地中海映画祭 2013



映画が物質的、文化的な"豊かさ"をその起源に持っていたことは、映画の誕生を告げた『ラ・シオタ駅への列車の到着』(1897/ルイ・リュミエール)が、裕福なリュミエール家が邸宅を構える、地中海にほど近いその地で撮影されたこととも無関係とは思われない、デジタル技術の登場によって映画の民主化が進む21世紀の今も、忘れるわけにはいかない重要な事実である。ゴダールのメランコリーが、今尚、意味も持ち得うる所以だろう。映画史を飾る最初期の作品から、ボリス・カウフマンによって撮影された、南仏リゾートの光と影を描くジャン・ヴィゴの処女作『ニースについて』(30)、ルノワール、ヌーヴェル・ヴァーグの瑞々しい諸作品、ゴダール『ソシアリスム』(09)で数多く引用されたポレの『地中海』(63)、イスラエル、エジプト、トルコといった歴史的、地理的に地中海的複雑さそのものであるような国々で作られた作品の数々、映画の"豊かさ"を語る上で欠かせない二人の名匠の作品、そして、未だ記憶に新しい、第66回カンヌ国際映画祭で見事パルム・ドールを受賞したアブデラティフ・ケシシュ監督作品まで、「提起するすべての問題が例外的なほど人間的に豊かな(ブローデル)」"地中海"を巡る、バラエティに富んだ作品群がスクリーンを飾る。この夏の酷暑を何とか乗り切った私たちへの、ご褒美のような特集上映がいよいよ始まる。
(上原輝樹)
2013.8.26 update
第1部 地中海映画祭 2013年8月30日(金)~9月15日(日)
第2部 アブデラティフ・ケシシュ特集 2013年10月20日(日)・26日(土)・27日(日)
*アブデラティフ・ケシシュ監督によるティーチ・イン予定! 

会場:アンスティチュ・フランセ東京
料金:一般1,200円/学生800円/会員500円 

公式サイト:http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/mediterranee/

10月27日(日)『クスクス粒の秘密』の上映後に、アブデラティフ・ケシシュ監督によるティーチ・インあり!
http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/cinema1310271630/
上映スケジュール

<第1部 地中海映画祭>
8月30日(金)
13:00
ブレッド・ナンバー・ワン
(97分)
15:45
男として死ぬ
(134分)
19:00
美しき仕事
(90分)

8月31日(土)
13:00
永遠の語らい
(95分)

15:30
キャラメル
(96分)
18:00
マルメロの陽光
(139分) 

9月1日(日)
12:00
キャラメル
(96分)

14:30
永遠の語らい
(95分)
17:00
アレキサンドリア
WHY?

(133分)
9月6日(金)
17:00
ブレッド・ナンバー・ワン
(97分)
19:30
五月の雲
(120分)
9月7日(土)
12:15
アレキサンドリア
WHY?

(133分)
15:30
エルドラド
(88分)
18:00
トニ
(90分)

9月8日(日)
12:00
トニ
(90分)

14:30
エルドラド
(88分)
17:00
男として死ぬ
(134分)

9月14日(土)
10:30
僕の心の奥の文法
(107分)






13:20
五月の雲
(120分)
16:20
ラ・シオタ駅への列車の到着
(45分)
サイコロ城の秘密
(26分)
地中海
(43分)
18:30
アポロンの地獄
(104分)
9月15日(日)
11:30
ニースについて 
(31分)
ブルー・ジーンズ 
(22分)
バルドー・
ゴダール
 
(8分)
パパラッツィ 
(18分)
13:45
マルメロの陽光
(139分)
17:00
コート・ダジュールの方へ
(27分)
天使の入り江
(80分)


    

<第2部 アブデラティフ・ケシシュ特集>
10月20日(日)
10:30
身をかわして
(117分)
13:30
クスクス粒の秘密
(153分)
17:00
黒いヴィーナス
(164分)




10月26日(土)
10:30
ヴォルテールのせい
(130分)
13:30
黒いヴィーナス
(164分)
17:30
身をかわして
(117分)




10月27日(日)
10:30
ヴォルテールのせい
(130分)
13:30
身をかわして
(117分)
16:30
クスクス粒の秘密
(153分)

