ミニシアター巡礼

著者:代島治彦
発行:大月書店

四六判/336頁/定価:2,500円+税/ISBN 9784272612260
URL:http://www.otsukishoten.co.jp/book/b93711.html

2011.11.15 update

タイトルが、蓮實重彦の名著『映画巡礼』を想い出させないでもない本著『ミニシアター巡礼』は、21世紀のミニシアターの観客に、20世紀的にハイ・カルチャーの豊穣で読者を魅了した『映画巡礼』とは異次元の切実さで"あの暗闇"の必要性を迫る。 

"あの暗闇"とは何か、を著者の代島治彦が記す部分を「前書き」から引用する。
「深い内省のための空間は現代人の生活にはめったに存在しない。ミニシアターの"あの暗闇"は、現代人が瞑想にふけることができる貴重な時間である。客席の照明が消え、闇が訪れると、そこはひとまず「世間」から隔離される。やがて光と影の見世物がはじまり、見物人はしばし「世間」を忘れる。ぼくが"あの暗闇"と言うとき、そこにはシネコンの暗闇は入らない。シネコンの暗闇は「世間」の勢力範囲なのである。 ~中略~ それでは、ミニシアターの"あの暗闇"とは何か?それは「世間」の手のひらの上ではない、アウトサイダー的なポジションにある。その空間も、そこで上映される光と影の見世物も。もしかしたら、そこを訪れる見物人の動機そのものも。」 

著者の代島治彦は、(それ自体を否定しているわけではないが)"娯楽"目的である「シネコン」と"深い内省"の空間と時間を提供する「ミニシアター」を明確に区別している。その代島の思想は、アート系・カルト系映画、ドキュメンタリー映画を上映する映画館として存在感を発揮した「BOX東中野」の運営という形で実践されてきたが、1994年9月から9年間続いた「BOX東中野」は、2003年4月に閉館の憂き目を見る。当時は「「世間」を甘く見ていた。何とかなると思っていた。」と本書で告白する代島は、「ひとまず「世間」から隔離され」、「しばし「世間」を忘れる」ために、「「世間」の手のひらの上ではない、アウトサイダー的なポジション」を志向する観客に向けて"あの暗闇"を提供してきたが、結局、「世間」の勢力範囲は拡大する一方であり、「世間」を向こうに回した闘いに勝ち目はなかった。

「世間」に敗北を喫した代島は、考える。「「BOX東中野」の実績を形に残したい、映画作家の森達也が「BOX東中野」で1年間に渡って行った「夜の映画学校」の講義をまとめて本にしょう。」このアイディアは、『森達也の夜の映画学校』(現代書館,2006)として書籍化され出版される。これで「世間」に対する説明が少し出来たという感触を得ていたところへ、本書の出版社から「ミニシアターの必要性を本にしませんか?」という話が代島に来たのだという。 

「BOX東中野」を運営する前から、自主映画(『パイナップル・ツアーズ』(92)など)の製作に携わって来た代島は、自らの"あの暗闇"を失った喪失感と、まだ「ミニシアター」稼業を続けている元同業者たちへの忸怩たる思いを抱えながら、日本全国に点在する12カ所のミニシアター巡礼の旅に出る。"巡礼"の内容は、以下の目次を見れば一目瞭然、地域に根ざし、少数派の多様な「映画」を観客に紹介したい、もしくは、何よりも自分がその地に居ながらにして多様な「映画」を観たいと願う、ミニシアター文化を支える強者が軒を並べる。
【目次】
「世間」を踏み外す―ちょっと長いまえがき
第1章 桜坂劇場の地下茎は、80年代の琉球大学映画研究会まで伸びていた 桜坂劇場(沖縄県・那覇市)
第2章 居酒屋で稼ぎながら、小さな映画館をつくった洋さん シアターキノ(北海道・札幌市)
第3章 名古屋シネアスト(映画人)の拠点 名古屋シネマテーク(愛知県・名古屋市)
第4章 市民が集う映画館は、映画よりおもしろい! 新潟・市民映画館シウインド(新潟県・新潟市)
第5章 おばあちゃんの映画館を守り通したい 進富座(三重県・伊勢市)
第6章 「世界の映画(シネマ・デュ・モンド)」を届ける場所 シネモンド(石川県・金沢市)
第7章 映画に憑かれた、ある写植屋の物語 シネ・ヌーヴォ(大阪府・大阪市)
第8章 "さすらいのギャンブラー"に終幕はない RCS(京都府・京都市)
第9章 シネマ5館主曰く、「映画とは農である」 シネマ5(大分県・大分市)
第10章 高崎市で2つの事件を起こした男 「高崎映画祭」と「シネマテークたかさき」 シネマテークたかさき(群馬県・高崎市)
第11章 映画を愛するサラリーマンがつくった、究極のミニシアター シネマ・クレール(岡山県・岡山市)
第12章 ユーロスペースは特別な映画館である ミニシアター史にとっても、ぼく自身にとっても ユーロスペース(東京都・渋谷区)
あとがき
日本のミニシアター史 1968-2011
個人的には、今年6月の特集上映「反権力のポジション―キャメラマン 大津幸四郎」で上映された、土本典昭監督と大津幸四郎の足跡を見つめる真摯なドキュメンタリー映画『まなざしの旅 土本典昭と大津幸四郎』の"監督"としての代島治彦の仕事に感銘を受けたばかりで、その熱の冷めやらぬ内に、この本に触れることが出来たのは幸甚だった。 

何の因果か、このような映画専門のWEBサイトを始めてしまった自分が今いるのも、遡れば、学生時代に通ったシネヴィヴァン六本木やキネカ大森といった「ミニシアター」の存在がなければあり得なかった。「ミニシアター」が少なからぬ人々の人生に大きな影響を与え、その空間に生じる濃密な時間は21世紀の今現在に於いても何ら変わりがないのだと思う。『映画巡礼』が、世界に名だたる映画祭を旅した"「映画」の川上(かわかみ)"に位置する名著だとしたら、本書は、観客と最も近い所に位置している"「映画」の川下(かわしも)"にあたる「映画館」の、中でも少数派に属する「ミニシアター」という空間の存在意義を改めて問い直し、その運営者自らが、観客を失っていったことの責任を認め、将来に向けての問題提議を行なっている、「世間」に数多いるはずの映画ファンに広く読んで頂きたい好著である。
(上原輝樹)


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