都市の映画、パリの映画史



ルノワール自らが『どん底』(36)、『ゲームの規則』(39)と並ぶ初期の傑作と認める『ランジュ氏の犯罪』、アレクサンドル・トローネルが美術監督を務めた、第二次世界大戦中に南仏ニースに建てられたオープンセットで"パリの犯罪大通り"を再現するという光学的困難の中、セットの四分の三を逆光にして太陽にさからうかたちで撮影された『天井桟敷の人々』、60年代、70年代の剥き出しのパリが息づく『5時から7時までのクレオ』と『ママと娼婦』、そして、現在のパリの息吹を伝える恋愛映画の数々から浮かび上がる「パリの映画史」は、映画作家青山真治と建築家鈴木了二をトークショーのゲストに迎える「都市と映画 マテリアル・サスペンス セレクション」3作品と架け橋されることで、そこにどの様な立体的な像が結ばれ、どのような交通が新たに生まれるのか。特集上映「都市の映画、パリの映画史」は、「都市」「映画」というテーマをライフワークにし、多くの人、映画、都市を行き交い、架け橋を掛けた才人梅本洋一氏への追悼の意を込めた上映となるだろう。
参考:「ジャン・ルノワール エッセイ集成」ジャン・ルノワール(青土社)、「映画狂人のあの人に会いたい」蓮實重彦(河出書房新社)
(上原輝樹)
2013.4.10 update
4月11日(木)~14日(日)、5月11日(土)
会場:アンスティチュ・フランセ東京
料金:一般1,200円/学生800円/会員500円
※当日の1回目の上映の1時間前より、すべての回のチケットを発売。開場は20分前。全席自由、整理番号順での入場。
※4/14(日)は9時30分からの発売。
※『パリ猫ディノの夜』は入場無料。9時30分より整理券配布開始(アンスティチュ・フランセ東京の会員、あるいは映画ポイントカードをお持ちの方のみ入場可能)。こちらの整理券持参の方のみティー・サービス参加可能。 

公式サイト:http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/cinema1304110414/
上映スケジュール
4月11日(木)
13:30
グロリア
(123分)





16:30
5時から7時までのクレオ
(90分)

19:00
若き警官
(110分) 





4月12日(金)
11:30
ママと娼婦
(220分)






16:00
若き警官
(110分) 



19:00
ランジュ氏の犯罪
(80分) 




4月13日(土)
11:30
グロリア
(123分)





14:30
小さな仕立屋
(44分)
赤ずきん
(35分)
17:00
サッドヴァケイション
(136分) 
上映後、鈴木了二(建築家)と青山真治(映画監督)による対談あり
4月14日(日)
10:20
アバンチュールはパリで
(144分)




13:30
私を忘れて
(95分)


16:30
パリ猫ディノの夜
(70分)
上映前にティー・サービスあり 


5月11日(土)
15:30
天井桟敷の人々
(190分)
上映後にキャロル・オルエによる講演会あり
『プレヴェールと映画 -言葉の詩、映像の魔術』
作品ラインナップ
パリの映画史 セレクション

『ランジュ氏の犯罪』
1936年/80分/35ミリ/モノクロ/日本語字幕付
監督:ジャン・ルノワール
出演:ジュール・ベリー、ルネ・ルフェ-ヴル、フロレル、ナディア・シビルスカヤ 

小さな町工場の印刷所で働くアメデ・ランジュは冒険小説を書いている。社長のバタラは経営上の失敗からランジュを丸め込み、彼の小説をただで出版し大当たり。だがその程度では借金を返せず、夜逃げしたバタラは列車事故で死んだらしい。残ったランジュたちは会社を自主管理することに。洗濯屋を営むヴァランティーヌと恋をささやき、仲間たちと幸せに暮らしていたランジュたちのもとに、死んだはずのバタラが司祭に化けて舞い戻ってきて...。

「ジャン・ルノワールは、パリのアパルトマンのトポロジーを正確に再現している。ルノワールは室内を生きているものと考えており、その有機的な生をフィルムに収めようとした。」(ジャン・ドゥーシェ、ジル・ナドー著、「パリ、シネマ」梅本洋一訳、フィルムアート社)
『天井桟敷の人々』
1945年/182分/35ミリ/モノクロ/日本語字幕付
監督:マルセル・カルネ
出演:アルレッティ、ジャン=ルイ・バロー、ピエール・ブラッソール、ピエール・ルノワール 