上映後、
アブデラティフ・ケシシュ監督によるティーチ・イン

※プログラムはやむを得ぬ事情により変更されることがありますが予めご了承下さい。
※- 当日の1回目の上映の1時間前より、すべての回のチケットを発売します。開場は20分前。全席自由、整理番号順での入場とさせて頂きます。
作品ラインナップ
地中海映画祭

©DR
『ラ・シオタ駅への列車の到着』
1897年/フランス/45秒/モノクロ/サイレント/デジタル・ベータカム
撮影:ルイ・リュミエール
出演:ジャンヌ=ジョゼフィン・リュミエール、ローズ・リュミエール、マルグリット・リュミエール、アンドレ・リュミエール、ジュザンヌ・リュミエール 

海にほど近いフランス南部の小さな町で撮影された、映画の誕生を刻印する作品。地中海が文明の源泉であるというシンボリックな側面は『ラ・シオタ駅への列車の到着』と映画との関係に重ね合わせることができるだろう。リュミエール家がラ・シオラに邸宅を持っていたことから、この駅が撮影に選ばれたものと思われる。才能溢れるキャメラマンだったルイ・リュミエールが列車に対して対角線状にキャメラを置いたことによって、到着する列車のスペクタクル的な側面が強調される。
©DR
『サイコロ城の秘密』
1929年/フランス/26分/モノクロ/日本語字幕付/デジタル・ベータカム
監督:マン・レイ
出演:シャルル・ドゥ・ノアイユ、マリ=ロール・ドゥ・ノアイユ、ジャック=アンドレ・ボワファール、マン・レイ 

パリを出たふたりの旅行者が、長い旅の果てにある現代的な城に辿り着く。そこでふたりはその城の秘密を知ろうとする。表情を隠した不可思議な登場人物は、この作品の出費者であるノアイユ子爵夫妻の親しい友人たちが演じている。開放的な別荘の驚くべき建築--マレ=ステヴァン設計による--、この映画の光、その雰囲気、そこから漂ってくる軽やかさは、海岸の香りを醸し出している。「大きなサイコロと小さなサイコロを1組ずつ、そして絹のストッキングが6組、私はそれらをこの作品のすべての登場人物に被らせ、神秘性と匿名性をつくりだそうとした。」(マン・レイ)
©DR
『ニースについて』
1930年/フランス/31分/モノクロ/サイレント/35mm
監督:ジャン・ヴィゴ 

29歳で夭折した天才映画作家、ジャン・ヴィゴによる処女作で、1929年から30年にかけての冬に撮影された。24歳のヴィゴは、一つ年下のカメラマン、ボリス・カウフマンと出会い、「儚く、死が待ち構えているような快楽の街」を非神話化すべく、ふたりでニースに向かう。ドキュメンタリー的な映像と、シューレアリスムの手法に近いフィクション形式の映像を織り交ぜ、南仏のリゾート地でバカンスを楽しむ富裕階級の人々と、その裏で貧困生活を送る人々との対比をシニカルにスケッチしてみせる。ヴィゴのアナーキスムと辛辣なユーモアがすでに爆発している。
©DR
『トニ』
1935年/フランス/90分/モノクロ/日本語字幕付/35mm
監督:ジャン・ルノワール
出演:シャルル・ブラヴェット、セリア・モンタルヴァン、マックス・ダルバン、ジェニー・エリア 

新聞の三面記事に題材を取り、南仏オールロケで、役者の大半を現地の素人を採用したこの作品には、外国人労働者の生活がそれまでのルノワールにないレアリスムで描かれている。「『トニ』は、当時のパニョル作品とともに、南仏プロヴァンスのレアリスムという、フランス特有のジャンルの対をなしている。嫉妬による激情、性、労働、地方のアイデンティティー、30年代のふたりの主要な映画作家によって一緒に織り上げられたテーマ。それはフランス映画の原型となる特徴を喚起させる説話法によって語られている。」(ドミニック・パイーニ)
©DR
©DR
©DR
ジャック・ロジエ短編3作品
『ブルー・ジーンズ』

1958年/フランス/22分/モノクロ/日本語字幕付/35mm
監督:ジャック・ロジエ
出演:ルネ・フェロ、フランシス・ド・ペレッティ、エリザベットクラール、ヘンリー・コーディング 

