に暗殺されたパレスティナ人作家ガッサン・カナファーニーの小説のタイトルに基づく。
インターナショナル・コンペティション 審査員
山形国際ドキュメンタリー映画祭2013インターナショナルコンペティション作品15本の中より、ロバート&フランシス・フラハティ賞などを決定する5名の審査員をご紹介します。(名字アルファベット順)

足立正生(日本、映画監督) Adachi Masao
1939年生まれ。日本大学芸術学部在学中、『鎖陰』(1963)で脚光を浴びる。若松孝二の独立プロダクションで前衛的なピンク映画の脚本を量産し、監督も。パレスチナで『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』(1971)を撮影。1974年より日本を離れ、パレスチナ解放闘争に身を投じる。1997年にレバノンで逮捕され、3年の禁固刑ののち日本へ強制送還。2006年、赤軍メンバーの岡本公三をモデルにした映画『幽閉者 テロリスト』を発表。著作に『映画/革命』(2003)など。近年は欧米各地で特集上映が巡回されている。
ラヴ・ディアス(フィリピン、映画監督) Lav Diaz
1958年ミンダナオ島生まれ。監督作品は『Batang West Side』(2001)、『Evolution of a Filipino Family』(2005)、『Heremias, Book One』(2006)など。『Death in the Land of Encantos』(2007)はヴェネチア映画祭オリゾンティ部門のクロージングを飾り、金獅子賞スペシャル・メンションを受賞。『Melancholia』(2008)は同映画祭オリゾンティ部門グランプリを受賞。最新作『Norte, the End of History』(2013)はカンヌ映画祭ある視点部門で上映。フィリピンの社会的・政治的状況を映し出す作家として知られる。
ジャン=ピエール・リモザン(フランス、映画作家) Jean-Pierre Limosin
1983にアラン・ベルガラと共同監督した『Faux Fuyants』(カンヌ映画祭批評家週間)。アッバス・キアロスタミ、アラン・カヴァリエ、ダルデンヌ兄弟などのポートレート・ドキュメンタリーを作る。日本への関心は深く、武田真治と吉川ひなの主演の『Tokyo Eyes』、『北野武 神出鬼没』(YIDFF 2007で上映)などの映画を発表している。近年は『Novo』(2002)、 『Carmen』(2005)、『Young Yakuza』(2007)がそれぞれロカルノ、ヴェネチア、カンヌ映画祭で初上映されている。
アミール・ムハマド(マレーシア、作家/出版業/映画作家) Amir Muhammad
1972年生まれ。『ビッグ・ドリアン』(2003/YIDFF2003でアジア千波万波 特別賞)に続く監督作品の『The Last Communist』(2006)と『Village People Radio Show』(2007)はベルリン国際映画祭に招待上映されながらマレーシア本国では上映禁止となっている。2007以降、活動の中心を出版に移し、クリエイティブ・ノンフィクションを出すMatahari Booksとパルプ・フィクションを専門とするFixi社を経営する。自身の著作も3冊ある。現在、ユーチューブやクラウド・ソーシングを利用したハイブリッド映画 『I'm Still Jewish』を製作中。
ドロテー・ヴェナー(ドイツ、映像作家/キュレーター) Dorothee Wenner
ベルリン在住。ナイジェリアの映画産業ノリウッドを描いた『Peace Mission』(2008)や、ラゴスの小規模事業者がドイツへ初めて赴きビジネスチャンスを探る『DramaConsult』(2012)を監督。1990年よりベルリン映画祭フォーラム部門の選考委員を務め、ドバイ映画祭でもインドとサハラ以南のアフリカ地域を担当する。2006-2008はベルリン映画祭タレント・キャンパスのディレクターを務めた。キュレーターとしてもインド・アフリカ・ヨーロッパで映画や展覧会の企画を数多く手がけている。


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OUTSIDE IN TOKYO 編集部の判断に一任頂きますので、ご了承ください。





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