1828年パリのタンプル大通り、通称犯罪大通り。パントマイム役者バティストは妖艶で美しい女芸人ガランスはと知り合い、彼女を恋するようになる。パリの繁華街を舞台に、とりどりの人間群が織りなす人生の悲喜劇を壮麗に描いたカルネ=プレヴェールの代表作。劇の中心をなすバチスト・ドビュロオとフレデリック・ルメートルは共に実在の人物で、前者は本名シャルル、パントマイムのピエロ役の近代的創造者として知られている。

「愛し合っている同士にはパリも狭いわ」という台詞はあまりにも有名。「ここでプレヴェールは彼の最も美しいシナリオを考案する。筋の構成、そしてアレクサンドル・トローネルのセットとコスマの音楽、さらに輝くばかりの配役。」(ジャン・ドゥーシェ、同書)
『5時から7時までのクレオ』
1961年/90分/35ミリ/モノクロ/日本語字幕付
監督:アニエス・ヴァルダ
出演:コリンヌ・マルシャン、アントワーヌ・ブルセイエ、ドミニク・ダヴレー、ミシェル・ルグラン 

病の不安におびえるシャンソン歌手クレオの5時から7時までを、ヌーヴェルヴァーグ特有の瑞々しい手法を用い、リアルタイムで描いたヴァルダ初期の傑作。カメラは初夏を迎えたパリの街をタクシーや車やバスにのって移動し、カフェやバス、公園の中の人々、木漏れ日をとらえながら、クレオの不安を見事に表現している。若き ゴダールやアンナ・カリーナが映画中映画のサイレント喜劇に出演している。音楽を担当しているミシェル・ルグランが自ら出演し、主演のコリンヌ・マルシャンとデュエットしているシーンも必見。

「クランクインが夏の最初の日である、6月21日に決まった時、この作品の製作は勝利を手にしました。それは一年の中で最も長い日だったからです。」(アニエス・ヴァルダ)
『ママと娼婦』
1973年/220分/35ミリ/モノクロ/日本語字幕付
監督:ジャン・ユスターシュ
出演:ジャン=ピエール・レオー、フランソワーズ・ルブラン、ベルナデット・ラフォン、イザベル・ヴェンガルテン 

財産といえば言葉しか持たない貧しい若者アレクサンドルは、職も持たず、年上の女性マリーの部屋に居候している。つきあっていたジルベルトに決定的な別れを告げられた日、カフェでひとりの女性に声をかける。彼女の名はヴェロニカといい、看護婦として働いている。マリーとアレクサンドルの生活にしだいにヴェロニカが入ってくることで、親子のような、恋人のような、微妙に保たれていたふたりの間のバランスが崩れていく......。ジャン・ユスターシュは、大半を室内シーンが占めるこの作品で、街の風景を見せずとも、彼が生きた1970年代のパリの感情的な精神をとらえることに成功している。

「『ママと娼婦』は狂気の映画だ。まちがいなく、あの時代(私の青春時代)で最も気狂いじみた作品だ。つまり、同時に最も美しいのである。」レオス・カラックス
『私を忘れて』
1995年/95分/35ミリ/カラー/日本語字幕付
監督:ノエミ・ルヴォヴスキ
出演:ヴァレリア・ブリュニ=テデスキ、エマニュエル・ドゥヴォス、エマニュエル・サランジェ 

ナタリーは、恋人のエリックから突然別れを告げられる。ナタリーを愛するアントワーヌは、困惑した彼女を受け止めようとするのだが、ナタリーは彼の愛に答えることができず、自分を見失っていく......。最新作『カミーユ、ふたたび』でさらに高い評価を得ているノエミ・ルヴォヴスキの長篇処女作。狭い質素なアパルトマンや、カフェ、メトロのホームで、登場人物たちが、孤独から逃れるために、熱に浮かされたように走り、狼狽し、電話し、語らい、口論する姿が生き生きと描かれている。フィリップ・ガレルに「男と女が五分五分に描かれている希有な映画」と絶賛され、この後、ガレル作品の脚本執筆にも参加するようになる。