Tシャツにジーンズ姿の二人組、ルネとダニィは、カンヌの海岸通りをヴェスパで流し、今日もナンパに励んでいる。南仏の海岸に降り注ぐ真夏の太陽、砂浜で戯れる水着姿の女の子、そこに流れるポップ・ミュージックといったロジエ作品のトレードマークが、初めて明確な姿を現した作品。1958年トゥール短編映画祭に出品されたこの映画は、一躍ロジエの名を高からしめた。 

『バルドー/ゴダール』18分
『パパラッツィ』8分
1963年/フランス/モノクロ/日本語字幕付/35mm
監督:ジャック・ロジエ
出演:ブリジット・バルドー、ジャン=リュック・ゴダール、フリッツ・ラング、ジャック・パランス、ミッシェル・ピコリ 

1963年5月のイタリア、ゴダールはブリジット・バルドー主演で『軽蔑』を撮影していた。この撮影に同行したロジエ監督が生み出したのがこの貴重な短編2作品。「彼はヌーヴェル・ヴァーグの旗手だったし、私は古典的作品のスターだった。とんでもない取り合わせだったわ」と、後年この時のことをバルドーは回想しているが、『バルドー/ゴダール』は、お互いにためらいがちに現場で対峙した2人が、映画撮影の合間にふと垣間見せる意外な表情や姿をおさめている。『パパラッツィ』はその撮影の外側で起きていたバルドーと彼女を狙う3人のパパラッツィとの攻防戦をロマネスク的とも言える方法で見せている。
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『コート・ダジュールの方へ』
1958年/フランス/27分/モノクロ/英語字幕付/35mm
監督:アニエス・ヴァルダ
出演:ロジェ・コジオ(ナレーター) 

リヴィエラ、その異国情緒的雰囲気や観光地的、カーニヴァルやエデンの園的色彩が際立つ、フランスの地中海沿岸のコート・ダジュールについての美しいエッセイ。一日の終わりに、海岸のカラフルなパラソルがジョルジュ・ドゥルリューの美しいシャンソンとともに閉じられる。「処女作『ラ・ポワイント・クールト』の3年後に撮られたこのドキュメンタリーは、両親のアルバムの中に見つけた昔の写真のような古めしい魅力がある。洋服の色彩や風景の穏やかなる美しさ、豪奢な邸宅、地中海のコバルトブルーなどは失楽園を思わせるだろう。」(ジャン=マリ・デュラン、「レ・サンロキュプティーブル」)
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『地中海』
1963年/フランス/43分/カラー/日本語字幕付/デジタル・ベータカム
監督:ジャン=ダニエル・ポレ(協力:フォルカー・シュレンドルフ)
テキスト:フィリップ・ソレルス、音楽:アントワーヌ・デュアメル 

遺跡や廃墟や事物が、現代的な日常の瞬間を想起させる事物と並置されることで、地中海という「概念」が荒々しい現実との対決を迫られる伝説的「フィルム・エッセイ」。2010年、ジャン=リュック・ゴダールは『ソシアリスム』でこの作品を引用し、ポレにオマージュを捧げた。「1秒24コマの流れに沿って、わたしたちは自ずと想像の国へと進んでゆき、そこでは感覚が理性にひらめきを与え、例外的なものに遭遇する。規範や規則や基準を超えたものに。つまり一言でいえば、現在進行形のエクリチュールのなかに身を投じるのだ。」(ノエル・シムソロ、「カイエ・デュ・シネマ」)
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『天使の入江』
1962年/フランス/80分/モノクロ/日本語字幕付/35mm
監督:ジャック・ドゥミ
出演:ジャンヌ・モロー、クロード・マン、ポール・ゲール、アンナ・ナシエ 

パリで銀行員のジャックは、同僚に連れられて始めて訪れたカジノで大当たりして以来、ギャンブルの魅力にとり憑かれる。ニースで毎日カジノ通いをするジャックは、ジャッキーというブロンドの美しい女性と出会い、結ばれてゆく。はたしてふたりを繋ぐのはギャンブルの偶然だけなのか、それとも愛なのか?ドゥミの作品に共通するオープニングの秀逸さにおいても本作のそれは格別である。南仏のひとけのない海岸、アイリスから広がるジャンヌ・モローの姿、それはミシェル・ルグランのテーマ曲を従えながら、永遠に続きキャメラの後退運動によってやがて路上のうちに消え去る。
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『エルドラド』
1963年/イスラエル/88分/カラー/日本語字幕付/35mm
監督:メナヘム・ゴラン
出演:トポル、ジラ・アルマゴール 

