特集:映画作家マルグリット・デュラス



現代フランス文学を代表する作家にして映画作家でもあるマルグリット・デュラスの、1972年から1981年までの10年間で作られた9作品が、アテネ・フランセ文化センターで特集上映される。トークショーのゲストとして、諏訪敦彦監督、岡村民夫氏(人文学研究者)、吉田広明氏(映画批評家)の登壇が予定されている。
デュラスが、「太平洋の防波堤」の映画化(『海の壁』ルネ・クレマン/57、その後2008年にはイザベル・ユペール主演『Un barrage contre le Pacifique』でリメイク)で得たお金で買ったというパリ西方の一軒家に遺されていたものを観察した彼女は、かつてその家に文盲の女性が住んでいたと推測する。そこで暮らしていたとデュラスが想像/創造した女性が発したかもしれない「家、時代、子供、夫の愛、昼の疲れを包括した彼女の無言」、その恐ろしい欠如、その女の痕跡が一切ないことを償うという「義憤」(青山真治)に駆られて撮られたという『ナタリー・グランジェ(女の館)』の上映から始まる本企画上映に、人知れず通い、デュラスが羽ばたかせる想像の翼に静かに寄り添いたい。 

参考:「デュラス、映画を語る」岡村民夫訳 みずず書房
(上原輝樹)
2012.2.14 update
2012年2月17日(金)〜2月25日(土)(日曜休館/8日間)
主催・会場・お問い合せ:アテネ・フランセ文化センター
料金:一般 1回券1,000円/3回券2,700円 アテネ・フランセ文化センター会員 800円
上映スケジュール
2月17日(金)
16:00
ナタリー・グランジェ(女の館)
(83分)


18:00
インディア・ソング
(120分)
※上映前に諏訪敦彦氏(映画作家)によるトークあり


2月18日(土)
14:00
ヴェネツィア時代の
彼女の名前

(120分)


16:30
トラック
セザレ
陰画の手

(109分)
※上映後に岡村民夫氏(人文学研究者)による講演あり
2月20日(月)
15:00
オーレリア・シュタイネル メルボルン
オーレリア・シュタイネル ヴァンクーヴァー

(83分)
17:00
マルグリット・デュラスの
アガタ

(86分)



19:00
ナタリー・グランジェ
(女の館)

(83分)
2月21日(火)
16:00
インディア・ソング
(120分) 



18:30
ヴェネツィア時代の
彼女の名前

(120分)



2月22日(水)
16:40
トラック
セザレ
陰画の手

(109分)

19:00
オーレリア・シュタイネル メルボルン
オーレリア・シュタイネル ヴァンクーヴァー

(83分)
2月23日(木)
14:30
マルグリット・デュラスの
アガタ

(86分)


16:30
ナタリー・グランジェ
(女の館)

(83分)


18:30
インディア・ソング
(120分)
2月24日(金)
16:30
ヴェネツィア時代の
彼女の名前

(120分)


19:00
トラック
セザレ
陰画の手

(109分)

2月25日(土)
15:00
オーレリア・シュタイネル メルボルン
オーレリア・シュタイネル ヴァンクーヴァー

(83分)
17:00
マルグリット・デュラスの
アガタ

(86分)
※上映後に吉田広明氏(映画批評家)による講演あり
上映プログラム


『ナタリー・グランジェ(女の館)』
1972年/83分
監督・原作・脚本:マルグリット・デュラス
撮影:ギスラン・クロッケ 編集:ニコール・リュプチャンスキー
出演:ルチア・ボゼー、ジャンヌ・モロー、ジェラール・ドパルデュー 

イタリア人女性とその女友達が過ごす昼下がり。娘ナタリーは暴力的な行動が基で退校させられようとし、ラジオからは逃走中の未成年殺人者のニュースが。そこにセールスマンが不意に現れる。家の内と外に潜在する暴力。パリ西方の村に購入した古い農家から発想され、そこで撮られた。空間が重要な役割を演じ始める作品。
『インディア・ソング』
1974年/120分
監督・原作・脚本:マルグリット・デュラス
撮影:ブリュノ・ニュイッテン 編集:ソランジュ・ルプランス
出演:デルフィーヌ・セイリグ、マチュー・カリエール、クロード・マン 

小説『ラホールの副領事』を主な源泉として、大使夫人アンヌ=マリー・ストレッテルへの不可能な愛で狂気に陥る副領事の物語を描く。前作『ガンジスの女』で発見したオフの声を全面的に活用。物語の外の語りや、発声源が見えない声が出来事(と、その記憶)を喚起、推測を巡らせる。映像と音響の関係の新たな境地を開いた作品。
『ヴェネツィア時代の彼女の名前』
1976年/120分
監督・脚本:マルグリット・デュラス
撮影:ブリュノ・ニュイッテン 編集:ジュヌヴィエーヴ・デュフール
出演:デルフィーヌ・セイリグ、ニコール・イス、ミシェル・ロンスダール 