「この映画の中では、登場人物がいつも話していますが、話すことがつねにひとつのアクションであるような映画を作ろうとしました。」(ノエミ・ルヴォヴスキ)
『若き警官』
2004年/110分/35ミリ/カラー/英語字幕付
監督:グザヴィエ・ボーヴォワ
出演:ナタリー・バイ、ジャリル・ルペール、ロシュディー・ゼム 

警察学校を卒業して、パリにやってきたアントワーヌは、司法警察の第二部捜査班に入る。アルコール中毒症を克服した後に、仕事に復帰したキャロリーヌ・ヴォデューは、自分の捜査班にこの若き警察官を引き入れる。熱意に溢れたアントワーヌはこの捜査班の仲間たちの側で見習いを始める。ヴォデューはすぐにアントワーヌに愛着を抱くようになる。彼女の死んだ息子が生きていたらアントワーヌと同じ歳だったからだ......。2011年に日本で『神々と男たち』が公開された俊英グザヴィエ・ボーヴォワの長編4作目で、前作『マチューの受難』に引き続き出演しているナタリー・バイを始め、主演のジャリル・レスペール、その他若手俳優たちが素晴らしい演技を披露している。パリの警察署の日常は忠実かつ正確に描かれ、パリの街の異なる貌が浮かんでくる。
『アバンチュールはパリで』
2009年/144分/35ミリ/カラー/日本語字幕付
監督:ホン・サンス
出演:キム・ヨンホ、パク・ウネ、ファン・スジョン ほか 

夏の2ヶ月間、ちょっとした問題でパリでの暮らしを余儀なくされた韓国人画家サンナムが悲喜劇的なエピソードによってみせる様々な心の葛藤(パリで出会ったふたりの女性、そしてソウルから電話をしてくる妻、彼女たちの間で揺れ動くディレンマ)とその振る舞いがまるでオーケストラのように様々な音色とともに奏でられる、『獅子座』の現代版ともいえる作品。カフェや駅前、公園、名門美術学校エコール・デ・ボザール、郊外のドーヴィルそうしたパリの日常は、ホン・サンス映画の登場人物が往来することで、韓国の街にも繋がっていき、不思議な様相を帯びてゆく。原題の「夜と昼」は、監督自身が外国滞在中に、韓国の妻に電話して、「人は誰もが時間にしばられて生きているのに、同じ時間でも夜と昼がある」と気づき、本作の着想を得たことに由来している。
『小さな仕立屋』
2010年/44分/35ミリ/モノクロ/日本語字幕付
監督:ルイ・ガレル
出演:アルテュール・イギャル、レア・セドゥ、アルベール・グラン 

20歳のアルチュールは、アルベールのアトリエで仕立屋の見習いとして働いている。80歳になるアルベールはアルチュールを息子のように愛し、自分のアトリエを彼に引き継ごうと思っている。アルチュールはしかし、女優マリー=ジュリに一目惚れし、すべてを投げやり、彼女と生きていくことを誓うが...。俳優ルイ・ガレルの監督第二作目。美しいモノクロによって2010年のパリのカフェ、ネオン、光、小道は、60年にヌーヴェルヴァーグの作家たちによって捉えられたパリを彷彿させる。

「絶対的に俳優の側にあり、同時に絶対的に監督の側にある何かを描くということ。若干27歳のルイ・ガレルはその両方への深い知識によって、本能的にそのふたつの道を受け止め、短くて美しい作品を届けてくれた。」(フィリップ・アズーリ、「リベラシオン」)
クロージング 特別試写会&ティー・サービス
『パリ猫ディノの夜』

2012年/70分/35ミリ/カラー/日本語字幕付
監督:アラン・ガニョル、ジャン=ルー・フェリシオリ 

猫のディノは、昼は6歳の少女ゾエの忠実な飼猫、夜は心優しい盗賊ニコのパートナーという気ままな二重生活を送っていた。だが、ゾエの母親ジャンヌが警察官であったことから、事態は意外な展開を迎える。屋根の上から見た夜のパリの美しい風景が魅力的なアニメーション。舞台や映画で活躍するドミニク・ブラン、フランソワ・トリュフォーの『あこがれ』に主演 したベルナデット・ラフォンら、フランスを代表する名優たちが声優として参加。ベルリン映画祭ジェネレーション部門、ニューヨーク児童映画祭など多くの国際映画祭でも上映され好評を博し、2012年アカデミー賞にもノミネートされた。
上映前には、1階カフェにて本作に協賛しているジャナッツ・インターナショナルのご提供によるティー・サービスあり