真っ当な生活を送ろうとするものの、過去のしがらみに巻き込まれてゆく男、そして彼に惹かれるふたりの女、娼婦と弁護士との愛の奪い合いが描かれたフィルム・ノワールの傑作。「この作品には、夜の闇に溶け込んで目に見えないラインが引かれている。劇場やナイトクラブ、ブティックが建ち並ぶ華麗な新都市テル・アヴィヴと、これに隣接する古代都市ヤッファ。登場人物たちは双方の都市を行き来するが、下層階級という扱いを受けているヤッファの人々は、夜になると、海岸線につらなるテル・アヴィヴの夜景を嘆息まじりに眺める。」(荻野洋一)
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『アポロンの地獄』
1967年/イタリア/104分/カラー/日本語字幕付/35mm
監督:ピエル・パオロ・パゾリーニ
出演:フランコ・チッティ、シルヴァーナ・マンガーノ、アリダ・ヴァリ、ラウラ・ベッティ 

ソフォクレスのギリシャ悲劇「オイディプス王」をイタリア映画界の巨匠ピエル・パオロ・パゾリーニが映像化した傑作。コリントスの青年オイディプスは、母と交わり父を殺す、という神託を得る。予言を恐れた彼は、故郷を捨て、荒野をさまよううちライオス王と出会う。そのライオス王こそ、オイディプスの真の父親であった......。灼熱の太陽の下のモロッコで全編撮影され、迫力溢れる映像が溢れている。監督自身も述べている通り、他の作品よりも自伝的作品となっているが、「そのことによって逆に客観性、距離感を持つことになり、大いなる美学がこの作品に与えられた。」
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『アレキサンドリア WHY?』
1978年/エジプト/133分/モノクロ/日本語字幕付/35mm
監督:ユーセフ・シャヒーン
出演:モフセン・モヒーディーン、マフムード・メリーギ、モフセン・ダウフィーク、ナグラ・ファトヒー 

1942年のアレキサンドリア。18歳の演劇青年ヤヒヤは悪友たちと共に演劇と音楽に没頭する日々を送るが、世界大戦の波はエジプトにも及び始める。戦乱の中でも演劇への情熱を募らせてきたヤヒヤは、ついにアメリカ留学を決意し、父、祖母らを必死で説得し、遂にアメリカへ向けて旅立つ。シャヒーン監督の自伝的4部作(アレキサンドリア・シリーズ)の第1作。「ルノワールやミネリと同様に、シャヒーンは舞台と人生の間の弁証法を信じている。そして重要な問いかけには娯楽が必用であるとさえ信じていた。」(イザベル・ポテル、「リベラシオン」)
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『マルメロの陽光』
1992年/スペイン/139分/カラー/英語字幕付/35mm
監督:ビクトル・エリセ
出演:アントニオ・ロペス=ガルシア、マリア・ロペス、カルメン・ロペス、マリア・モレノ、エンリケ・ゲラン、ホセ・カルテロ、エリザ・ルイス 

1990年秋のマドリード、"マドリード・リアリズム"の中心的人物、画家アントニオ・ロペス・ガルシアは自分のアトリエの前の小さな庭に何年も前に植え、いまやたわわに実り陽光を浴びて黄金色に染まるマルメロの実を描こうと試みる。絵画とその対象物に対するガルシアの姿勢や、彼を見守る妻や娘たち、友人たちとの愛情に満ちた交流を映し出す。そして、穏やかな時間の流れの中、秋の陽光を浴びながら成長を続けるマルメロの木は、やがてゆっくりと確実に朽ちていく...。1992年カンヌ国際映画祭にて審査員賞と批評家協会賞のW受賞を果たした作品。
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『美しき仕事』
1999年/フランス/90分/カラー/英語字幕付/35mm
監督:クレール・ドゥニ
出演:ドゥニ・ラヴァン、ミシェル・スボール、グレゴワール・コラン 