『インディア・ソング』の大使館邸として使われたパレ・ロスチャイルドの今や廃墟となった外観、内部を緩慢な移動で捉える映像に、前作のサウンド・トラックがそのまま重ねられる。前作における映像と音のズレをさらに増幅。前作の「忘却」であり、「破壊」である本作を、デュラスは自身が映画でなした最も重要な営為と評価する。
『トラック』
1977年/80分
監督・脚本:マルグリット・デュラス
撮影:ブリュノ・ニュイッテン 編集:ドミニク・オーヴレイ、カロリーヌ・カミュ
出演:マルグリット・デュラス、ジェラール・ドパルデュー 

もの寂しい郊外を走るトラックやその車窓からの風景と、室内でシナリオを読むデュラスと、時に間の手を入れる聞き手ドパルデューとが交互に映し出される。シナリオはトラックの運転手が正体の曖昧な中年女性を乗せる設定で語られるが、トラックに人の姿は映らない。デュラス=女は、階級闘争、ユダヤ人、世界の終りを語る。
『セザレ』
1979年/11分
監督・脚本:マルグリット・デュラス
撮影:ピエール・ロム 編集:ジュヌヴィエーヴ・デュフール
出演:マルグリット・デュラス(声) 

製作方針の変更で『船舶ナイト号』で未使用となったパリのショットを用いて作られた短編。チュイルリー庭園やコンコルド広場の彫像をゆるやかな移動で捉える映像に、デュラスのモノローグが流れる。セザレはパレスチナの地名。その固有名に、国家の大義のため愛する人に棄てられたユダヤの女王ベレニスの悲痛が重なる。
『陰画の手』
1979年/18分
監督・脚本:マルグリット・デュラス
撮影:ピエール・ロム 編集:ジュヌヴィエーヴ・デュフール
出演:マルグリット・デュラス(声)

『セザレ』と同じ事情で作られた短編。ここでは夜明けから早朝に至るパリ市街が車窓から捉えられ、そこにデュラスのモノローグが重なる。大西洋に面したスペイン、アルタミラ洞窟に残された手形を、デュラスは手で書かれた最初の、愛の、欲望の叫びと解し、彼になり代わって語る。夜のパリは洞窟の比喩となる。
『オーレリア・シュタイネル メルボルン』
1979年/35分
監督・脚本:マルグリット・デュラス
撮影:ピエール・ロム 編集:ジュヌヴィエーヴ・デュフール
出演:マルグリット・デュラス(声)

午後から夕暮れに至るセーヌ河上をゆっくりと移動する船上から撮られた映像に、デュラスのモノローグが重なる。橋上の逆光の人影、時に響く現実音。18歳(デュラスにとって重要な年齢)のオーレリアが、死んだユダヤ人への愛の言葉を書き送る。彼女は収容所で死んだユダヤ人の孫あるいは子の世代で、世界中に遍在している。
『オーレリア・シュタイネル ヴァンクーヴァー』
1979年/48分
監督・脚本:マルグリット・デュラス
撮影:ピエール・ロム 編集:ジュヌヴィエーヴ・デュフール
出演:マルグリット・デュラス(声)

前作と同じ枠組み、今回はモノクロで、ノルマンディの海辺、室内、無人の貨物駅、「オーレリア・シュタイネル」の文字や200095という数字が映る中、デュラスのモノローグは、街を破滅させる海の恐怖やオーレリアの父母の強制収容所での死を語る。もう一つのオーレリア『パリ』は、テキストは書かれたが撮られなかった。
『マルグリット・デュラスのアガタ』
1981年/86分
監督・脚本:マルグリット・デュラス
撮影:ドミニク・ルリゴルール、ジャン=ピエール・ムーリス 編集:フランソワーズ・ベルヴィル
出演:ビュル・オジエ、ヤン・アンドレア

別離のために海辺の別荘で再会する兄と妹が交わす会話、そこで想起される過去の出来事。濃密に漂う近親相姦の匂い。デュラスはムージル『特性のない男』(アガタの名はこれに由来)を読み、自身の次兄への感情に気づく。デュラス自身とヤン・アンドレアの声が響く空の空間を、亡霊のようにビュル・オジェとヤンがよぎる。
マルグリット・デュラス Marguerite Duras
1914年、当時フランスの植民地だったベトナム、サイゴン生。7歳で父を亡くす。母は教員。海に浸かる不毛の土地を買わされた母の狂気、暴力的な長兄への怯えと次兄への憧れ、若い男を自殺に至らしめた行政官夫人など、植民地での少女時代の出来事は何度も変奏されながら後の作品の題材となる。43年『あつかましき人々』が処女出版、58年『ヒロシマモナムール(二十四時間の情事)』のシナリオで初めて映画制作に関わる。愛と死を主題とした作品群は、小説、演劇、映画を媒体とするが、とりわけ、誰のものともつかない曖昧な声による断片的な出来事の記述を主体とした書法に移行した64年の『ロル・V・シュタインの歓喜』以降、小説と映画の関係は密接なものとなる。対独レジスタンス(同志だった最初の夫はダッハウに送られる)、共産党(後に脱党)、68年五月革命に関与。96年死去。


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