*7月13日より新宿ピカデリーにてロードショー その後全国順次上映予定
配給:巴里映画 提供:日本コロンビア/巴里映画 協賛:ジャナッツ・インターナショナル
鈴木了二「都市と映画 マテリアル・サスペンス」セレクション

『グロリア』
1980年/123分/35ミリ/カラー/オリジナル英語版・仏語字幕付
監督:ジョン・カサヴェテス
出演:ジーナ・ローランズ ジョン・アダムズ バック・ヘンリー ジュリー・カーメン パシリオ・フランチーナ 

マフィアを裏切ったためにプエルトリコ人 会計士一家が殺される。唯一の生き残りであった末っ子のフィルは、父親からマフィアの隠し口座を記した手帳を預かり、同じアパートに住む女性グロリアに託される。子供嫌いのグロリアと生意気なフィルは反発し合うが、マフィアから逃げ回るうち、いつしかお互いがかけがえのない存在になってゆく。ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞。

「都市を撮った作品は多いが、それが表面的な背景に終わるのではなくその内部にまで到達し、都市の懐に深々と着地している映画にはなかなか出会えない。(...)カサヴェテスの『グロリア』ほどニューヨークという都市を撮るためのアイディアが随所に溢れている映画はほかに思い浮かばない。カサヴェテスにとってのニューヨークはなによりも交通なのである。この明快な掴み方がニューヨークという複雑な都市の中に進入するパスポートだ。」(鈴木了二、同書)
©Naoko Tamura
『赤ずきん』
2008年/35分/35ミリ/カラー/日本語字幕付
監督:青山真治
出演:ジュディット・シュムラ、ルー・カステル アルバン・オマール、ジャン=クリストフ・フォリー 

20歳のデルフィーヌは、ある男の居場所を探している。その男は70年代に政治的な活動を行っていたらしい。友人たちの力も借り、危険も顧みず、デルフィーヌはその男に会いに行く。本作はジュヌヴィリエ国立演劇センターの依頼により青山真治監督がはじめてフランスでメガホンを撮った作品。

「ジュヌヴィリエ、まず何よりこの街自体が私の興味を惹きつけました。この街は、数年前に暴動が起きたセーヌ=サン=ドニ県の隣、パリ郊外に位置します。そこにはセーヌ川が流れ、しかも港まであります。自分自身が港を持つ郊外の出身ですし、一種の愛着を感じました。あと舟を撮影できる可能性も私を喜ばせました。あえて日本人が、ジャン・ヴィゴの『アタラント号』(34)のようにセーヌの舟を撮影してみる、それも悪くないのではと思ったのです。」(青山真治)
『サッドヴァケイション』
2007年/136分/35ミリ/カラー/英語字幕付
監督:青山真治
出演:浅野忠信、石田えり、宮崎あおい、オダギリジョー 

北九州市、若戸大橋のたもとにある小さな運送会社。社長の間宮は、かつてバスジャック事件の被害にあった梢のほか、様々な理由から行き場のない人たちを住み込みで雇っていた。ある日、妻、千代子がかつて捨てた男との間に出来た息子の健次が会社に現れる...。運命に翻弄される男たちと、すべてを包み込みながら生きる女たち。『Helpless』、『ユリイカ』に続く青山真治の"北九州サーガ"の最終章。

「工場や倉庫や石油タンクがびっしりと林立している北九州の海峡に、斜交いに覆い被さるように架けられた若戸大橋が見えるのだが、キャメラは断続的に、何かに引っかかるかのように小刻みに揺れる。まるでレコードの針飛びのようだ。そのズレが画面にノイズ感をしぶきのようにまき散らす。ノイズは太陽光に晒される金粉のようにまぶしく輝き、海と工場地帯と鉄橋に降り注いでいる。物質のしぶきのようでもある。そしてこの俯瞰ショットが観るものに早くも告げるのは、これから始まる物語の世界が全部この橋の足元にあるということである。」(鈴木了二、「建築映画 マテリアル・サスペンス」LIXIL出版)


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