ジブチの湾岸では、外人部隊の小隊が道を補修し、訓練を重ねている。マルセイユでは、元准尉のガルーが彼の仲間たちと過ごした時間を回想していた。また、ガルーは若い兵士と共有することを耐えられなかった指揮官のことを思い返していた。「いつものように、ドゥニは、肉体を見事に映している。そして、無機質なアフリカの海岸の風景、目を眩ませるような光、物質やそのテクスチャー、灼熱の暑さもまたすばらしい。本作はまるで、有機物と無機物、抽象と具象が溶け合った境界での色彩のコレオグラフィー、バレエ、またマチエールの融合のようにも見えるだろう。」セルジュ・カザンスキー「レ・ザンロキュプティーブル」
©DR
『永遠の語らい』
2003年/ポルトガル=フランス=イタリア/95分/カラー/35mm/日本語字幕付
監督:マノエル・ド・オリヴェイラ
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ジョン・マルコヴィッチ、ステファニア・サンドレッリ、イレーネ・パパス、レオノール・シルヴェイラ 

2001年7月、ポルトガル。7歳の少女マリアはインドのボンベイにいるパイロットの父親を訪ねるため、母ローザと共に地中海を渡る船旅に出る。歴史学の教授であるローザは、ポルトガル、マルセイユ、ポンペイ、アテネ、イスタンブールや、エジプトの遺跡をめぐりながら人類の歴史を娘に語って聞かせる。それは、幾千年にも及ぶ地中海文明を巡る旅であった。「95歳のオリヴェイラが世界を考察する。もうそれ以上誰もできないだろうと思えるほどに。『永遠の語らい』は衝撃そのものだ。」(フィリップ・アズーリ、「リベラシオン」)
©DR
『ブレッド・ナンバー・ワン』
2006年/フランス=アルジェリア/97分/カラー/英語字幕付/35mm
監督:ラバ・アメール・ザイメッシュ
出演:ラバ・アメール=ザイメッシュ、メリエム・セルバ、アベル・ジャフリ 

刑務所を出るやいなや、生まれ故郷のアルジェリアに強制送還されるカメルは、近代化への欲求と祖先たちの伝統の重みの間で引き裂かれ、熱狂状態にあるアルジェリアの国を明晰なまなざしで観察することになる。「一本の映画とは、ひとつの身振り、跳躍、労働、企て、アクションだ。」(ラバ・アメール=ザイメッシュ)「この映画を見ると、侯孝賢の最も解き放たれた作品を想起するかもしれないが、それぞれのショットは、地中海沿岸にある北アフリカのこの地特有の光や物質に溢れている。」(ジャン=ミシェル・フロドン、『カイエ・デュ・シネマ』)
©DR
『五月の雲』
1999年/トルコ/120分/カラー/35mm/日本語字幕付
監督:ヌリ・ビルゲ・ジュイラン
出演:M.エミン・ジェイラン、ムザフェア・オズデミル、ファトマ・ジェイラン、M.ミエン・トプラック 

新しい映画の準備のために、故郷であるアナトリア地方の小さな町に戻ってきた映画監督ムザフェア。美しい5月のアナトリアの風景の中で、両親、友人、幼い甥など、ムザフェアを取り巻く人々の間で起こる事件を詩情豊かに描いた作品。2002年、2011年とカンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリ、2008年の『スリー・モンキーズ』でカンヌ国際映画祭の監督賞を受賞したヌリ・ビルゲ・ジュイランの長篇第2作目。「端正にして繊細、あたかもロベール・ブレッソンの衣鉢を継ぐような作家がトルコから出現した。」(とちぎあきら)
©Les Films des Tournelles-Les Films de Beyrouth-Rossy Films-Arte France Cinema
『キャラメル』
2007年/レバノン=フランス/96分/カラー/35mm/日本語字幕付
監督:ナディーン・ラバキー
出演:ナディーン・ラバキー、ヤスミーン・アル=マスリー、ジョアンナ・ムカルゼル、ジゼル・アウワード、シハーム・ハッダード 

レバノンの首都ベイルート。小さなエステサロンを経営するラヤールは不倫の恋と結婚を期待する両親の間で思い悩む30歳の独身女性。サロンの常連客には、浮気を続ける夫や思春期の子供たちに苛立ち、年齢を重ねる自身を受け入れられずにいる主婦のジャマルがいる。サロンのスタッフの女性たちもそれぞれ思いを胸にかかえていた。「本作は、5年間の内戦の間、敵意を込めてにらみ合ってきた者たちの目の中には、多くの欲望と、そして相反する気持ちが存在することを見せてくれる。」(フィリップ・アズーリ、「リベラシオン」)
©DR
『男として死ぬ』
2009年/ポルトガル/134分/カラー/日本語字幕付/ブルーレイ
監督:ジョアン・ペドロ・ロドリゲス
出演キャスト:フェルナンド・サントス、シャンドラ・マラティッチ、シンディ・スクラッシュ 

過去20年間女性として生きたものの、性転換の外科手術は受けなかったリスボンの中年ドラァグ・クイーン、トーニャ。彼女の健気で繊細な姿が、すでに性転換手術を終えている友人や、ヤク中のボーイフレンド、そして同性愛を嫌悪する軍隊を脱走した疎遠な息子といった人物たちとの交錯を通じて鮮やかに描かれた長編作品。ペドロ・アルモドバル『オール・アバウト・マイ・マザー』やライナー・ヴェルナー・ファスビンダー『13回新月のある年に』なども想起させる傑作。カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でほか数多くの映画祭で上映された。
©DR
『僕の心の奥の文法』
2010年/イスラエル/107分/カラー/日本語字幕付/DVカム
監督:ニル・ベルグマン
出演:ロイ・エルスベルグ、オルリ・ジルベルシャッツ、イェフダ・アルマゴール、エヴリン・カプルン、ヤエル・スゲレスキー、リフカ・グル 

1963年イスラエル。束の間の平和な時期を背景に、数年前から成長することをやめた少年アーロンの物語。両親とも新世代の若者とも相容れない繊細な心を持つ少年アハロンは、大人になることを拒むように成長することをやめてしまう。バラバラな家族に反抗するため? それとも時代に抵抗するため? コミカルな要素も加えながら、思春期の心の揺れを寓話的に描く。「私はいつも国家や社会を描くためには、個人の物語を語ること、家族のなかでの関係というものを見せるのが有効だと思います。」(ニル・ベルグマン)
アブデラティフ・ケシシュ監督作品

アブデラティフ・ケシシュ
1960年12月7日チュニジアで生まれ、6歳の時に両親とともに南仏ニースに移住する。アンティーブの国立演劇学校で学び、コート・ダジュールにていくつもの舞台に出演する。自ら演出も手がけるようになり、1981年にアヴィニオン演劇祭でフェルナンド・アラバールの戯曲『建築家とアッシリアの皇帝』を演出する。映画では、アブデルクリム・バロルの『ミントティー』に初出演し、アンドレ・テシネの『イノセント』(1987年)では、サンドリーヌ・ボネールらと共演する。その後、自ら監督をめざし、幾つもの脚本を準備するが、なかなか製作資金を得られなかったところ、『ヴォルテールのせい』の企画がプロデューサーの目にとまり、2000年に念願かなって監督デビュー。ヴェネツィア映画祭にて最優秀処女作に与えられる金豹賞を受賞。2003年、新人の俳優たちと、非常に低予算で撮った『身をかわして』が、その年の他の多くのヒット作品を退け、セザール賞で最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本家、最優秀新人女優賞の4部門を総なめにする。
2006年に長編三作目『クスクス粒の秘密』でも日常生活を生き生きと描き、そこから豊かな物語を生み出す才能を再び発揮し、ヴェネツィア映画祭で審査委員特別賞、国際映画批評家連盟賞など数々の賞を受賞し、主演女優のアフシア・エルジはマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞する。セザール賞でも3年前に引き続き再び作品賞、監督賞、脚本賞の3部門を受賞するという快挙を成し遂げる。
2010年、初めての時代劇となる『黒いヴィーナス』を発表し、ヴェネツィア映画祭に出品、話題を呼ぶ。 2013年、ジュリ・マロの漫画『青は熱い色』を映画化した『アデルの人生(仮)』が第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品。何年かに渡るふたりの女性の情熱的な愛の物語を描く同作は、その年のカンヌの批評家たちがほぼ全員一致で評価し、見事パルム・ドールを受賞した。

©DR
『ヴォルテールのせい』
2000年/フランス/130分/カラー/英語字幕付/35mm
出演:サミ・ブアジラ、エロディー・ブシェーズ、オール・アティカ 

ジャレルはフランスの地にチャンスを求めて降り立った。この地での成功を夢見たものの、次第にその幻想は崩れていく。いろいろな人と出会い、施設や団体を転々とし、疎外された者たちのパリを発見していく。当初抱いた夢は叶えられず、恵まれない者同士の連帯を彼はやがて見出すのだった。移民の青年の日常を描くというよくある社会的ドラマの枠に収まらず、異なる要素への繊細なる観察力によって豊かな物語が奏でられてゆく。ケシシュ作品を特徴づける俳優への魅力を十全に引き出す演出がすでにこの処女作にみとめられる。
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『身をかわして』
2004年/フランス/117分/カラー/日本語字幕付/35mm
出演:サラ・フォレスティエ、オスマン・エルカラス、サブリナ・ウアザニ 

クリモは、パリ郊外のHLM(低所得者向け公営高層団地)に住む15歳の少年だ。いつかヨットで世界の果てまで行くことを夢見ている。仲間たちと代わり映えのない毎日を過ごしていたクリモは、活発でちゃめっけのある同級生のリディアに恋心を抱くようになる。彼女はマリヴォーの戯曲を公演するための練習に夢中。なんとかリディアの気を引こうと、クリモはアルルカンの役を演じることを決心するが...。2005年に作品・監督・脚本・新人女優の4つの部門でセザール賞を総なめにし、批評的にも大変高く評価された作品。「演劇が人生に属しているように、人生も演劇に属しているのだというルノワール作品の大いなる教訓のひとつを確認している」(ジャン=フランソワ・ロジェ)。
©DR
『クスクス粒の秘密』
2007年/フランス/153分/カラー/日本語字幕付/ブルーレイ
出演:アビブ・ブファール、アフシア・エルジ、ファリダ・バンケタッシュ 

舞台の港町セートで港湾労働者として働くチュニジア移民の60代の男スリマーヌ。年を追うごとに仕事はつらくなり、リストラの波も押し寄せる。前妻との間に子どもと孫がいるが、家族からは疎まれていると感じている。そんな中、彼は古い船を買い取って船上レストランを始めることを決意し、恋人の娘リムだけが親身に手伝ってくれる。家族総出の開店パーティーの日、予定していたクスクスが届かない。家族は団結してなんとか窮地を切り抜けようとするが...。素人とプロの俳優たちを見事に共演させたケシシュ監督の緊張感溢れる演出によって、ヴェネツィア国際映画祭では、審査員特別賞や2008年セザール賞で4部門受賞、セザール賞でも再び3部門を制覇する。「アブデラティフ・ケシシュは、フランス映画の呪いの言葉のようになっている作家主義的映画と大衆映画という区別を壊したピアラの跡を、一人歩き続けている。」(ステファン・ドゥローム、「カイエ・デュ・シネマ」)
©MK2
『黒いヴィーナス』
2010年/フランス/164分/カラー/英語字幕付/35mm
出演:ヤヒマ・トレス、アンドレ・ジャコブス、オリヴィエ・グルメ 

「こんなに猿に似た人間の顔を見たことは今までなかった。」1817年、パリ、国立医学アカデミーで、サーティエ・バートマンの身体を前にして、解剖学者のジョルジュ・キュヴィエはきっぱりと述べ、その場にいた研究者たちはみな、彼の演説に拍手する。7年前、南アフリカを主人のカエザールとともに出国したサーティエはロンドンの見世物小屋で観客たちの好奇の目にさらされていた。足かせをはめられながら自由である女性サーティエは、「ホッテントットのヴィーナス」と呼ばれ、いつかは上に昇ってゆきたいと夢を描く社会の底辺で暮らす人々のイコン的存在であった。「『黒いヴィーナス』は完全なる暗さに包まれた作品であるが、激しい熱狂と、そして過激さを兼ね備えている。ピアラの『ヴァン・ゴッホ』以来の美しさを湛えているとさえ言えるだろう。」(ジャン=バプティストモラン、「レ・ザンロキュプティーブル」


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